終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2001年10月25日(木)

Think of me..............
あなたを・私を、探している・探していない。


1:
私が自分の悪意と同じように
自分の好意も分解するからと言って、
どうぞ怒らないで頂きたい。


「なぜ、私はこのひとを、好きなのだろう?」


それは私がかつて母の財布に抱いたのと同じ、
世界と他者と自己の組成を知りたいという、
そのような願いの一部分。

私の最も鮮明な断片は――他者との接点から拾うしかない。


2:
『私はあなたを』

A――かつての私として愛しているのだろうか?

私はあなたの中の、かつての私を彷彿とさせる部分、
孤独な子供、不器用な子供、
どこかに畸形を負った魂――を
愛しているのだろうか?
まさにそれゆえに?

だとすれば。

それは私があなたの成長と変容を望まない、そういう愛し方だ。
あなたが成長し、あなたの苦しみを脱することを
私が阻む、そのような愛し方だ。
もしくは、その成長、その変容、それへの努力が――
私の中のあなたへの愛着を消し去る。

そのような――愛だ。


B――まだ展開していない私として愛しているのだろうか?

それの名を私はよく知っている。
憧れだ。幻惑だ。
誘い出される。その服の裾に触れる値打ちさえ自分にないとさえ思う。

憧れの罠は。
あまりにその思いが強すぎて、憧れに留まろうとすること。
――自らその願いに至る努力を放棄すること。

罠に陥れば、自分自身を押しつぶし、劣等感は醸成され、
そして相手に過大な要求を押しつけることとなる。
その憧れとはまったく関わりのない部分――にまで。
そしてひとたび相手がそれに背けば、
あたかも全てを裏切られたように思うのだ。

そのような――愛だ。


C――あなたとして愛しているのだろうか?

あなたはひとりの他者。
あなたはひとつの存在。

私とは、関わりのない。

にも関わらず――まさにそのゆえに。
あなたの感情と思考は、私の上に意味を持つ。
私の感情と思考が、あなたの上に意味を持つことを望む。

あなたの変化を私は愛し、心を配り、
またあなたからもそのような心遣いを享けたいと願う。

あなたの視界を私は愛し、
私の視界もまた愛されたいと願う。

あなたは私の興味を尽きず惹きつけ、
あなたの傍らの空気は私に心地よい。
そして私もあなたにとってそのようであることを望む。


3:
上の三つは、心理学から借りてきた概念に過ぎない。
同一化、依存、投射……人格の完成。

実際のところは、どれも、入り混じっている。
例えば親友に対するときでさえ。
肝心なのは――自覚することだ。自省することだ。
自分の感情を点検し、背景に紛れ勝ちな理不尽なものを
常に摘み取ることだ。

無意識は意識よりも強いかもしれないが、
同時に意識がそれの働きを知れば、その強さは半分がた失われる。


全ての感情や言葉を管理しようとすることはとうに止めたが――


だが、愛するひとたちに対するときは。
やっかみや、羨み、勝手な理想化、勝手な失望、
そのようなものを、私は放逐したい。
できうる限り傷つけぬことを望む。
そのために費やす自省や自覚を、私は惜しみたくない。

憧れの的にされたときは、私は自分の限界と不完全さについて言おう。
あなたもまた変容しうるのであり、
あなたもまたなにものかであるのだと、そう言おう。

幼いものとして見られたときは、私もまた変容しうる存在だと言おう。
私もまたなにものかであり、
少なくともなにものかであろうとしているものだと言おう。

そして私の愛情について、言おう。
それでも愛してくれるかと、問おう。
私はあなたを愛している――と。


私の愛情が意味を持ちうるとすれば――
それは投げ捨てられることさえ肯うだけの強さを持ち、
しかも静かに立ちあがって憎しみとすることなく歩き出せる。
愛することがもはやかなわなくなれば、
静かに忘却することができる――


――そこにだけだろう。


4:
私自身の好意を解剖した。
おそらくは、その部分に過ぎまい。

私は、母親を愛するように誰かを愛しているかもしれず、
父親を愛するように誰かを愛しているかもしれず、
その他、あらゆる仕方で誰かを愛しているかもしれない。

私のまだ知らない多くの危険があり、
そして私が犯した罪は多いだろう。
だが、十全に生きることはハナから諦めてる。

これは断片だ。
破片だ。
私と私の読書と思考の垣間見せた――


おそらくは。


真実の一隅。






……そして、私はちっとも修行が足りてない(ふぅ)
嫌われたら、嫌われると思ったら、ジタバタ、してるよ?(笑)


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