終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2002年06月26日(水)

生きては死ぬ。


1:
人間は、ほんのわずかの過失でも死ぬ。
脆く儚い、そして無意味。

生きることに意味を求めなくなってから、もうどれくらい経つだろう。
生きることはただ生きることであり、死ぬことはただ死ぬことだと、
そう刻まれて、もうどのくらい経つだろう。

長くはないが、それ以前の私は遠く去り、
もはや『私』ではない。
ある一つの知識が、人間を変質させることも、ある。


2:
人間は、わずかも人間的ではない、喜劇的な原因でも死ぬ。

人間は、ああ人間は、
複雑に絡まりあった、喜びと悲しみとあらゆる感情と理性の器である。
その風景は果てし無い、その高み、その深さは千里また万里。
それなのに人間は機械の歯車を間違えたように死んでいく。

よいものまた悪いものが、それに応じた報いを得ることはけしてない。
よいものまた悪いものなど、どこにもない。
そんなものは、お伽噺の中でしかない。

――実存という言葉の、その荒涼とした風景。
人間性とはただの願いに過ぎない。

にもかかわらず。
残されたものはきわめて人間的な苦しみを苦しまねばならない。


3:
ああ、生きることと死ぬこと。

私は夜の一つ火。
この炎は一つの現象。
永続するもの、物質ではない。

私は夜の一つ火。
この炎は一つの構造を持ち、
何がどこまで続こうと、一度この構造が失われれば――
私はもういない。

私は夜の一つ火。
私はどのような原因でも消されうる。
それは実に機械的な問題だ。
私はこの世の法則に従うもの、それに異論はない。


――ああ、だが願わくは。


私は夜の一つ火。
願わくは、朝とともに消されよう。
そして世界が太陽を迎えるように。


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