ケイケイの映画日記
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2015年06月28日(日) 「アリスのままで」




大好きなジュリアン・ムーアが、やっとオスカーの主演女優賞を受賞した作品で、受賞前からずっと公開を楽しみにしていて、初日の初回に観てきました。主人公アリスは50歳。私と同世代で、多分この世代では一番関心の高いアルツハイマーをテーマにしています。監督の一人、リチャード・グラツァーは、映画完成後ALSで今年の三月に亡くなっています。病を受け入れながら、誇り高く生きようとするアリスの姿は、多分監督の分身なのかと思います。共同監督ワッシュ・ウェストモアランド。静かな秀作です。

アリスは大学教授として教鞭を執り、家庭においては同じく大学教授の夫(アレック・ボールドウィン)と三人の子供アナ(ケイト・ボスワーズ)・トム(ハンター・パリッシュ)・リディア(クリステン・スチュワート)に恵まれ、充実した日々を送る50歳の女性。しかし酷くなる一方の物忘れを危惧し、受診します。結果は家族性の若年性アルツハイマー。子供たちにも遺伝率が高く、夫婦は家族全員を招いて、アリスの病状について説明します。

まず序盤のアリスの様子が、私にも心当たりがあって、それがまずヒタヒタと恐怖を煽る。特に言葉が思うように出てこない、浮かばない場面など、私もこの数年悩まされているので、本当に他人ごとではないです。場内は同年代の女性が多かったですが、私と同感だったかも?

アリスが老人介護施設を訪ねる場面が辛い。そこには彼女の親くらいの年齢ばかりで、中年の彼女が住処にするには、まだ早すぎるのです。まだまだ研究に励み、自分の夢を追いたかったはずなのに、病気が発覚後の彼女の夢は、長女の出産・長男の医大卒業を見届け、次女の安定した将来を望む事と、子供へとシフトしていきます。自分自身の将来を希望できない辛さを痛感します。

何より辛いのは、子供たちに遺伝する確率が50%と高い事です。「ごめんなさい」と謝るアリス。夫は頼り甲斐があり誠実、若干次女と気持ちの行き違いがあるとはいえ、子供たちは皆良い子に成長して、真剣に彼女の今後を考えてくれている。傍から見れば恵まれた環境です。でもだから辛い。家族、取り分け子供の人生を侵食する苦労を掛けることほど、親にとって辛くて哀しい事はありません。

アリスが「がんの方が良かった」と嘆くのですが、私も本当にそう思う。かつて26年前、54歳の母ががんになった時は、世の中は告知せずの方向で治療は行われ、離婚して夫のいない母のキーパーソンとして、医師と母の治療の相談をするのは、私でした。その時私が痛感したのは、手探りで母の想いを汲もうとしても、結局は母の命を決めるのは自分だと言う事。自分の命は、自分で決断出来ないと言う事実でした。

今は、がんは自分で治療方針を決められます。しかし記憶や人格が低下して「自分が自分でなくなっていく」アルツハイマーは、自分で介護方針が決められない。まだ病気が初期の頃、録画した「私はあなたよ」と言う自分自身を見て微笑むアリスが取った行動。それが何を意味するかも、彼女は解らなかったでしょう。

熟年女性としての美しさと知性に輝いていたアリスから、粛々と病に侵された彼女の変化を映します。ファッショナブルだったのに、カジュアルに装いも変化。時に感情を高ぶらせ手が付けられない様子。自宅のトイレがわからず失禁したり、歯磨き粉の使い方がわからず、鏡に擦り付ける様子も描かれます。この辺りは徘徊やもっと汚い病状も現実ですが、綺麗事なのではなく、映画としては品格と節度を感じ、私は良かったと思います。

同じアルツハイマーの人及び家族に向けて、アリスがスピーチする場面が、この作品の一番のテーマでしょう。学者らしい病に対する分析の内容を、「聞く人はそんな事より、ママが何を感じているかを聞きたいのじゃないの?」と次女にダメだしされて、憤慨する彼女。しかしあのスピーチは、次女の助言を受けて内容を変えたものです。平易な言葉で、今の自分の境涯に対しての恐怖を語り、みっともなく滑稽に変化していく自分に対する恥ずかしさ。人生の全ての記憶を失くす哀しさ。しかしそれは病がさせる事であって、「自分」ではない。病を受け入れて嘆くのはなく、戦うのだと結んだ彼女のスピーチは、人類すべてに向けてのスピーチだと言っても過言ではない、感動的なスピーチでした。病を得て、自分の生死を見つめた監督の想いも、このスピーチに込められていたと思います。

他に心に残ったのは、長女出産でアリスが上手に赤ちゃんを抱いた場面です。彼女の生い立ちや、輝かしいキャリアは、病を得ても人生から無くなったのではありません。しかし全てを忘れても、赤ちゃんを愛しそうに抱く彼女から、彼女の人生で一番大切にしていたものは何だったのかを、見せられたようでした。このシーンは、アリスが最後に語る言葉に繋がると、私は思いました。回想シーンは全くないのに、彼女の人生が静かに浮かび上がる作りも良かったです。

誰でも一番なりたくない病気である認知症。辛い場面を見せられ続けて、それでも不思議と、絶対なりたくないと言う気持ちが薄らいでいるのです。「あるがまま」。それでいいのでしょう。私が認知症になったら、姥捨て山にでも捨てて欲しいですが、それは果たして本当に息子たちのためになるのか?この作品や自分の経験から、感じます。そういう意味では、同世代だけではなく、若い人にも観て欲しい作品です。


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