終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2001年11月24日(土)

お・く・り・も・の。

1:
現在、便利かつ形美しいので愛用している栞がある。
とあるひとが、誕生日プレゼントに、と、くれたものである。

数度だけ会ったひと、というのは。
私はあまり、顔を覚えない。
ひとの顔を覚えるのは、得意じゃない。

しかし、彼女に関して、記憶は。
その栞を使うごとに新たにされるわけで。
結果として、彼女の顔を、一日数度は思い出している。
覚えてしまった。

そして私が「誰かと会いたくなる頻度」は、
純粋に、「思い出す頻度」×0.001くらいなので、
多分、そのうちに、「どこかへ行きませんか」、と、
彼女に連絡をいれることになるのではないかと思う。


2:
「よすが」というのは、大きなもので。
それだけに、「おくりもの」を受け取ることは難しく。
滅多に私は受け取らず、受け入れず。でも受け取れば。

十年たっても、私は、大切にしている。
私はおよそ、ものをなくすということがないからだ。
それは眠る心臓、「よすが」もなくなり、
その脈拍は間遠となっても、止まることはけしてない。


『――あなたにとって、私の名前が何になろう?』


私にそう問うひとがいるとしたら、そうだ、私は答えよう。
あなたの名前は私の内に住み着いている――私の一部となり。

――心の臓器であり、ひとつの宝石であり、
ひとつの幸いであり、ひとつの季節――だと。


3:
忘却という言葉を。
私はかなり変則的に使う。

――香水において、華やかな果実の、花の香りを裏打ちするのは麝香。
気づかれるのは果実の甘さ、花の清涼な軽やかさ。
長く残り、人々の官能に触れるのは――麝香の方だ。

記憶においても、なべて鮮やかな喜怒哀楽は忘却の前に脆い。
静かに深く残り、鼓動するのは。顔を忘れ、名前を忘れても――残るのは。
深いムスクの香り、あなたへ向けた深く色濃い――

それはにおいに似ている。
ふと、わけもなく物悲しく、胸狭まり、胸苦しい。
それは、あなたの名をした一つの想いが私の中に回想されているからだ。
ひとつの名で、あなたの名で、私はその想いを呼ぼう。
その名を忘れたら――それでもその想いは死なない。

それが忘却だ。私の。
忘れて、忘れない。
忘れるほど、忘れない。

忘却と表現の手だてを持たないもの。
言葉にならないもの、表情ともしえないもの。
ただ予感として自らのうちに閃いて存在を知らせるばかりの。

それが私の「ほんとう」。
出口など、もとよりない。だからこそ深まってゆくばかり。


4:
私が恋愛をしないのは。
恋愛をできないのは。
その感覚を理解できないのは。

つまりきっと。

――そのせいだ。


-



 

 

 

 

ndex
past  next

Mail
エンピツ