終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2002年01月03日(木)

関係の諸段階2

1:
よく知られた事実に、
「精神分裂病患者は周囲の人々と一定の信頼関係を築ければある程度回復する」
というものがある。

まったく関係の欠如した人間は、個性なるものを持たない。
なぜなら個性とは、関係の中でどのようなスタンス、どのような見方をするか、
それだけのことであるから。
どのような父に、どのような母に、どのような配偶者に――なるか。
どのような恋人に、どのような友人に、どのような子供に――なるか。
孤独な人間は、人間ですらない。人間は他者によって自己となる。


2:
関係。

――他者を通して自己を発見すること。
むろん、相手が人間でなくても関係は持てる。

草を刈る――花壇の手入れをする――犬と遊ぶ。

だが、草を刈る人間が、
ただ草によってだけ自己を規定するなら、自己を見出すなら。
彼は草に過ぎない。

人間を疎んじ、犬とだけいる人間は、
ただ犬によってだけ自己を規定し、自己を見出すなら。
彼は犬に過ぎない。

人間性は豊かなものだ。美しいものだ。多様なものだ。
同じほど可能性に富んだ、複雑な――人間を相手にするときにだけ、
人間は人間になる。


3:
困難なのは、社会である。
社会に対して自らを規定するとき、
人間はある種、無力である。

社会を規定し、よく見ようとするときに引き合いに出されるのは、
「他の社会」である。いっこの人間ではない。
人間は社会に属さねばならないが、社会が一つの主体として
迫ってくるとき、人間は自身の無力、自身の無意味さだけを感じ、
正しく関係することができない。

人間は社会にあっては、常に、人間以下、である――


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