終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2003年03月15日(土)

説明という思考回路。

1:
たとえば。

「ユニクロ」と書くより、
衣料品店の「ユニクロ」、
安価な衣料品の大量販売店「ユニクロ」、
デフレ時代に一人勝ちを続ける衣料品販売店「ユニクロ」、
……などと、詳しくなる。それだけではない、意味付けを変えられる。
説明というのは読者の理解を助けるためのものであり、
同時に自分自身がどれだけ理解しているかを暴露するものでもある。


…あ、私はユニクロについて正しく理解していないかもしれん…。


2:
限られた字数のなかで何かを説明することの難しさ。
読む人の理解を助けるためには、自分がまず理解する必要がある。

何がニュースであり、
何が問題であり、この短い文章で伝えなければならないのは何なのか。


十二日、日経平均株価が8000円を割った。
→日付に意味がある。

日経平均株価が十二日、8000円を割った。
→日経平均株価に意味がある。

日経平均株価が8000円を割ったことが、十二日わかった。
→株価が8000円を割ったことに意味がある。


3:
難しいのう……。
事実を理解するのは第一だ。
伝えようとする必要がある。
断絶してはならない。

伝達の欲求を要する。


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