- 2005年06月12日(日) ククールが伸ばした手の前から、マルチェロは逃げない。 革手袋を脱いだ手はいかにも少年のもので、大人の騎士の 強さはない。その前から逃れることは誇りが許さず、ただ 刺し貫ような視線で傲然と弟を見下ろした。 左耳のあたりにゆっくりと伸ばされた手は硬い黒い髪に 触れたところで少し震え、それでも退かずに兄の髪の中に 差し入れられた。冷たい指は髪を梳きつつ忍び入って、そ の奥のぬくもりを見出した。マルチェロは弟が強い感動に 揺り動かされたよう唇を薄く開き、長い息を吐くのを見た。 「急ぐな」マルチェロは言った。「確実に心臓をやれ」 「第三肋骨と第四肋骨の隙間に斜め上に向けて刃を通せ」 視界にある弟は青ざめていく。青ざめて、死者のようだ。 マルチェロは無感動にその様子を見下ろした。 だが心臓を撃つ一撃はなく、ククールは震え、ついに触 れていた手さえ下ろしてうなだれた。噛んだ唇が見える。 「あんたは、ひどい」 マルチェロは答えなかった。ただ視線を自然な高さまで 上げて、弟の肩越しに彼方を見ただけだ。重く黒い雲の垂 れ込めた空のもと、マイエラの広い平野の広がるさまを。 そうと見る間に雲の底が切れて、風景に重なってゆく。天 地をつなぐ紗のうちに稲妻が閃き、次いで遠雷が届いた。 院長の葬儀は雨の中で行われた。 ・ククールとオディロ院長 ・ククールのいるマイエラにおけるマルチェロと院長 ・院長の死とはマルチェロにとってどういうことだったのか ・院長の死とククール放逐をマルチェロの中でつなげたものは ・ククールの出立はマルチェロにとってどういうことだったか ・ククール抜きのマルチェロと ・マルチェロ抜きのククール -
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