ケイケイの映画日記
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2023年03月14日(火) 「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」




祝!アカデミー賞最多部門受賞!観たのは先週の土曜日です。賛否両論で、私は多分ダメだろうと予想していました。でもアジア最大の俳優(女優じゃないよ、俳優!)だと個人的に思っているミシェル・ヨーが主演女優賞にノミネートされているので(ジェイミー・リー・カーチスも好きだ)、敬意を表して観にゃけりゃならん。まぁ渋々ですよ。それがあなた、ラスト近くはまさかの大号泣(笑)。個人的には「イニシェリン島の精霊」の方が好きですが、こちらも手放しで絶賛です。監督はオスカー受賞のダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート。

中国からアメリカに移住し、夫のウェイモンド(キー・フォイ・クァン)と共に、しがないコインランドリーを経営しているエブリン(ミシェル・ヨー)。善良だけが取り柄の頼りない夫、反抗期の娘ジョイ(ステファニー・スー)に、頑固な老実父=ゴンゴン(ジェームズ・フォン)まで抱え、エブリン自身も所帯やつれの冴えない日々です。今日は税務署の監査員ディアドラ(ジェイミー・リー・カーチス)から、本日中の書類を精査して提出しろと言われ、頭を抱えます。しかし突然ウェイモンドが何かに取り付かれたように、「巨大な悪を退治して、地球を救うのは君だ!」と、語りかけます。それ以降何度も意識が飛び、別世界で様々な姿の自分に出会うのですが、巨大な悪の正体は、何とジョブ・トゥパキと名乗る、ジョイでした!

ねっ、バカバカしいでしょ?(笑)。でも冒頭から10分過ぎたくらいで、テンポの波長が合うのを確認。「これはイケるかも?」の予感。ウェイモンドがウェストポーチをヌンチャクのように巧みに操る姿にオォ!と目を見張り、ガハガハ笑い(そして懐かしい)、これ以降はノンストップでハマりまくりました。クァンってね、眼鏡を外すと、横顔なんてジャッキー・チェンにそっくりなんです。だから、存在自体が香港カンフー映画のオマージュっぽいのね。

マルチバースの世界なので、次から次に矢継ぎ早にエブリンは変身。カンフーマスターだったり、京劇のプリマだったり、凄腕のシェフ、そしてゴージャスな銀幕の大女優。そのそれぞれにバカバカしいけど、ハイテンションの見せ場がたっぷりです。ちょっとお下劣な場面も多々ありましたが、そこはやっぱり香港映画のコメディ、それも一番隆盛だった頃を思い出し、私は楽しかったです。あっ、ちょっと「マトリックス」も入ってたような。

エブリンの七変化を観て、この役はヨーを充て書きしたのかと思った程。マレーシア人のヨーは、香港映画から出発し、ハリウッドにも進出。アクションが出来て、カンフーが出来て、武侠映画の殺陣も出来る。文芸作品、普通のドラマ、ハリウッド大作と、何でも出来ちゃう人なんです。そうだよ、ボンドガールもやったんだよ。あんなに美人なのに、美貌に頼らず常に第一線で活躍し続けている、本当にリスペクトすべき人です。どんな姿のエブリンもチャーミングなのは、ヨーが演じてこそだったと思います。

ハイテンションで大爆発し続けるコメディに、時々覗く夫婦、親子の葛藤が、終盤近くで大爆発。あらゆる「自分」を体験した後のエブリンが、最後に選んだのは、どの自分か?経験したからこそ、見えなかったものが見えて、別の視点が開かれたのよね。これが開眼っていう事かな?

マルチバースで変身中のエブリンに、父は巨悪のジョブ・トゥパキ=ジョイを殺せと言う。多分、古来からの東洋的思考では、親の言う事は絶対で、子供より親を選べと教えられているはず。でもエブリンは、例え巨悪に姿が変わっても、娘は殺さない。親より自分の子供を取ります。ここは当たり前に観ちゃ、いけないところだと思います。生まれた時、「なんだ、女か」と父親を落胆させたエブリン。この落胆は、きっとずっと彼女の人生で、尾を引いた事でしょう。その事を乗り越えた瞬間だと思いました。

まぁこの辺で泣いたわけなんですが、もう一つ落涙したのが、ディアドラが「世の中は私たちのような可愛くない女が回してる」と言うセリフです。ディアドラ=カーチスは、両親ともスター俳優の14光女優。しかし美しいヒロインにも見向きもせず、若かりし頃はホラー映画の絶叫クィーン、その後もジンジャー風味の役柄が多く、可愛い女の役柄は皆無。このセリフの直後、いがみ合っていたディアドラを、エブリンは抱擁します。それは男好みの「可愛い女」とは距離を置き、常にタフな女を演じ続けてきた、ヨーとカーチスが重なり、思い切り泣きました。そんな事を痛感した後だったので、二人のオスカー受賞は、作品賞より嬉しかったです。

観た後で知りましたが、監督のクワンは、撮影時にADHDと診断されたとか。実はエブリンも、設定ではADHDなんだとか。冒頭、膨大な書類を整理出来ぬまま、料理したり、店に出たり、あれもこれも中途半端なのが気になったけど、忙しくて、混乱しているのだと思っていました。この混乱こそ、映画の肝だったのかな?マルチバースの設定ですが、そうではなく、エブリンの整理しきれぬ頭の混乱を表し、エブリンは正しい導きさえあれば、超人的な何者かになれたのでは?と言う見方も出来る気がします。

新聞で読んだ、とある療育センターの所長さんの談話が心に残りました。「幼児期の早い段階で発達障害を見つけ出し、療育機関で学ぶ機会を与えれば、必ず社会に溶け込める。子供が少ない中、障害を持つ子供を手厚く教育するのは、将来の税収アップに繋がる事で、これは国の義務である」と言う内容でした。精神科勤務の時、知的や発達に障害を持った事を知らず、世の中でもみくちゃにされて、精神を病んでしまった患者さんたちを、たくさん見てきた私には、すごく心に響く談話です。

パワー爆発、ハイテンションで繰り広げられるバカバカしい中、このように「多様性」とは何か?も、しっかり盛り込まれた作品です。当然のオスカー受賞だと、私は思っています!


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