ケイケイの映画日記
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2020年05月31日(日) 「淪落の人」




先週の土曜日、実に二か月ぶりの映画でした。親愛なる映画友達の方から、直々にメッセが来て、それではと選んだ作品です。もうー泣いた泣いた!予定調和の展開なのに、語り口に情感と希望が溢れ、とても素敵な秀作です。監督はオリヴァー・チャン。

仕事上の事故で半身不随になった初老男性のチョンウィ(アンソニー・ウォン)。気難しくなかなか家政婦が定まりません。今回派遣されたのは、看護師資格も持つフィリピン人のエヴリン(クリセル・コンサンジ)。しかしエヴリンは広東語は話せず、落胆するチョンウィ。チョンウィは仕方なしに英語を勉強し始めますが、これがお互いの距離を縮める事になります。

この作品で珍しいのは、出稼ぎのフィリピンメイドの様子です。彼女たちはコミュニティを作り、自分たちで情報交換します。「バカを装うのよ」「広東語はわからないふりをしろ」等々、あー、仕事上の知恵だわねと、微苦笑しながら観ましたが、彼女たちのガールズトークから、決して楽ではない背景がわかります。各国にフィリピンのメイドさんは多いようですが、それは英語が出来るからと読んだ事があります。日本に彼女たちが少ないのは、人種的な偏見だけではなく、言葉の壁もあると思います。

親代わりに育てた妹とも仲が良いとは言えず、事故が元(多分)で妻とは離婚。唯一の血縁での繋がりは、再婚した妻と共にアメリカに渡った優しい息子とのSkype。そしてかつての同僚で、なにくれとなくチョンウィを気遣い訪れるファイ(サム・リー)。これがチョンウィの生活の全てです。

当初こそ癇癪持ちのチョンウィに怯え、先輩メイドの言いつけを守って仕事と割り切るエヴリンですが、持ち前の勝気で実直な性格がそれを良しとせず、どんどんチョンウィの頑なな心も溶かしていきます。この辺の心の交流が微笑ましい。ユーモアあり喧嘩もあり、恥もあり。エヴリンは住み込みメイド。寝食を共にすれば、お互いに情が湧くのは当然で、その人が「何者」であるか、プライバシーも明かされていきます。

女性と言うのは幾つになっても、男性にとって日常の潤いになるのだなと、この二人を観て感じました。夢を持ち人としての誇りを忘れなかった事で、「バカになる」事が出来なかったエヴリン。それが向上心に繋がり、チョンウィが忘れていた慈愛の心を引き出し、夢を語れる彼にしたのだと思いました。

私がこの作品で一番良かったのは、この二人が男女の関係にならなかった事です。陽光降りそそぐベランダの近く、車椅子で転寝するチョンウィに、そっと体を寄せ、目を閉じ微笑むエヴリン。同じ愛でも、父親にじゃれつく娘のようで、見守られる幸せを感じます。そこに執着も束縛もない二人。愛が何かと問われたら、相手の幸せを願う、この事に尽きるのではないかと思います。

ラストの鍵のやり取りは、二人の関係が、新たなステージに移るのだと想起しました。やっぱり「香港のお父さん」になるんだよ。「最強のふたり」は、大富豪だから出来た事、としらけた方には、香港の片隅に生きるこの二人の、質素で豊かなお話は、きっと気に入って貰えると思います。


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