終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2003年02月09日(日)

続き。

5:呉王・夫差
首謀者の王弟は殺され、内乱は伍子胥らの帰国でおさまった。
だがその機会に乗じて旗を上げた南方の越を討伐する必要があった。
越は蛮族と呼ばれてはきたが、越王・句践の下でその国力の充実は飛躍的だ。
呉王・闔閲は目障りな鼠は先んじて叩き潰すにしくはないと兵を上げる。
おごりがあった。まさかの大敗を喫した。

闔閲は足の指に傷つき、それがもとで死に至る。
その苦しみの極まった夜、太子・夫差を呼んで言った。
「汝、句践が汝の父を殺せしを忘れんか」
――おまえは、句践がおまえの父を殺したことを忘れるか。
「敢えて忘れじ」――夫差は答える。
翌朝、夫差は呉王だった。

呉王・夫差は二年の間、薪の上に眠った。
父を殺された恨みを忘れぬためだった。
今や呉国の重鎮たる伍子胥がどのように思ったかは定かでない。
二年目に呉王・夫差は軍をあげ、完膚なきまでに越を叩きのめした。
勝利に酔う夫差の目の前に、句践が引き出された。

句践はまことしやかに命を請う。
「国を委ね、臣妾とならん」
――国をお任せし、私は下僕に、妻は奴婢となりましょう。
夫差は勝者だった。勝者は往々にして愚鈍となる。
句践は数年の間、呉王の馬飼いとして働いた後、許されて帰国した。
伍子胥は既にこのとき滅びを予感してはいなかっただろうか。
句践は日々、苦い胆を舐めて屈辱を忘れなかった。

成語に臥薪嘗胆という。これによる。


6:西施
句践は営々として、一度は瓦解した国の立て直しに励んだ。
仇たる呉国に対して弱体化をはかることも忘れなかった。
金に弱い輩を買収して呉王の耳に讒言を吹きこみ、
絶世の美女・西施を贈った。

西施――仙女下凡、天より下ったかのごとき美女であった。
胸の痛む病があり、胸を押さえ眉を顰める姿は艶麗であった。
醜い娘がその仕草を真似して笑い種になった。
成語に、ひそみに習う、という。これよりとる。

西施は句践が呉王を篭絡するために集めた娘の一人だった。
娘たちの中でも群を抜いて美しく、その美は更に槍を鍛えるよう磨かれた。
確かにそれは武器だった。一国を滅ぼすことのできる武器だった。
句践は西施を呉に送るにあたって、十万の兵を送る礼をもって送った。

二年も薪の上で寝た呉王が、その誘惑に勝てるはずがなかった。
呉王は西施のために巨大な宮居を構えた。
孫武から教えを受けた兵法で北方の古い国々と遊ぶように戦い、
覇者とも盟主とも呼ばれたが、その実国力の衰え、兵の疲弊を顧みなかった。
政治はおろそかになった。孫武は見切りをつけて故郷に隠棲した。
宮中には越から金品をうける輩が跋扈し、伍子胥は中枢から押しやられた。

西施はただ、呉が滅びれば故郷の村に帰れることを思った。


7:再び伍子胥
伍子胥は呉王に諫言するが聞かれない。
そも自身がまだ何かを願っていたかどうかさえ、伍子胥には曖昧だったろう。
伍子胥は復讐を生きた。そのために呉国に身を寄せ実権を握った。
それはもう終わっている。ならば命に、地位に、何の意味がある。
諫言しながら、伍子胥は自分の言葉に何の意味もないことを知っただろう。

そして伍子胥は何かを待っていただろう。
それと知ることなく待っていただろう。むしろじりじりと。
西施の黒い練絹の髪とその白く細い手指がそれを引き寄せていた。
美しい唇が王の耳に伍子胥への疑いを吹き込んでいた。
呉王は、伍子胥に屬鏤の名剣を贈った。
それは死を意味した。

剣を受けとって伍子胥は抜き放つ。
見事な刃だ、確かに死は素早く来るだろう。
伍子胥は刃を喉にあてる。
最後の光芒をその目が放った。笑っていたかもしれない。


「必ず我が墓上に樹うるに梓をもってせよ。もって器を作るベからしめん。
 しこうして我が眼を抉り、呉の東門の上にかけよ。
 もって越の冦の入りて呉を滅ぼすを観ん」
――必ず俺の墓の上に梓を植え、棺桶を作るたしにするがいい。
 そして俺の目を抉って東門にかけておけ。
 この目で越軍が呉を滅ぼすのを見ようとも。


伍子胥は死んだ。
呉王・夫差は怒り、伍子胥の屍を馬の皮の嚢に入れ、川に投げた。
はからずもその父と兄と同じよう、伍子胥は弔われることがなかった。

九年の後、越王・句践は呉を滅ぼし、呉越の抗争はここに終りを告げる。


-



 

 

 

 

ndex
past  next

Mail
エンピツ