終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年04月16日(土)

1:
 孤独な王は黙って私に視線を向けた。その頬は削げ、その目は暗く落ち窪んで瞳は鞭打たれる星のごとく永続的な怒りを含んで煌いていた。世界を従える右手は玉座の握りの上に置かれていたが、痩せこけて細く、そして鋼のような強さを持っていた。私はひとつの宿命として黙って王の前に立った。
「――時が来たのだな」
 王は言った。百年を経て冷えて凍えた体の底から響いた声は弱々しかったが、そのうちなる怒りは少しも衰えず生々しく脈打っていた。私は何も言わず、だが沈黙でもって文字で描いたごとき肯定を示した。王は深く背もたれに身を預け、老い朽ちた顔を上向けた。それで私はその顔の中に、遠いむかしにそうであった子どもの面影を見つけることができた。それは彼方から反響する鐘の音のようにかすかに、だが間違いようもなく明らかだった。
「連れてゆけ。私は名声に飽き、血と欲望に飽き、すでに怒りにも飽いた。あの方とてよりすべての恩寵と栄誉は失せた。すべてはがらくたとなり、もう長いあいだ、世界のうちに残っている望みはただ死だけだった」
 私は頷き、歩み出た。豪奢な敷き皮は私の歩みの下で塵となり、黄金の器は砕けた。私は手を伸ばした。王は私の手の下で長い吐息を漏らし、その目を閉じた。
「待っているのは罰であろうかの?」
 私は答えなかった。王は目を閉じたまま笑った。
「だがどのような罰でも、あの方なしの栄誉よりもよい。それは確かじゃ」
 王は息絶え、その魂は私の手の内に残った。そこで私は飛び去った。


2:
 主のいない椅子の上に私は小さな花束を置いた。野の花ばかりのブーケは玉座の豪華さに比してみすぼらしく、しかしその香はこの虚ろな場所を静かに満たした。老いた王の死に様がひどく安らかであったことを私は思い出し、奇妙なことだと思った。玉座の間の天井を飾っているのは王がその長い生涯のあいだに戦った戦い――いくつかは義に反する――記憶であったのだし、その愛用の杯は三十年前には宰相をつとめ二十五年前には恐るべき敵であり二十年前に毒殺されて十年前にその遺骸を掘り起こされた男の頭蓋骨から作り出されたものだったからだ。
「我が王よ、その最期に何をご覧になった。何が御身の古い怒りを解き、何が御身を安らかに旅立たせた」
 私の呟きは丸い天井にしずかに吸い込まれて反響さえしなかった。
「我が王よ。――兄よ。私の夫のうち三人はあなたが殺した。私の子のうち二人はあなたの子でもある。あなたはどうしてかくも安らかに逝った」
 応えぬ空虚が横たわり、私は私の涙と呪詛を注ぐよりほかなかった。


3:




4:
 祈ることだと司祭は言った。世界がいかに理不尽に満ちていようとも、ただ神を信じて祈ることだと。だが祈りが神が世界のゆがみを正したこともない。ならばなぜ祈らねばならぬのか私はわからない。王が死んで、その権力と玉座が空のまま残された。私は望むと望まざるとにかかわらず王の息子であり、権力を争うその争いに否応なく巻き込まれた。
「王冠を望んだことなどない。だが生き残ることを望むなら勝ち残るために戦うよりほかにない。違うか、父よ」
 兄弟を幾人殺したか、もう数えるのはやめた。暗殺もしたし戦場で見えもした。そうして一人残らず兄弟はいなくなったが、いかなる因果か私は生き残った。そして王冠は私の手にある。
「これが運命なら、神の意思なら、私はそのようなものを信じはせぬ」
 そして私は王冠を頂いた。遥かに遠くで世界の外壁に皹入る音を聞いたような気がした。


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