- 2005年09月03日(土) 「我に返せ、わが主をば。 そは無辜の人なりしを」 裏切りの男はいまや裏切りを裏切れり 悔い改めは男を深く捕えたれば。 呵責の火は心を焼き尽くすばかり燃え上がり 罪ある魂を責め苛みたれば。 「我に返せ、わが主をば。 そは無辜の人なりしを」 されど、ことすでに定まりぬ ことすでに定まりて、取り消すあたわず 書かれし文字を白紙に返すことかなわぬがごとし 彼ら答え言えり。 「われらに何の関わりありや。 そは汝がことなれば」 男は絶望し、顔を覆い嘆きて激しく胸を打ちぬ しかる後に血の代価を神殿の庭に投げ込み 小暗き木の間に自らの終わりを求め得たり 「我に返せ、わが主をば。 そは無辜の人なりしを」 見よ、かく言える男のなきがらは木々の間に揺れぬ かくしてユダなる男は去りぬ、ゲヘナの火へとひた走りに走り去りて かくのごとく罪深きは我ら、我らなり 「我に返せ、わが主をば。 そは無辜の人なりしを」 ユダよ、かいなき叫びをやめよ 我らが罪はすでになされたり しかして知れ、我らが罪咎にまして御恵みのおほけなるを 然り、汝が罪はすでに許されたり、かの放蕩息子のごとく 然り、救い主は先んじてかのためしを示し給わざらずや 御恵みのまこと測りえず深ければ 御心のまこと果て知れず大なれば 救い主よ、我らを哀れみたまえ 我らを憐れみたまえ、救い主よ 「人よ、汝らの大いなる罪を悲しむべし。 キリストの御父のふところを捨て 地に降りたまいしはそのゆえなれば。 清くやさしき乙女より 我らのために生まれたまえり。 こは執り成しの仲介者とならんがためぞ。 死せるものには生命を与え すべての病を制圧したまえり。 かくして時は迫り来て、 彼はわれらの生贄として屠られ、 われらの罪の重き荷をば 長き十字架の苦しみもて負いたもう」(Sハイドン、受難節コラール) 「マタイ受難曲」(JSバッハ)を解説書片手に聞いてたらこんなものが。 ユダ=放蕩息子とするフレーズに衝撃を受けたといってもいい。 救済の思想。美しい言葉と音の群。久々に酔っている。酔ったようだ。 ドイツ語をもいちど勉強したいなあ。 自分の作るものが歌なのかなんなのか、いまひとつわからないが、 なんらかのリズムを含んでいるものを目指してみました。 入ってますか。いやトイレじゃなくて。 -
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