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■ 完璧なる小説の存在価値。
もちろん完璧なる小説などありようがなく、 それはひどく主観的なものに違いないので あるのだけれども、その存在を信じようとする瞬間の 絶対的な感覚、つまり逃げようもなく身体中を やわらかくしなやかで強い網のようなもので 捕らえられている感覚がする、その一種狂気じみた 閉塞的な感覚の甘美と絶望なのだ。
つまり、熱にうなされた子どものように うー、あー、となって身体中が意思に逆らって しびれている状態のこと。
ふと油断すると気がふれてしまいそうなこと。
わたしの書いた小説、わたしの見た風景、 わたしの肉体に残る物理的感触、二度と会えない ひとの面影が、誰かの脳みそを経由した比重で持って そこに文字として綴られている、ということ。
だからわたしは、書く。 こんな苦しみと狂気のなかで、書く。
こんな人間が、文学研究者であるはずなどないことが、 どうしてわからない? むしろ対極に位置するではないか。 こんなにも自明なことがわからないなんて、 なんて鈍いんだろう。(毒)
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直木賞だからじゃない。
角田光代の本を三冊買った。 わたしが昔書いた小説みたいで、ものすごく困惑した。 このひとはわたしより年上なのに、ずっと若い感じがする。
『だれかのいとしいひと』角田光代著 文春文庫
2005年02月07日(月)
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