終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2003年12月19日(金)

インタビュー:少年2

 7月下旬の真昼、かげろう揺れる清原球場のグラウンドで、彼はナインの一人として整列していた。スコアボードには大差の敗北が刻まれている。真上から照りつける太陽に際限なく熱を吐き出すような人工芝のグラウンドには敵の歌が響いていた。
 “最後の夏”をまさに終えて、3年生の選手たちが深く頭を垂れあるいは外聞もなくしゃくりあげていた。この大会でチームを引っ張ったのが彼とその横に立つ2年生エースであったにしろ、ことここに到れば、主役はやはり3年生なのだ。彼は間違って紛れ込んだような、申し訳ないような顔をしてぼんやりと立っていた。

 1カ月後、新チームの主将になったばかりの彼を雨上がりのグラウンドに訪ねた。冒頭の試合に水を向け、あのとき泣かなかったでしょう、と言った私の言葉に、彼は目を伏せ、少しばかり困ったように唇の端を持ち上げて答えた。

「ちょっとだけ、泣きましたよ」

 ちょっとだけ、という言葉が言い訳めいて聞こえた。彼が“ちょっとだけ”泣いたにしろ、それは誰にも見えない場所でのことだろう。

「あの二人に先発バッテリーを任せたのは、彼らがゲームを作るんだという、
 その自覚を持たせたかったからです。
 だからこそ3年生を差し置いて、背番号も1と2をつけさせた。
 二桁をつけて『今日は出番がないかもしれない』と思わせていたくなかった。
 結果から言うと、あの二人は期待に応えた。来年につながると思っています」

 そう話したのはまだ顔立ちに若さの残る、だがぶっきらぼうな話し方をする監督だ。監督歴二年目の青年教師はヘビースモーカーの頑固者だ。前任者は十年間勤務し、周辺の中学から優秀な選手を集め育ててきた。今夏の成果は前任者の遺産によるいうのが周囲の評価だ。そのせいか、選手の個性よりもセオリーとらしさにこだわる采配、“次”への指向が目立った。監督と選手がともにびのびと試合ができるようになるのは、数年は先のことであろう。

「なんで3年生の先輩でなくてあいつが正捕手だったか?
 さあ…先輩の方が肩はいいけど、バンバン刺せるわけでもないしなあ。
 アイツは同じ2年生で俺が投げやすいし、配球もいいからかな。
 配球はあいつに任せてます。たまになんちゃって配球をするけど」

 2年生投手は話す。身長173センチの右投げ左打ち、一見細く見える体はしなやかな筋肉に覆われている。彼は――女房役は親愛の情を込めて「マイペースでワガママ、ストライクだと思った球を審判にボールにカウントされると不満がすぐ顔に出る単細胞」と評する。持ち球は最速135キロの速球とスライダー。フォークボール、カットボール。ツーシームは研究中だ。打者に向かえばときに年齢以上の威圧感を放つが、マウンドを降りれば驚くほど幼い笑顔をよく見せる。
 実はこのバッテリーは、中学時代最後の夏には敵味方として対戦している。彼は、投手のチームにサヨナラで負けたその試合のことをよく覚えている。

「そのとき投げたウチの投手は、入学当初は捕手だったんです。投手は俺。
 でも、そいつ、俺の球を取れないんだよね。ぽろぽろ落とすの。
 まともに野球ができるヤツってそいつと俺だけだったから、
 監督の命令で俺が捕手になって、捕手が投手になったの。
 ところが…こいつが気が小さくて、いつも逆転されてさ。その試合もそう。
 序盤に俺が三塁打打って、次の打者がシングルヒットで一点入れた。
 それで九回まで行ったけど、そっからフォアボール2つとデッドボール、
 最後に打ちこまれて、サヨナラで終り」

 現バッテリーは会話を交わすこともなく、そのまま別々にグラウンドを降りた。再会は高校の入学式の日だった。彼がいつもの人懐こい笑顔を浮かべて、自分より少しばかり背の高い同級生に駆け寄って行く姿を思い浮かべるのはそう難しくない。なお、投手は試合の内容をそれほどよく覚えていなかった。「俺らは負けた試合の方がよく覚えているもんですから」と、彼は苦笑いする。
 真実だろう。負ければそれは最後の試合だからだ。

 秋の大会、チームは2回戦で敗北した。まさかの敗北だった。試合の数日前、彼は言った。「練習試合では勝ててる相手だし、勝てると思います」。監督は言った「まあ大丈夫でしょう」。だが彼らは負けた。センバツの目はなくなった。最後の夏はいよいよ彼の視界に入った。それが最後の機会、そして終りだ。彼はそれを忘れまい。


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