- 2005年07月11日(月) 宮原球場は古い。おそらく現存する県内の球場の中ではもっとも古いだろう。コンクリートは乾いて柱は太く、作りは無骨。トイレは汚く、観客席は低い。その宮原球場で栃木大会は3日目のこの日に行われた第一試合、田沼―白鴎大足利には誰一人、関係者以外は誰一人、興味を持っていなかった。 なぜなら田沼はこの7年というもの、夏の大会で白星を挙げていない弱小校であったし、対する白鴎大足利はかつて甲子園にも顔を出したことがある私立強豪のうちの1つであったのだから。事前の私の予想についていうならこうだ、五回コールド、点差は2桁にかかるか。 だが事実は違った! 蓋を開けねばわからないものだ。エース栗原は初回、二回と続けて豪打の白鴎大足利打線を沈黙させた。三回には2点を奪われたがその後は再びゼロをスコアボードに並べていく。辛抱するエースの背後で外野の守備は深く、快音とともに打ち上げられる球はほとんどことごとくそのグラブに捕われた。そして打線も運を掴む。六回、田沼は1点を返す。一塁側の歓声は勝ったもののようだ。 八回、白鴎大打線は再び栗原を捕えて1点を追加。しかし九回には田沼は粘りに粘り、動揺した敵のエース小野沢は死球ふたつで同点をむざむざ許して自滅。その裏。栗原は何度も帽子を脱いで、汗で濡れて光るそのつばを見た。そこに何が書かれていたのか私は知っている。三つの言葉だ。「笑顔」「勝利」そしてひときわ大きく「強気」。ああ、確かにきみは唇を引き結んで強気を崩しはしなかった。わたしがその証人になってもよろしい。 しかし白鴎大足利はそれだけで勝てる相手ではなかったし、彼ら自身もまたあまりにも少ないことしか学んでこなかった。最後の打球は右翼に落ちて、三塁側のスタンドは紛れもない勝利に沸き立った。ナインは飛び出し、彼ら自身を抱きしめあった。栗原はマウンドの頂に立ってうなだれ、もう帽子を見ることもない。激しい嗚咽がきみを捕えたのはしばらく後のことだ。 ああ、昨秋、あなたがたはわずかに五回までのスコアボードしか持たなかった。それから激しく妥協のないあなたがた自身との戦いの日々が始まり、そして見よ。あなたがたの上には惜しみない拍手、混じりけない感嘆が注がれている。その帽子を握り締めて赤土のマウンドに立ったこの日を思い出す都度に、ああ、きみはいつも誇り高く強くいられるだろう。 -
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