ケイケイの映画日記
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2015年03月19日(木) 「博士と彼女のセオリー」




本年度アカデミー賞主演男優賞(エディ・レッドメイン)受賞作。英国紳士は皮肉なユーモアがお好きで、時としてそれが癇に障る時がありまして、それがオスカー受賞時のコリン・ファース。スピーチの第一声が、「これで僕のキャリアもジリ貧だ」。そりゃ頂点に立てば下がるだけですが、この皮肉なユーモア、落ちた候補者に失礼じゃないのか?と思ったのは、私だけだったのかしら?その点、かのウィリアム王子の御学友にして、ホーキング博士と同じケンブリッジ卒のエディは、全身で喜びを表し、本当に微笑ましかった。やっぱ人によるのだと、授賞式を観て、当たり前の事を思いました。この作品も前知識を入れなかったので、予想裏切られた系ですが、やはり素晴らしい作品でした。監督はジェームズ・マーシュ。

1963年のイギリス。ケンブリッジ大学院で理論物理学を研究するスティーヴン・ホーキング(エディ・レッドメイン)。パーティーで知り合った同じ大学で学ぶジェーン(フェリシティ・ジョーンズ)と恋に落ちます。恩師であるシアマ(デヴィッド・シューリス)からも期待される、前途洋洋のスティーヴンでしたが、ALSと診断され、余命二年と宣告されます。何もかも諦めよとする彼でしたが、添い遂げる覚悟だと言うジューンと結婚。幸いにも病の進行は遅れ、子供にも恵まれた二人ですが、子育てと夫の介護で、ジューンは疲弊していきます。

車椅子の博士として、ホーキング博士は著名な人です。まだお元気(と言うと語弊があるけど)だし、きっと永遠の夫婦愛が描かれるのだと予想していましたが、実はこのご夫婦、離婚しているのですね。原作者は「元妻」のジェーンで、赤裸々な夫婦生活が描かれます。

最初から1/3は、純な可愛いカップルのラブラブぶりが描かれ、微笑ましい限り。後から思えば、赤裸々に描いていたのに、透明感ある清々しい作品に感じたのは、この部分の印象が強かったからに思います。

体は段々動かなくなっていくのに、男性機能だけは大丈夫だと言う不思議。次々に子供に恵まれ、夫の介護と子育てで休む間もないジェーン。彼女のお蔭で夫は研究者として成果を出し、世間に認められていくのに、自分は勉強もままならない。ストレスに押しつぶされそうな彼女に、母(エミリー・ワトソン)は、気晴らしに聖歌隊に入ればと?勧めます。

聖歌隊を指導するのは、ジョナサン(チャーリー・コックス)。彼初登場のシーンでは、私は全然ストーリーを知らなかったにも関わらず、この後何が起こるのかがわかってしまいました。何故なんだろう?今でもわからない。これが演出力って事かしら?

友人として、夫婦の手助けをするジョナサン。子供たちにも父親代わりです。家族で楽しくアウトドアの様子を映し、常にスティーブンの笑顔を映すのに、彼の夫として父親としての、忸怩たる思いが伝わってきます。

私がものすごく憤慨したのは、第三子が生まれた時、スティーヴンの両親が、ジェーンの不貞を疑った事です。姑曰く「私たちには、知る権利があるわ」。そんな権利、誰にもありません。遠方に住んでいたようですが、ほとんど息子の世話もしなかったような両親です。我が息子が「俺の子だ」と言えば、その子は息子の子供で、あなたの可愛い孫じゃないの?原作では、この辺のジェーンの深い哀しみも綴られているのでしょう。

スティーヴンは深刻な状態となり、声を失います。専任の介護人として、魅力的な女性エレインが雇われます。楽になったはずなのに、所在無げなジェーン。そして今度は彼女が、スティーブンが味わったような、妻としての喪失感を味わいます。この辺の夫婦の複雑な心の変遷は、形こそ違え、どこにでもある夫婦の問題です。そう、夫がどんなに偉大な博士だとて、病でいつ命が尽きるかも知れないとて、夫婦の悩みや葛藤は同じくらいあり、美談でも聖人君子でもない、と言う事なのでしょう。

ただ一つ真実なのは、スティーヴンが立派な学者になれたのは、彼に生きる希望を与えたジェーンだと思います。これだけは誰にも出来ない事です。偉大なホーキング博士が、それを一番理解し、感謝している事がわかるラストが、本当に胸に沁みました。夫婦は別れても、家族の愛は残る。それは二人が選択した事です。

エディは溌剌とした学生時代から、次第に体の自由が利かなくなり、声の出し方まで病の進行を忠実に表現。最後は声を失い目だけの演技でしたが、確かに素晴らしい演技。オスカーも納得です。でも私が彼以上に心酔して観たのは、フェリシティ。可憐で知的な女学生の純愛から、人妻の苦悩、解放された後の一回り大きくなった包容力を堂々と演じ、立派な女の一代記でした。

赤裸々と言いつつも、本当のところはぼかしているのかも?でもそれでいいのです。誰にも知る権利はない。ジェーンが、スティーブンが、この作品を素晴らしいと絶賛しているのなら、この映画は真実なのだと思います。




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