 |
 |
■■■
■■
■ ベッシーに会いたくて。
ベッシー・ヘッドに会いたくて、わたしはここに来た。 というのはまんざら嘘でもないわけで。
彼女が亡くなったのが1986年だから、もう今年で20年にもなる。 わたしが彼女の研究を始めたのが、20歳くらいのころ。思い余って、ひとりボツワナへとやってきたのが21歳のころだった。
アカデミックな意味だけでなく、魂の底から彼女に惹かれていったし、わたし自身彼女に似たようなもの書きになっていくことが恐ろしくもあった。 彼女を褒め称え慕うひとは多くいる。彼女がボツワナのセロウェ村に眠ってから二十年経っても、まだ。
2007年には彼女の70歳記念のイベントが行われるらしい。南アの新聞記事で見た。愛されるってすばらしい。でも、48歳で亡くなった彼女のことを、わたしは忘れるわけにいかない。
会えなかったひと。
ボツワナ大学英文学部でベッシー・ヘッドを教える何人かの先生方と、数年ぶりに連絡をとった。21歳だったとき以来、会っていない。 今はもう、ジンバブエでこの仕事をしているんですよ。 そういったらとても喜んでくれる。
5月には、ベッシー・ヘッドの村へ行こうと思う。 ここからだとすぐいけるのだけれど、でもきちんとお休みをとってたっぷり一週間は行きたいから。
このところ、忙しくなっている。でも、以前よりずっと充実した生き方。
でも、彼女と出会ったころのこと、それからわたし自身の生き方のこと。 こういうことを、わたしはアフリカに暮らし始めてますます心の中で静かに深めていきたいと思う。
ベッシー・ヘッドとわたしの間には、他人とシェアできるような感情・感覚と、そうではなくて密やかに情熱的なものとがある。これを忘れまい。
2006年02月16日(木)
|
|
 |