- 2005年02月25日(金) アンナタールは深い泉の底に立ち、静寂のその奥を探った。すでに破壊は大方終わっていた。記憶や感情、意志のひとつひとつまで。宝石を砕き城壁をこぼつよう。それらは反抗したが、彼を放逐することも行為を止めることもできなかった。今や泉は消滅しつつある。 かつてこの泉、ケレブリンボールと呼ばれたこの泉に豊かにあった文様、輝き、光。すべてアンナタールが消し去った。まだわずかに残っていたその残曳もまた消えつつある。 アンナタールは静かな満足感を抱いて微笑んだ。影の影のごときこの魂はマンドスのもとに行くこともない。エレギオンの領主、グワイス=ミー=アダインの頭立つもの、フェアノールの末裔なるエルダールは破壊し尽くされ陵辱し尽くされて――かつてありしことなきがごとし。 それこそアンナタールの望みであった。つまり誰ひとり何一つその男の所有を宣言することがなくなるというのが。そうだ、銀の手そのひとさえ。 完全な所有とは破壊にほかならなかった。アンナタールは頭をかかげ、そして中空にかすかな灯りを認めた。いぶかしみ近づけば、光は星。かのシルマリルにも似た燦爛たる澄んだきらめきを帯びていた。 「まだこのようなものがあったか」 アンナタールは囁いた。その手の先で、光は恐れるように激しく瞬いた。 「だがこれで最後であろう。これで終わりにしよう」 星は手のうちにはかなく砕け、そして影が落ちた。だがアンナタールは身じろぎもしなかった。ケレブリンボールの最後の星の砕ける瞬間にほとばしったもの、銀の手の領主がその意識の深みにうずめて誰にも見せずまた気取らせなかったものを知ったためであった。 「――我が君」 アンナタール、あるいはゴルサウア、あるいはサウロン。マイアのうちもっとも力あるものの呟きは静かであったが、その実世界を切り裂く悲傷に満ちていた。冥王の知ったのはケレブリンボールの愛だった。シルマリルの輝きすら欺くほどに明るく清い。このようなものが秘められていたと誰が予感しえたであろうか。だがそのうちにも影は落ち、もはや銀の手の領主はいずこにもない。マンドスにさえ、世の外の虚空にさえ。 「おお、我が君。今やすべての望みは死にました」 狂うがごとくアンナタールは叫んだ。両の目からは血色の涙が伝い、美貌を装った顔は悲嘆と慙愧と恐怖にゆがんだ。影は深まり、アンナタールとともにその底にひとつのむくろを残した。黒髪は嵐にあったごとく散り、その目は閉じられて開くこともない公子を。 -
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