ケイケイの映画日記
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2015年03月15日(日) 「イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密」




この作品で本年度のオスカーの脚色賞を受賞したグレアム・ムーアの喜びのコメントは、感動的でした。「僕は16歳の時自殺未遂した。変わり者でどこにも居場所がなかったからだ。僕と同じように悩んでいる子がいたら、変わる必要はない。そのままでいて。居場所はあります。必ず居場所や輝く時が来ると、この壇上から伝えたい」と言う主旨だったと記憶しています。この作品を観るまで、これはムーア単体での経験値からの言葉だと思っていました。でも鑑賞後は、ムーアがこの作品の主人公チューリングに、どれほど自分を投影し、渾身の力で書いたのだろうと、その事にも胸が熱くなりました。戦時中が舞台ですが、今の時代からこそ描けた力作。監督はモルテン・デゥルドゥム。

1939年、ドイツ軍に苦戦する連合軍。勝利にはドイツの暗号気「エニグマ」の解読が重要事項でした。イギリスではMI6の元、チェスのチャンピオン、ドイツ語学者など精鋭が集められ、エニグマの解読に必死に取り組んでいました。その中のメンバーの一人が天才数学者のアラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)。変わり者でチームワークを乱す彼は、人で暗号解読機を作ろうとします。誰も彼を相手にしなくなっていた頃、途中でチームに参加したジョーン(キーラ・ナイトレイ)が、アランをチームに溶け込むように導きます。

冒頭、警察で尋問を受けいる現在のチューリングの姿が映されます。不穏な雰囲気の中、彼の回想が語られると言う形で内容が進行。時代が過去、そのまた過去、そして現在と駆け巡りますが、その都度年度が出るので、迷う事はありません。彼が同僚から浮き上がっている場面から、すぐに中学生時代の回想シーンが始まり、そこから紐解ので、観客にチューリングと言う男性を理解するのにとても効果的で、この手法は成功していたと思います。

現在のコンピューターの基礎を作った人が、エニグマを解読するまでのミステリーだとだけ思って臨んだ私は、予想していたものと大幅に違う内容に、びっくり。確かにエニグマ解読までの苦難を、軍の横やり、忍び寄るMI6の影を、戦時中のイギリスの様相を再現した中、丁々発止のやり取りは、それだけでも見応えはありました。

しかし私の心を捉えたのは、チューリングの特異性です。ただの変わり者とは言えない、アスペルガーを想像させる人です。その他にも同性愛、優秀なのに女性である事だけで差別されるなど、当時のイギリス社会の差別の恐ろしさです。類稀な頭脳である事で虐められ、人づきあいが苦手でまた虐められる中学生時代のチューリング。成長過程で、コミュニケーション能力が封印されるのも当然です。

いつも笑みを絶やさず、彼をチームに溶け込ますべく教育的指導をするジョーン。「男性の中で仕事するのよ。嫌われたら終わりでしょう?」それは何度も苦い思いをして学習した事なのでしょう。チューリングを見抜く事が出来たのは、似たような思いを抱いて生きてきたからだと思いました。

「そこは”ありがとう”でしょ?」「あれが恋の駆け引きと言うのよ」「ジョーンが皆に何かをプレゼントしろと言ったから」と、言わなくてもいいのに、チームのメンバーに林檎を配るチューリング。ジョーンに対する信頼は、「彼女が好き」な事に尽きる。loveではなくlike。チューリングが如何に類まれな頭脳を持とうと、一人でエニグマ解読は出来なかったはず。チームプレーの勝利を生んだのは、私はジョーンの力だったと思います。彼女の接し方こそ、生きにくい障害を抱える人たちと共生する心髄だったと思います。

心が通いあったメンバーとの友情や絆、エニグマ解読までのスリリングな様子、国を守るために100人の命を捨てる残酷さをを映しながら、常に付きまとうのは「嘘」。メンバーの中の嘘、国を守るための嘘、信じさせるための嘘、誰かを守るための嘘。チューリングの苦境に対して、ジョーンは「私ならあなたを助けられたのに、どうして呼んでくれなかったの?」と言う。しかしそれも「嘘の証言」なのです。

一つ嘘をつけばまた嘘をつかなければ行けない。束の間、友情に恵まれたチューリングを待ち受けていた無聊を慰めたのが、「クリストファー」と名付けたマシンであった事を描いた場面は、カンバーバッチ渾身の演技と相まって、号泣しました。最後まで彼の傍にいた「クリストファー」。何週も人生を回っても、チューリングの傍らにいたのは、最初から最後まで「クリストファー」だけだったと言う痛ましさ。これはマシンであったからでは、ないのです。

オスカー候補になったカンバーバッチは、今回クールな部分を見せる事もなく、時には無様で(マシュー・グードに俺の方がハンサムと言われるし)、理解されない天才の苦悩を好演で、彼の別の魅力を観た思いです。キーラはここ数年、本当に立派な女優になったと思います。コスプレから現代ものまで、様々なジャンルの主役を張り、充分な成果も出しているのに、ちっとも大女優然とはせず、新鮮味と軽やかさがずっと持続しているのがすごい。「私に花束はないの?」の、クスクス笑いながら手の平でチューリングを包み込む暖かさにも、とても感動しました。

チューリングにはコミュニケーション不全以外にも、秘密にしていたことがあります。そのせいで、エニグマ解読のお蔭で終戦は二年早まっただろうと言われているにも関わらず、彼の功績は長年封印されたいたそうです。何の罪科も無い事にも関わらず。自分を偽らず、嘘のない人生を歩めたら。自分が自分らしく、あなたがあなたらしく生きる人生を尊重したい。ムーアの脚色とスピーチは、この思いに尽きるのでしょう。

重厚な作りの中、イギリスらしい皮肉っぽいジョークにニヤリとする時が多々あり、一瞬の休息になる演出も洗練されていました。老若のイギリスイケメン俳優大集合の様相もあり、重たい話だと敬遠せず、今を生きる私たちだからこそ、観なくてはいけない作品だと思います。


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