あふりかくじらノート
あふりかくじら



 完璧なる小説の存在価値。

もちろん完璧なる小説などありようがなく、
それはひどく主観的なものに違いないので
あるのだけれども、その存在を信じようとする瞬間の
絶対的な感覚、つまり逃げようもなく身体中を
やわらかくしなやかで強い網のようなもので
捕らえられている感覚がする、その一種狂気じみた
閉塞的な感覚の甘美と絶望なのだ。

つまり、熱にうなされた子どものように
うー、あー、となって身体中が意思に逆らって
しびれている状態のこと。

ふと油断すると気がふれてしまいそうなこと。

わたしの書いた小説、わたしの見た風景、
わたしの肉体に残る物理的感触、二度と会えない
ひとの面影が、誰かの脳みそを経由した比重で持って
そこに文字として綴られている、ということ。

だからわたしは、書く。
こんな苦しみと狂気のなかで、書く。

こんな人間が、文学研究者であるはずなどないことが、
どうしてわからない?
むしろ対極に位置するではないか。
こんなにも自明なことがわからないなんて、
なんて鈍いんだろう。(毒)

**********

直木賞だからじゃない。

角田光代の本を三冊買った。
わたしが昔書いた小説みたいで、ものすごく困惑した。
このひとはわたしより年上なのに、ずっと若い感じがする。

『だれかのいとしいひと』角田光代著 文春文庫



2005年02月07日(月)
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