ケイケイの映画日記
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2016年06月12日(日) 「64」(前後編)

一気観したかったんですが、時間の都合で、前篇を五月半ば、後編を公開初日に観ました。私はドラマ・原作とも未見です。ドラマに軍配が上がるとの声が多いですが、未見でも理由は何となくわかるくらい、掘り下げが甘く、消化不良の部分が多いです。ですが、作り手が熱くて良心のある刑事ドラマを作ろうとする気概は充分に伝わり、力作であると思います。監督は瀬々敬久。今回あらすじはなしです。

超豪華な出演陣ですが、名のある人、見知った人を隅々まで配したのは良かった。膨大な登場人物の名前は忘れても、顔で認識出来ました。無駄に豪華な配役の時もありますが、今回は功を奏しています。前編では、県警トップのキャリア組・椎名桔平が、表面は暖か味がありそうながら、切れ者で冷徹な面をきちんと出しており、ほんの数分の登場ながら、出色の演技。警察でのキャリア組の位置づけを、出番の多い同じキャリア組の滝藤憲一より、強烈に印象に残します。これは滝藤はキャリア組と言うより、人柄のように感じるのに対し、全く私人を感じさせない椎名桔平の役作りの為かと思います。

省いた方がいい箇所は、佐藤浩市の娘の失踪の件。原作で鬼瓦と揶揄される役柄を、ハンサムな佐藤浩一にやらせる点で、もうすっぱり切れば良かったかと。他は広報部と記者たちの小競り合いは、前半でもかなり苛々しながら観たのに、後半も繰り返され、ここも半分強カットして欲しかった。何故ならあまりのしつこさに、記者たちに反感を抱いてしまったからです。それって、作れ手の本意じゃない気がします。

出世街道の脇道に逸れた佐藤浩市に対して、順調に出世していく同期・中村トオルの件も、映画では必要なし。余計に話が解りにくくなる。これだけでも、随分尺が削れると思います。

職務に忠実であると良心が痛み、かと言って上に抗議してもラチがあかないジレンマを抱えた、佐藤浩市。相当なストレスでしょう、こちらも胸が痛む。彼が数々の難問を老獪ではなく、誠実であれと職務を全うするので、寄り添いながら観ていけました。

警察のキャリア組VS叩き上げの図式は、キャリアが悪で叩き上げが善と捉える
描き方はたくさん観ていますが、この作品のように、両方ともが、出世・野心・保身にまみれ、犯罪や被害者感情が置き去りにされていく様子は、あまり記憶がありません。心ある刑事たちが退職や閑職に追いやられていく様子には、憤りを感じました。キャリア組でも、何も出来ない若手の柄本祐が、無能な様子を晒しながらも、短時間で成長や根性を見せる場面もあり、一つに括らない描き方は良かったです。

後半では、犯人が誰か、割と早い段階で目星がつきます。犯人の動機はチラッと台詞で出てきますが、ここはもっと掘り下げて欲しかった。隠し通した十数年間の葛藤は、犯人の背景を見ると壮絶なはず。ここは回想でも本人でもいいので、語らせていたら、より64事件の哀しみが浮かび上がったと思います。

色々文句を言いましたが、それでも作品に見入ってしまったのは、全てのキャストが浮く事なく埋没する事無く、熱演してくれたからです。これ程膨大なキャスティングで、見事なアンサンブルを見せるとは、本当に素晴らしい。これは役者さんたちだけではなく、一番の功労者は、やはり監督だと思います。

その中でも出色の演技を見せるのは、被害者の父役永瀬正敏。同じ萎れてやさぐれてしまっても、「あん」とこの作品では全然質が違う。前者は希望のなさで、後者は絶望です。絶望の淵から見せる執念は、子供のいる人なら、涙を禁じ得ないものです。そこに佐藤浩市や吉岡秀隆は、心を揺さぶられたのも納得出来ました。

佐藤浩市と緒方直人が対峙する場面がヤマ場なのですが、ふと、この二人は二世俳優だなと思い出しました。二人とも押しも押されぬ一流の俳優ですが、両者とも父親とは違うタイプの役者です。決してハンサムじゃなかったけど、男として華やかで押し出しの利いた緒方拳は、晩年も主役を張っていましたが、息子はこのまま貴重な脇役としての道を選ぶ方が、息が長いような気がしました。(ちなみにワタクシ、佐藤浩市が大好きです)。

佐藤浩市が上と刺し違える覚悟で犯人逮捕の暴挙に出た事を、正義や良心と言う言葉だけではなく、こうしなければ逮捕出来なかった警察のシステムを観客に問うているようで、私は良かったと思います。複雑な感情と共に、清々しさ有る、良いエンディングだったと思います。長編の作品は、どこを刈ってどこを膨らまし、どこを要約するのか、本当に難しいと思います。結果あれもこれもと詰めて、散漫になってしまう作品が多い中、この作品はギリギリセーフだったと思います。

最近前後編が多いですが、だいたい前半〇、後半失速が多く、この作品も当てはまります。出来れば脚色の段階で練って、三時間2000円でも良いので、一本にして貰えるとありがたいです。好きか嫌いかと問われれば、好きな作品です。


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