ケイケイの映画日記
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2022年12月18日(日) 「ミセス・ハリス、パリへ行く」




素敵な素敵な、大人の童話。童話の中に人生のほろ苦さも滲ませ、そのお陰で絵空事から上手く脱却させて、私も俄然夢を持ちたくなりました。監督はアンソニー・ファビアン。

1950年代半ばのロンドン。エイダ・ハリス(レスリー・マンヴィル)は、終戦後、生死の判らぬ夫を、家政婦をしながら待ち続けていました。数件の家を掛け持ちしていたエイダは、ある裕福な家で、ディオールのドレスを手に取り、一瞬で心奪われます。ディオールのオートクチュールを買う事を夢と決め、一生懸命貯金の日々です。何とかお金を工面してパリのディオールに到着したエイダですが、支配人のクロディーヌ(イザベル・ユペール)に追い出されそうになります。

冒頭、友人のヴィー(エレン・トーマス)やアーチー(ジェイソン・アイザック)とのやり取りや仕事ぶりで、エイダの明朗で優しい人柄を描きながら、夫の無事を待つ身の厳しい心持ちを上手く掬い取っていて、秀逸です。

私もそうですが、年を取ると、自分自身の夢を持つ事が、とても困難になってきました。健康で長く働き、子供たちに迷惑をかけずに生活すること。最近夫婦して、こればっかり語っていますが、これは夢ではなくて、目標なんだなと、エイダを観てはたと気づきました。夢とは手の届かないところにあって、でも実現出来るよう、ワクワクと頑張る事なんだね。エイダの姿がとても眩しい。

エイダが夢に向かって紆余曲折する描き方が、とても上手い。上手く事が運び過ぎだと思うと、次に待ち構えるのは苦い現実。長く生きていると、窮地に陥ると、思わぬ奇跡的な出来事が起きて、自分を、家庭を救ってくれた経験が、誰しもがあると思います。反対に、打ちのめされて、時間だけが解決の道だった事も。それを交互に見せる事で、この童話に現実感をもたらしています。

奇跡的な事柄を引き寄せるのは、私はその人の人柄じゃないかと思います。真面目に誠実に前を向いて歩いてきたエイダ。「一生懸命、床を磨いて、お金を貯めてここに来たのよ!」とクロディーヌに向かって、臆せず啖呵を切るエイダ。その姿を観たスタッフの一人は、「家政婦さんが買いに来た!素敵な人よ!」と、サロンに触れ回ります。上流階級の客の傲慢さに辟易していたのでしょうね。労働者階級だって上流階級だって、同じ人間だもの。エイダによって、彼女たちも勇気づけられたことでしょう。

マイク・リー作品の常連のマンビルは、映画好きには知られた人です。明るくてユーモアがあり世話好き、でも大胆で豪胆な可愛いおばさんのエイダを演じて出色の好演です。ダメな人・出来る人・怖い人。どれも好演する彼女が、普通のおばさんが一番強い!を痛感させ、感嘆しました。これは「あなたを抱きしめる日まで」で、やはり普通の可愛いおばさんの中の、誰よりも強盛な信仰心を演じて感嘆した、ジュディ・デンチを彷彿させました。チラッと読んだ感想で、「ヒロインに魅力が薄い」と書いてあり、とても残念です。一般的には馴染みがないかもですが、御年66歳、これからも意気軒昂である女優さんです。覚えておいて欲しいなぁ。

そして何たってディオールですよ!ブランドに疎い私ですが、若い頃は小物や化粧品、バッグなど、ディオールは数点持っていました。海の向こうの小娘でも手に出来たのは、こんな理由があったんですね(それでも親に買って貰っていたけどね)。ショーのオートクチュールは、今の時代でもビクともしないデザインで、眼福眼福。レッドカーペットに映えまくりでしょう。仮縫いの様子も興味深かったです。華やかなサロンと、労働者階級のデモや、汚い路上の対比も良かったです。若い頃、「anan」だったか、麗しのパリに行ったものの、街はゴミと犬の糞だらけだったと言う記事を読みました。それを思い出しちゃった(笑)。

子供の頃、童話を読んで、正しい事をすれば、良い事が起り、人を騙したり嘘ついたりすると、悲惨な末路が待っている。だから真面目に正しく生きようと学びました。だからね、現実に少々お疲れの大人にも、もう一度襟を正すために、童話は必要なんです。エイダと私たちに幸あれ!


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