ケイケイの映画日記
目次過去未来


2015年04月18日(土) 「ソロモンの偽証 後編・裁判」




好調に終わった「前半」より、待ちに待った作品。先週公開初日に観てきました。大長編の原作故、描き込み不足のところも多々ありましたが、本当によく頑張った中学生たちの清々しさに免じて、不問にしたいと思います。監督は成島出。

柏木卓也(望月望)の死の真相を探るべく、城東第三中学校での裁判が始まります。検事側・弁護側に別れ、想定外の事実が明るみに出る中、事態は予想しなかった方向に向かいます。

父兄や教師、同じ学校の生徒たちが傍聴する中、裁判シーンからの始まりです。意外としっかりした構成で、きちんと審議は進んで行きます。拙い感覚も残しながら、大人に茶番とは言わせない、子供らしい正義感と真摯に事件に向かい合っている感情が伝わってきて、感心しました。

前篇では子供たちの添え物だった大人たちの存在が、クローズアップされているのが印象的。我が子を信じて見守る親。先走って子供の感情を逆なでする親。両方親として心底子供を心配しているのです。後者を演じているのは、樹里(石井杏奈)の母(永作博美)。童顔でとても中学生の子供がいるとは見えない彼女の必死の攻防は、ともすれば浅知恵に終始します。必死で子供を守ろうとすればするほど、自分も子供も、そして他の子供も傷つけている。でも相談する夫が傍にいたら?母子家庭ではないのに、一度も画面に出てこなかった父。追い詰められた樹里の行動は、自分の母親そっくりなのです。母も子育てに追い詰められている。これは世間にいっぱいありそうだなぁと、私はこの鬱陶しい母親の愛を、責める事は出来ません。

対する涼子(藤野涼子)の両親(佐々木蔵之介・夏川結衣)は、優等生である我が子が、死を意識するほど傷ついていたのに気付けなかった事を、恥じている。悩みは全部相談してくれる、把握していると安心していたのでしょう。決して自信ではないはず。我が子と良い関係にあるのが隠れ蓑になり、子供の自我の発露に気づかず、今も自分たちの掌で、天真爛漫に伸び伸びしていると思ってしまう。これもいっぱいありそうなケース。この両親の、そこからの巻き返しに共感しました。

そして娘を亡くした松子(富田望生)の両親(塚地武雅・池谷のぶえ)。裁判をしても、娘が戻ってくるわけではないと虚無感を持ちながら、真実を知ろうとする子供たちを、しっかり見届けようとする誠実さに心打たれました。これは辛さが先に立ち、なかなか出来ない事です。

佐々木刑事(田畑智子)や津崎元校長(小日向文代)の証言に、子供たちへの愛を感じます。涼子が教師として子供を救えなかった事に傷ついているはずの津崎へ、感謝の言葉を述べたシーンはとても良かった。大人だって傷つくのです。そして教師を育てるのは、生徒と保護者だ。重要な証言をしてくれる津川雅彦には、親だけで子供は育つはずはなく、世間に見守られて人になっていくのだと、今更ながら痛感。自分は今この位置なのだと、再確認しました。

真実に至るまでは、本物の検察・弁護士さながら、自分たちの足で証拠や証人を探しだし、推理するようすは、観ているこちらも緊張感いっぱい。真摯で純粋で一生懸命な姿は、こちらも真剣に観なければと、居住まいを正そうと思いました。

多分キーパーソンであろう含みを前半に感じさせて終わった神原(稲垣瑞生)。その正体が明かされます。「今の両親のお蔭で僕が生きている」と言う感情が胸を打ちます。苦しい事ばかりではなかった、楽しい事もあったのだと言う、亡くなった両親との生活。自分の生い立ちに葛藤がある彼には、自分の生を肯定するきっかけであったでしょう。ただ、こんな手の込んだ事をしなくても、と言う疑問は残ります。

そして柏木の死の真相。原作ではもっと肉付けがあったでしょうね。柏木の両親は良き人たちに感じました。何故この両親の元でも居場所がなかったのか?「口先だけの偽善者」と、前篇で涼子や神原を罵る彼に嫌な尊大さや感じた私は、今回もそれが払拭できず。神原への虐め暴言、人格障害を想起させる面倒くささなど、虐めの被害者であるのに柏木に、同情や共感が湧かないのです。柏木君は、もっと描きこまなくちゃダメだったんじゃないかなぁ。松子ちゃんの場合は、とても上手く描けています。

それでも「この裁判が出来たのは、14歳だったから」と言う大人になった涼子の言葉で、この疑問も不問にしたいと思います。彼ら彼女らが、今の自分の全てぶつけた裁判であったと、そこにとても納得したからです。

私も過去を振り返って、到らない親であったと反省。もう一度子育てがしたくなりました。中高生たち、そしてその父母に、バイブルになれる作品だと思います。


ケイケイ |MAILHomePage