終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年08月11日(木)

彼らはただ「いきます」とだけ言って、
「いってまいります」とは言いませんでした。


栃木県那須塩原市にあった埼玉飛行場(別称、西那須野飛行場)は、
最後の特攻隊が編成された基地として知られる。
上記の文章は、当時を知る人々の回想だ。

帰らぬことを知り、それでもただ行く。
それも十八やそこらの少年たちが。
わたしは特攻隊を美談とするつもりはない。
中島飛行機の技術者たちが自らを戒めた言葉の苦渋を私は知る。


(われわれは確かに刻苦精励して技術の粋を尽くした飛行機を生み出した。
 それは祖国のためと信じ、心を傾けて行ったことである。
 しかしその飛行機があたら若い命を奪ったのも事実である。
 だから我らは我らの技術も努力も誇るまい、云々)


だがこの悲しさ。
白球を追っていればいい年頃に、国体のためにと信じて死んだ子供たち。
そしてまた、人を殺すために死んだ子供たち。
めまいすらおぼえる。めまいすら。
この夏の空のもとに、その日はやはりめぐった。

夕立に先んじて、一群の飛行機は飛び立った。
迫りつつある暗い雨雲の彼方にある黄金の日没を、彼らは見たであろうか。

そしていま!


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