- 2001年10月27日(土) 1: 梅田のPlanet+1という映画館に、 グル・ダットの映画を見に行ってきた。 この映画館にははじめて行った。 ごく普通のマンションの一室を改造しただけの およそ10畳ほどの空間が映画館で、 私と、一緒に行った親友を含めて六人ほどが客の全てだった。 だが、そういう空間は、嫌いではない。 2: グル・ダットは、1950年代に主に活躍した映画監督だ。 40才前に自殺をしたという。 ちなみに、インド人である。 したがって、インド映画である。 ……50年も前から踊ってたんだな、インド映画! すごいぞインド映画、かっちょいいぞインド映画! 踊れインド映画! 歌えインド映画! 3: 以上、感想……と言ったら、怒られそうだ。 ……。(落ちつけ、落ちつけ私) 舞台は16世紀、圧制に悩まされるインドのある藩国。 父を圧制者ポルトガル人に殺された娘ニシャが、 仲間とともに海賊として立ちあがり、 藩国の王子ラヴィとの恋物語を交えて、 国の独立と圧制者の放逐を勝ち取るまでの愛と勇気の物語である。 ……。(だんだん落ちついてきたぞ、私) 音楽と歌と舞踏というのは、 物語の流れそのものであり、 歌は感情とその変容の表現の手段としては最も説得力に富む。 音楽はムードであり、物語のほんとうの主役でもある。 ムードこそが物語りの変容を語りうるのであって、 セリフの交換というのは、その更に劣った手段なのである。 ……。(その調子だ、私) インド映画が音楽と歌唱、舞踏を積極的にとり入れてきたことは、 インド文化の成熟をかんがみれば説得力を持つことであう。 またその文化の特質として神々への絶えざる舞踏の奉納を持ってきたことからして 映像と音声の双方の特質を持つ映画文化に こうした様式が持ち込まれたのは妥当なことと言えよう。 だけど日本にはそうした伝統がありません。 だから、思わず笑っちゃっても、いいのです(多分) 4: 酒を飲んでいるので、あまり頭が働きませぬ。 明日あたり、捕捉するかもしれないし、しないかもしれない。 インドの美人って、美人だよなぁ…… ――――――――――――――――――― 以下、補足。 映画の後に飲もう、といってうちの部屋に連れてきた親友、 私の布団、独り占めして寝てます!(9:00現在) こんなに寝癖が悪いとは思わなかった…… 悔しいので、こんなとこでこっそり愚痴。 ってかあんた、今日歯医者だから8:00に起きるって 言ってなかったか―? いいのかー? あたしちゃんと起こしたぞー?(ゆさゆさ) そういえば、お泊りでひとを呼ぶなんてのは、 いったい何年ぶりだろう。 勉強会とか銘打っては泊まりによく行くんだが…… 自分の個人空間にひとを入れる、というのは、 それなりにあれこれ考えるものだ。 特に、うちの母上が、 「きちんとしてないところに人を呼ぶのは恥」という、 まあ、常識的ではあれちと堅いひとだったので、 ちょっとひとを呼ぶのでも部屋が汚れていたら、私は躊躇う。 ……ひとんちなら気にしないのだが。 とりあえず……起こそう。 続報を待て。(なんだそりゃ) -
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