ケイケイの映画日記
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2019年02月03日(日) 「天才作家の妻−40年目の真実−」




いや〜、面白かった!当初名優ではあるけれど、名にし負う大女優グレン・クローズの夫役がジョナサン・プライスじゃ、些か見劣りするんじゃないの?と思っていましたが、観終わってみれば、絶妙なキャスティングだったなと思い直しました。監督はビヨルン・ルンゲ。予告編やHPで、盛大にネタバレしているので、感想も今回ネタバレです。

高名な作家のジョゼフ・キャッスルマン(ジョナサン・プライス)。糟糠の妻のジョーン(グレン・クローズ)と共に、ノーベル賞受賞の電話を、今か今かと待ちわびています。無事受賞の報が届き、夫妻と息子のデビッド(マックス・アイアンズ)は、授賞式のためストックホルムへ向かいます。気疲れしているジョーンの元へ、ジャーナリストを名乗る男ナサニエル(クリスチャン・スレーター)が近づいてきて、束の間の話し相手となります。しかしナサニエルは、ジョゼフの書いた小説は、妻のあなたが書いていたのではないですか?と、疑問を投げかけます。

予告編から妻が夫のゴーストライターと言うのはわかっていたので、受賞の報が届き、夫婦で大喜びしてベッドをぴょんぴょん跳ねる二人。ジョゼフが「僕の作品がノーベル賞を取った!」と、言った途端、ベッドを降りたジョーンに、そーだわなーと私は納得。

「どうしたんだ?」と真顔で聞く夫。バカですか?以降古夫ジョゼフの無神経さや、悪気なく妻に屈辱を与えるシーンのオンパレードに、欧米でも亭主ってもんは・・・と、私も結婚生活37年目に突入したもんでね、暗澹たる気分にもならず、淡々と観ました。我ながら、こっちの方が怖いわ(笑)。

夫は表向きの手柄は全部自分のモノ。妻が子育てと執筆に励んでいるのを横目に浮気三昧。この秘密は誰にも告げられない。では何故妻は長年屈辱にまみれながら、離婚しなかったのか?ここがこの作品のポイントです。夫婦が若かりし頃が随所に挿入され、それを紐解いていきます。

若かりし頃のジョーンを演じるのは、クローズの実娘のアニー・スターク。男顔の母にはあまり似おらず、オーソドックスな美人さんです。お芝居上手だなーと思って観ていて、後で知りました。今後ブレイクすると思います。

出会いは大学の講師と生徒として出会った二人。ジョーンはジョゼフを尊敬し、恋しました。しかしジョゼフは妻帯者でした。出会った当時から頭角を現していたジョーンでしたが、先輩女優作家(エリザベス・マクガバン)は、女と言うだけで、どんなに優れていても認めてもらえない。著書を手に取ってさえ貰えないのだ、彼女に告げます。

始まりは新婚当時、面白くないジョゼフの小説を、ジョーンがリライトした作品が初出版となり、以降は彼女主体で書かれて、ジョゼフは編集者のような立場だったのがわかります。冒頭のベッドのシーンと同様、デビューが決まった時、二人でベッドを跳ねている時、ジョゼフは「僕たちの作品だ!」と言っています。この気持ちが持続すれば、ジョーンの悲哀はなかったはず。

ジョーンは浮気に対しても、自分が元妻子からジョゼフを奪った贖罪の気持ちから、夫を責められなかったのでしょう。しかし女たちは、偉大な作家ジョゼフ・キャッスルマンだと思うから、冴えない老人であるジョゼフに、未だに群がるのです。それがわかならい間抜けな夫。わかっているから、尚更腹立たしい妻。

無神経な夫の言動に疲弊し、感情が高ぶる妻。いつもならやり過ごす夫の浮気も、盛大に詰る。対する夫は

「才能ある妻の下、自分がどんなに屈辱を感じているか、わかっているのか!俺は君が執筆出来るよう、家事も育児もしたじゃないか、君の思い通り、家も贅沢な暮らしも手に入っただろう!」

この夫のピントの外れた、小物感卑小感まんたんの「口ごたえ」には、冷笑を通り越して爆笑したわ。ピント外れは、夫あるあるだわね。内助の功の妻に対しての発言でも、妻は怒りますよ。この夫、自分で本当に書いていたら、さっさと糟糠の妻を捨てて、トロフィーワイフに乗り換えるタイプですよ。「僕は君のものだ!」と言う台詞にも噴飯。散々虐げられて、今更言われて、誰が嬉しいもんですか。私がこの夫の台詞で一番感動したのは、「僕を捨てないでくれ!」でした。

それでも夫婦であり続けたのは、ジョーンは夫婦の夢だけではなく、自分の小説を人々に読んで貰いたい切なる希望があったはず。これが物書きの性なんでしょう。

それ以上に面白かったのは、盛大な夫婦喧嘩が始まると、娘の出産の知らせが入り、夫婦で大喜びしてお開きになったり、憎しみ満開の時、夫が倒れて甲斐甲斐しく妻が寄り添ったりと、長い年月夫婦でいた人にしかわからない哀歓が、随所に滲みます。夫婦の別れぬ理由を描くのに、これはとても良い演出だったと思います。どんなに夫にないがしろにされようと、諸々の事を踏まえると、妻でありたかったのは、ジョーンの方だと思います。夫の方も好き勝手しながら、ジョーンを本当に愛する気持ちはあったと思います。愛だとか、打算だとか、それを超えた人達だけが、死ぬまで夫婦を継続するんじゃないかしら?

夫婦の集大成とも言えるべきノーベル賞授賞で、皮肉にも心の底に覆いかぶしていた感情が噴出した妻。彼女の感情を静めるには、最適の成り行きだったと思います。夏樹静子が小説を書き始めた動機は、娘を出産し、この溢れ出る母性を吐き出したいとの想いからだと、昔読みました。それが「天使が消えていく」です。ジョーンも似た事言ってたしな。多分空白のノートには、文壇を揺るがす小説が、今後書かれる事でしょう。

原題は「THE WIFE」。才能ある作家でなくても、長年妻稼業をしている人なら、万国共通理解も共感も出来る作品。


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