- 2001年10月06日(土) 人形の話をしよう 1: 髪の長いリカちゃん人形、 名前を何と言ったっけ、もう忘れてしまった。 私が小学校一年生のときに、発売された。 欲しかった。どうしても。 母にねだった。 ……が、敵の抵抗は頑強だ。 私は拗ね、泣いて、考え、そうして。 「どうしたら、買ってくれる?」 これには母も考えた。 そうして出てきた答えが。 「一ヶ月間、毎日、お皿拭きしたら」 かくして、私の皿拭き修行が始まった。 2: カレンダーに、バツをつけていった。 赤い油性のペンで。 夜の皿拭きを終えた後に。 力いっぱいバツをつけた。 マルのついてる日が、また近くなってく。 それが、ねえ、とても嬉しかったよ。 一日だけ、サボってしまった。 母と、ケンカして。 もう、いい、と投げ出した。 でも――次の日。 ちゃんと、ゴメンナサイを言ってから。 「昨日のぶん、なに、したら、いい?」 洗濯物、畳んだ。 母の顔、見たら、視線があった。 一緒に、笑った。 3: 一ヶ月が過ぎて、玩具屋さんへ行った。 友達がみんな、ゾロゾロついてきた。 宝物みたいに、人形の箱を抱いて帰ってきたよ。 箱を開けて。 長い、絹のよな髪に触れて。 (ずっと触りたかった) みんな、よかったね、と、言ってくれた。 よかったね、うれしいね、がんばったね―― お人形さんキレイね、かわいいね、ちょっとだけ触らせて―― ――うん、うれしいよ。とてもうれしいよ、がんばったよ ――キレイでしょう、かわいいでしょう、私のなの、でもちょっとならいいよ 一緒に、遊ぼう。 遊ぼう。遊ぼう。 あそ――ぼ――――――う―――――――――――― 4: …………。 こたつで目を覚ました。 どうしてこう、私はマヌケなのか。 友達の家に、忘れてきてしまった。 あんなに欲しかったお人形、ようやく手に入れたお人形。 急いで階段を駆け下りて、友達の家に、行った。 私の人形を、すぐに返して、もらいに。 (どうしてこう、ひとは悲しいものなのか) その子は出てこずに、母親が出てきた。 ひどくためらいがちに差し出された私の、人形。 ――ショートカットになってしまった私の人形。 あの長くてきれいだった髪を、短く、短く刈られて。 どうしてなんて、聞かなかったよ。 人形を抱きしめて、家に帰って、少し泣いて。 そうして―― 母親に連れられて謝りにきたその子に、冷たく、いいよ、と言った。 (どうしてこう、ひとは悲しいものなのか) 5: 一番傷ついたのは、誰だっただろう。 (あの人形はどこへやってしまっただろう) どうか、泣かないで。 泣かないで、あなたの苦しさを、涙を、悲しさを。 泣かないで、あなたの。 (どうしてこう、ひとは悲しいものなのか) あなたの声ばかり、必死だったのに。 よかったね、と、そう――言う声の。 必死だったのに、苦しげだったのに。 どうして、私は――人形を忘れて帰ってしまったのだろう。 誰もいない部屋でひとり、人形の髪に鋏をあてるあなたを思うのは―― (どうしてこう、ひとは悲しいものなのか) ――ひどく辛いのです。悲しいのです。 今でもまだ、ときどき夢に見る。 -
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