ケイケイの映画日記
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2013年12月15日(日) 「鑑定士と顔のない依頼人」




ミステリーだと思っていたら、こうきますか・・・。観ているこちらは、疑いばっかりなのに、ジェフリー・ラッシュ演じる主人公の心模様ときたら、もう初恋に胸をときめかせる少年のようなんだなぁ。哀しい、ホントに哀しい。この言葉すらネタバレになりかねないので、この作品を観る予定の方は、スルーして下さい。監督はジュゼッペ・トルナトーレ。

天才的な審美眼を誇る美術鑑定人のヴァージル(ジェフリー:ラッシュ)。ある日、資産家の両親が残した美術品を鑑定して欲しいと言う女性クレア(シルヴィア・フークス)から依頼がきます。幾度となく会う機会を設けるのに、何だかんだと理由を付けて、会おうとしないクレア。そんなクレアに好奇心を駆られ、段々と心惹かれるようになったヴァージルは、数少ない年若い友人のロバート(ジム・スタージェス)に、彼女の事を相談します。

ユーモアを交えての見事なオークションの仕切りぶりや、礼節は失わないけれど、偏屈なレストランでの様子、そして相棒ビリー(ドナルド・サザーランド)を伴っての、オークションでの「詐欺」など、ヴァージルは頭のキレる冷徹な人と印象づけます。

そして孤独。たった一人暮らす豪邸の隠し部屋には、女性の肖像画がいっぱいです。それも老若の。全ての肖像画は彼に微笑み、ヴァージルが自分を孤独と感じる隙もありません。その「感じない」事が、問題でもあるわけです。

クレアが現れるのは、最後まで引っ張ると思っていたのに、中盤には姿を現し、あれ?と思いました。人から「鑑定には何が重要か?」と言う問に、「勘だ」と答えるヴァージル。そうなのです、この早い段階のクレア登場に、私は勘が働いた。十人並みの容姿に違和感があったのです。クレア邸の前の喫茶店に常にいる女性も気になったし、友人からの電話にヴァージルの事を、「素敵な紳士よ」と答えるクレアに、どこが〜!とツッコミ入れたし、誰にも会わないからと下着を履かないのも変だ。もう枚挙に遑なく「勘が働く」のに、常に用心深く用意周到なはずのヴァージルだけが、どっぷりツンデレのクレアにのめり込む。そうか、恋は盲目と言うけれど、それって勘が働かないと言う事なのか。

ヴァージルは孤独だったから、クレアに翻弄されたのか?それは違うと思う。ヴァージルに忠実な秘書や、彼を心からの友と信じるビリーがいるのに、彼は心を開かなかった。彼らが嫌いだったから?それも違うと思う。ヴァージルには社交性と言うものがなかったのですね。だから親愛の情を示されても、心が動かない。冒頭の彼の誕生日を祝うホテルマンの心尽くしを無にする彼は、偏屈だけではなく、社交性の無さをも表していたのだと、後で気付きました。

孤児から高なリ名を遂げたヴァージルは、立派な人です。精進に精進を重ねながら、君子危うきに近寄らずで、自分を常に律してきたのでしょう。公的には立派な社会人でも、私生活はまるで純朴なヴァージルは、「たらしこみ」や「なめやく」に取っては、赤子の手をひねるようなもんだったでしょうね。

でもラスト、クレアとのあれこれを回想するヴァージルは、私は不幸だとは思いませんでした。だってこの年まで童貞だったんですよ?恋さえ知らなかった人なのです。まだまだ彼の人生は続くはず。これは終わりではなく、新たな人生の序章だと、私はヴァージルを慰めたいのです。愛する人がいる、その素晴らしさを、是非もう一度彼に味わった欲しいと思うから。その代償は高くついちゃったけど、彼なら学習出来たはず。いやいや、反省すれども学習せず、でもいいかな?恋ってそういうもんだから。




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