終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年04月17日(日)

それで、今週の仕事が月曜午前二時をもって終わったわけだが。
…まあいいよ。七時半にアポがあるってことを除けば。

マルチェロ話がさっぱり進まないのは要するに、そういうわけだ。


「そのことはもうすでに話した」
 法皇は言った。その口調は重々しく、だが色濃い疲労を滲ませている。
「続きは永遠の相のもとで話そうぞ。だが今は行ってなすべきことをなせ。善にしろ悪にしろ、望むように」
 マルチェロは黙っていた。言うべきほどの言葉もなかった。左手には杖がある。呪詛撒く杖が。その暗い声と己が内なる囁きが重なったことを知る。それはつまり、殺意だ。この老人を憎む理由がどこにあるかはもはや問題ではない。理由は外にあるものではないことをこのときマルチェロは知った。この手にあるのはただの殺意、ただの悪意だ。そしてそれで足りる。
 おまえは、と、マルチェロは声もなく言う。おまえは神を信じる。それはおまえにとってはたやすいことだ。だが私は違う。私が神を信じるためにはなんと多くのつまずきの石を越えねばならぬことか。罪もない幼子を悪意と迫害にさらし貧窮のうちに弱い女を死に沈める害意ある世界、我が罪ならぬ苦しみを終わりなく呼び返し高貴の愚者だけに苦もなく誉れを与えるねじけた世界を生涯の初めに否応なく突きつけられて。そして私がつまずいたときには神もまた父のごとく私をお見捨てになるのだと聞かされて。
 どんなにか混じりけない信仰を持ちたいと願ったことか、とマルチェロは考える。膝をつき身を低くして、わずかの疑念もなく永遠の相のもとに己が存在すべてを敷き広ることができればと願ったことか。だがこの心に沈んだ苦さがそうはさせなかった。この心臓には固い結び目があってそれは誰にも解くことができないのだった。そしてそれゆえ許しはこの魂にはない。だがいかにせば憎しみと悲しみは解けるというのだろう。それはすでに血肉だ。
 地の底から見上げる目が高みを飛ぶ魂の明るい翼を羨まずにいられるだろうか。驢馬のごとく荷役に従うものが、かつて重荷を知らぬものたちの軽々とした歩みを憎まずにいられるだろうか。つまりはそういうことだ。悪意の種は不満の土壌によく育つ。だがその不満のなんたる苦さまた重さ。悪意とな。邪悪とな。それらを負うものがもっとも深く蝕まれる毒だ。
「望むようにとあなたは仰せになった」
 マルチェロは立ち上がった。左手から囁く悪意に微笑さえ浮かべて。
「――それではそのようにいたしましょう、聖下」
 法皇の顔は悲しげにさえ見えた。そしてもはや一言も発しなかった。マルチェロがゆっくりと狙いをつけ、その心臓に長く尖った杖の先端を過たず打ち込んだその瞬間まで。そしてむろん、その後も。
「殺人は罪か?」
 マルチェロは囁いた。杖は呪詛を吐くばかり、死んだ男は死んでいる。
「あるいはそうかもしれぬ。そうかもしれぬ。――だが」
 ずるりと屍は落ちた。血はわずかも流れない。杖がみな飲んだ。そう考えて不思議の感もない。マルチェロは寝台の脇に膝をつき、もはや目を開くこともない法皇の顔を見下ろした。何かこらえるように唇を結んでいる。苦痛はなかったはずだから、悲しみか絶望か死の恐怖か。
「だが、長い目で見れば人間はみな死んでいる。そのように神は作られた」
 マルチェロの指は静かに動いて十字を切った。暗い微笑が唇の端をかすめ、どこかから忍び入った湿った夜の風がその衣の襞を揺るがせた。
「塵はやがて塵に、灰はついに灰に還るべし。地にあって信徒の牧者たりし御身なればこそ、永遠の家に帰り安らかに眠れ。エイメン」





冒頭部分はキェルケゴール「死にいたる病」、
「長い目」部分は経済学者ケインズ、
最後は言わずと知れた聖書よりぱくりました。
信仰における嫉妬ほど恐るべきものもないと私は思う。
カインとアベルの物語のごとく。


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