終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2002年03月22日(金)

月光の中に住む。

わたしの呼びかけるのは、いつでも永遠の二人称たるあなただ。
固有名詞ではない。実体など持たない。存在はしても目に見えない。

その昔、わたしの撮る写真はどれも、ひとのいない国のようでありました。
ひとかげのない国でありました。
ただ結晶した城や寺院だけが、無機質な陽光の中にありました。
わたしの目と心がそれしか見ることを望まなかったからです。
追憶と普遍しか見たがらなかったからです。

今、わたしの撮る写真には、人々があります。
ああ、そう。見知らぬひとびと、普通名詞としてのひとびとがあります。
わたしは彼らの名前を知らない。彼らはわたしを知らない。
わたしはただの旅人として、笑顔と瞬間を乞う。
彼らはただの土地人として笑顔をくれる。
親に向ける笑顔でも、恋人に向ける笑顔でも、
友人に向ける笑顔でもない、そうした名前のない笑顔を。

だから、わたしの撮る人々には名前がない。その笑いには名前がない。
明らかな断絶がある――このファインダーのこちらと向こう。
必要なのは名前です。実在です。確かさと儚さです。
愛と憎しみ、喜びと悲しみ、あこがれを出てこの手で抱くことです。
ファインダー以前につながるそのつながりです。


――「あなた」の誕生によって「わたし」も生れ落ちる。


あなたがカッコつきの「あなた」になることを。
わたしは望んでいるのでしょうか、それとも望んでいないのでしょうか。
わたしが、カッコつきの「わたし」になることを。
わたしは望んでいるのでしょうか、それとも望んでいないのでしょうか。

わたしの写真のなかに、あなたが。
わたしの魂のなかに――あなたを。
その全ての表情、その全ての仕草、光と影とを。
抱きしめる、ことを。



わたしは望んでいるのでしょうか、それとも望んでいないのでしょうか。
そして、ねえ――「あなた」は?


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