終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年09月24日(土)

秋の夜の雨というのは異様に物寂しくなるという弊害がある。
個人的に、私は自分を「お笑い系」だと信じているのだが、
もしかしてそうは見えないですか。そうですか。困ったな。

祈り、そうだ、祈り。
神の目のうちに自らを発見すること。
なんと恐るべき行為であることか、わけても絶望がその度を加えるとき。
マルチェロの運命として私が見出したのは、祈りを失わない絶望である。
神を信じ、神の概念を抱きながら、彼は絶望する。
絶望して救われようとはもはやしなくなる。

この恐るべき放蕩息子の帰還こそが課題となる。
父のもとに帰るくらいなら自ら野垂れ死ぬとでもいいそうだ。
彼は自らが地にまみれていることを知っているが、
同時に高みを憎みさえする。
立ち帰るためには奇跡さえ必要とされるだろう。

必要なのはこの奇跡だ。むーん。


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