終わらざる日々...太郎飴

 

 

Hales2 - 2003年07月03日(木)

トールキン@ファンフィクション連載第二回。
どうなんですか、まとめるときにはかなり整理が必要なんじゃないですか。

私が女の子を書くと凶暴になります。血に飢えます。なんでかな。
でもロマンス。二回目でなんですが四回で終わるのか?

用語説明
アマン:ヴァラール(神々)の住まう西方の海の果てにある楽園、至福の地。


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 半分の月が西の空に傾いた。東の空に黎明はもう近い。小暗い天には明るい一つ星メネルマカール、北を告げる七つ星ヴァラキアカ。ハレスは疲れきった手足を砦の裏手の溜りに投げ出し、耳元に流れる水音を聞きながら仰向けに身体を浮かべていた。柳の細い枝がゲリオンの川面に垂れ、星はその枝間を飾るよう。黒い血に汚れた革の鎧を脱ぎもせず、水音だけを聞いていた。心地よかった。目を閉じればまだオークの肉を抉って骨に突き当たる槍の感触はありありと手に蘇り、槍を引きぬいた傷口から黒い血が迸り墨のように月光に散るのが見えた。耳には悲鳴と肉の裂ける音が聞こえるようだった。身体のあちこちに負った傷や打ち身の熱は水が吸ったが、敵陣に切りこんでの自由な戦いの高揚は眩暈のように去らなかった。守らねばならぬものを背にかくまい、苦しみばかり多く、身動きも自由にならなかった戦いが嘘のようだった。今すぐ立ち上がって森の中に逃げ込んだオークたちをまだ追っていけそうな気さえしていた。
「豪勇の娘よ、大事ないか?」
 上から降ってきた銀の鈴振るような涼しい声に、ハレスは視線だけをそちらに向けた。顔の横で澄んだ川の水が渦巻き、水藻のように広がった長い髪が揺らいだ。岸辺に立っているのは銀に身を鎧ったエルダールの公子だ。起き上がらなければとは思いはしたが、指一本動きそうになかった。非礼は忘れることにして目を閉じる。汚れほつれた革鎧を浮き袋の代わりに浮かんでいる自分はさぞこっけいだろうと考えてみる。
「――あなたさまは?」
 水音がした。髪をもつれさせる水の流れが変わる。目を開けば公子の顔は近く、腿ほどの深さの流れの中に降りたのだと知れる。遠かった顔が近い。ハレスは美しいと思った。いつだったか父が言っていた、エルダールは不死の種族、その顔を長く見詰めすぎてはいけない。
「アマンの地より渡り来たエルダール、ノルドール一族に属しフィンウェ王家に連なるもの、先の上級王フェアノールの息子にしてその紋章の星を旗標に掲げるもの。とはいえエダインの娘は我らの血統もその価値も知るまい」
 そこまで言って公子は笑った。事実、ハレスにはほとんど何一つ理解できなかった。度々エルダールと親交を持っていた父なら知っていただろう。弟は聞いていたかもしれない。だが礼儀と武器の扱いこそ一通りしこまれたとはいえ、しょせんは子を産み育てるのが仕事の娘がそうした伝承を長々と時間をかけて知る必要があるとは誰一人、ハレス自身さえ考えなかったのだ。ハレスは黙っていた。
「サルゲリオンの領主カランシアと覚えおけ、娘よ」
 公子が言った。ハレスは無表情に頷いた。無知ということを苦々しく感じたのは初めてだった。無力についてはさんざん味わってはきたが。
「ハラディンの族長ハルダドは余の宿営地に青の山脈を越えてきたオークの来襲の報せと救援を求める使者を送ってよこした。だが使者は宿営地を見つけるのに手間取って到着が遅れ、我らもまたここに来るまでに何度もオークの群れに襲われて足止めを食った。ほんとうなら三日は前についているはずだったが」
 ハレスは目を細め、ああ、と呟いた。父が死んだのは七日前だ。
「――手遅れではありませんでした」
「だが十分に早くもなかったとみえる――ハルダドは無事か?」
 ハレスは目を閉じて笑った。戦いの高揚は去り、消えない悲しみが戻ってきた。
「ハルダドとその子ハルダールは戦いの中で死にました。まだ多くのものが死にました。残っているのはわずかな男と女子供だけです」
「死んだか。勇気ある男だったが――哀れな」
 低く呟かれた言葉に、ハレスは頭を振った。
「悲しみは尽きませぬ。ですが我らは生き延びました。彼らがどのように勇敢であったか、死のときまでも一歩も引かず戦ったか、我らは忘れることなく語り伝えましょう。そして私は生き残ったものたちを誇りに思います。偉大なエルダールの殿方にも劣らず」
 カランシアは視線をハレスに向けた。ハレスもまた見た。美しいと思った。銀の鎧は月光を受けて淡く光を放ち、照らし出された顔は豊かな黒髪に縁取られ、ほの白く浮かび上がった。見つめるうちに内側からほのかな光を放っているのではないかとさえ思えわれた。美しかった。父の言ったことの意味がわかった。長く見つめていれば心を動かされずにはいない美しさなのだ。ハレスは目を逸らさなかった。心など、もうとうに動かされている。ふと思いついて尋ねた。
「オークどもは?」
「森の中に兵士たちが追っていった」
「殺し尽くさねばなりません。殺し尽くしてもまだ血の贖いにはほど遠いですが。しかし少なくとも残りなく殺し尽くさねばなりません」
 カランシアはしばらく黙った。ハレスは瞬きもせず黒髪の公子を見上げていた。
「誇り高き娘よ、そなたの瞳は凍てつく星のように苛烈で、燃えあがる炎のように激しい。余はかつてエダインの娘のうちにこのような魂を見たことがない」
 銀のようなエルダールの声が呼んだ。
「――名は?」
「ハレスと申します。父の名はハルダド、弟はハルダールと申しました。父と弟なき後、私が民を率い、戦いを指揮して参りました」
 カランシアは何も言わなかった。ハレスはひとつためいきをついて言葉を続けた。ふいに眠気が湧きあがってきた。
「尊きエルダールの殿よ、我らをお救い下さいましたことを幾重にも深く感謝いたします。ハルダドの娘とハラディンの裔はその血の続く限りこの御恩を忘れず、殿の名を喜びと感謝をもっていついつまでも思い出すことでしょう」
 頬に触れるものがあった。温かな手だった。ゆっくりと抱き起こされた。星の瞳はすぐ目の前にあった。ハレスの髪から、粗末な革の鎧から、音をたてて水が滴る。
「姫よ。私の遅れによって失われたものの償いをあなたは受け取るだろう」
 ハレスはしばらくの間カランシアを見つめた。それから目を閉じた。ひどく疲れていた。
「何もいりませぬ」
 そして両腕をカランシアの首にめぐらし、身体を任せた。ひどく眠かった。
「泣かぬのか?」
 軽々と運ばれながら、耳元で聞いた。夢うつつに笑い、首を振り、答える。
「――ハルダドの娘にとっては戦場で流した敵の血こそ涙でありました。そして今はあまりに多く流し、残っていません。夜明けとともに復讐を目覚まし、そのとき私は再び敵の血を滂沱と流すことにしましょう」
 ハレスは眠りに落ちた。耳元に、それとも遠くで――哀れな、という囁きが聞こえた。


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