ケイケイの映画日記
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2016年03月26日(土) 「リリーのすべて」

本年度アカデミー賞助演女優賞受賞作。世界で初めて性別的号手術を受けた、実在のデンマーク男性の葛藤を主軸に、彼の妻との絆を描いた作品。主人公アイナー以上に、渾身の演技を見せた妻ゲルダ役のアリシア・ヴィキャンデルに、深々と心寄せて観てしまい、何度も込み上げるものがありました。監督はトム・フーパー。

1926年のデンマーク。風景画を得意とする画家のアイナー(エディ・レッドメイン)は、画商の高評価も相まって、飛ぶ鳥を落とす勢いです。人物画を描き続ける妻ゲルダ(アリシア・ヴィキャンデル)は、伸び悩み気味ですが、二人は仲の良い夫婦でした。ある事がきっかけで、ほんのお遊びのつもりで、パーティーに女装で出かけたアイナーは、それ以来眠っていた自分の女性性を抑える事が出来ず、以来リリーと名乗り、女装で過ごす時間が多くなります。

最初アイナーが自分の女性性に気付くのは、ゲルダがアイナーに絵のモデルを頼んだのがきっかけです。白いチュチュを身に付けた時の、アイナーの驚きと胸の高鳴りを、エディはとても上手く表現しています。以降自分の肉体を嫌悪し、どんどん女性になりたい欲望を募らせるアイナー。最初の少女のような清楚さと恥じらいを見せていたアイナーは、段々と大人の女性の官能性を身にまとう、リリーへと変貌していきます。最初こそ可愛らしくもゴツゴツしていたエディですが、時間が経て行くと、本当の女性より綺麗に見えてくる。元々中性的な彼ですが、ゴツゴツも演技であったのでしょう、本当に素晴らしい。

私は同性婚には賛成なのですが、正直性同一性障害は、わからないのです。偏見はないのですが、わからない。この作品では、幼い頃から萌芽のあったのを、閉じ込めて生きてきたと捉えました。寝た子を起こしたのは、妻。アイナーの苦悩はわかりました。でもこの作品では障害と言うより、私には二重人格的に感じてしまい、段々と別人格のリリーが勝ってきている風に見えてくる。傷ついた妻の心には見向きもせず、女性になる事だけに捉われる様子には、少し哀しくなってくる。それでもアイナーが偏見にまみれても、自分の心に忠実で居続ける事に、これくらい強情でなければ、ダメのだろうなぁとも思います。

対するゲルダには、本当に同情しました。お行儀の良い肖像画ばかり書いていた彼女が、リリーを書くことによって、殻を破ります。画家として、女性でも男性でもない美しいリリーに刺激されている事と、リリーのせいで、自分の恋しい夫はいなくなってしまうと言う憎悪。そしてリリーから透けてみえる愛しい夫の姿。心身のバランスを崩して、絵が描けなくなってしまったアイナーの代わりに、ゲルダのありったけの愛憎と才能の結晶であるリリーの肖像画が、夫婦の飯の種であり、精神的にも生きる支えになるなんて、何と言う皮肉。

時には慈母のように夫を包容し、姉のように相談に乗り、そして妻として献身と操を貫くゲルダ。心細さから、アイナーの幼馴染のハンス(マティアス・スーナールツ)に、身も心も任せる寸前で思いと留まる彼女の気持ちは、とても理解出来ました。アイナーを愛しているのです。そんなゲルダの激動とも言える半生を、アリシアは繊細に気高く演じていて、本当に感激しました。

性別適合手術のカウンセリングで、医師(セバスチャン・コッホ)の前で、自分は女性だと言い切るアイナー。「私もそう思う」と言葉を添えるゲルダ。私はそれはゲルダの本心と言うより、アイナーを愛するなら、リリーも愛し受け入れるべきだと、彼女が決意したからに感じました。

フーパーはオーソドックスで端正な作風が持ち味で、人によれば表層的と捉える人もいますが、私は好きな監督です。この作品でも、キワモノ的に扱われる題材ですが、上品な官能性の漂う、格調高い作品に仕上がっています。幅広い層に好感をもたれる的確な演出で、私は好きな作品です。ですが一番の勝因は、どんな役柄を演じても、育ちの良さを感じさせるエディを、主演に持ってきた事だと思います。

今も偏見や差別に晒される性同一性障害。アイナーとゲルダの勇気を知るのは、とても意義のある事だと思います。



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