ケイケイの映画日記
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2012年02月19日(日) 「犬の首輪とコロッケと」

全然ノーマークの作品でした。監督は吉本の長原成樹。関西ローカルでは有名人ですが、それ以外では知名度は低いでしょうか?成樹の子供の頃からデビュー当時までの実話が元の作品です。実は彼は在日韓国人で、うちの息子たちの中学の先輩でして、生粋の生野区育ち、年齢も同年代と私と共通項の多い人です。公開10日ほど経って知り、これは是非とも見なくっちゃと、終映間近の14日に無事鑑賞。場面の切り替えが悪かったり、舌足らずや尻切れトンボの描写も多いですが、暴力や貧困をメインに押し出し、芸人らしくギャグやユーもがたっぷり織り込まれる中、タイトルの「犬の首輪」と「コロッケ」の意味は充分伝わり、監督の熱い心意気が伝わる、秀作や佳作ではなく、力作でした。

大阪の生野区育ちのセイキ(鎌苅健太)は、幼い頃から悪ガキで札付きの在日の不良少年です。子供の頃お母ちゃんは亡くなり、塗装業を営むお父ちゃん(山口智光)と、優しく大人しいお兄ちゃん(波岡一喜)の三人暮らしですが、素行の悪さがたたって、とうとう少年院に入ることに。一年後出院した彼を、友人が日本人のOLミチコさん(ちすん)を紹介します。在日であること、少年院帰りである事など意に介さず、包み込むような愛情をセイキに注ぐミチコさん。セイキは彼女に報いるため、真面目な大人になろうと、決心します。

生野区というのは特殊な地域で、人口の1/4が在日韓国人・朝鮮人です。それでも細かく地区によって違いがあり、私が育った東大阪よりの地区では、当時小学校の40人クラスで5人ほど、ど真ん中に位置する地区では、今でもクラスの9割方が在日と言う地区もあります(もちろん大阪市立の学校ですよ)。なので温度差はかなりあり、この作品で描かれた子供同士の日本人VS在日の「抗争」など見たことはありません。私は中学から地域を離れ女子校に行ったため、益々その手の事情には疎くなり、へ〜、こんな事があったのかとびっくり。いやいや同胞の事も、知らない事はまだまだ多いようで。

数は力と言う論理はここでもあり。以前生野区でも在日が一番多く住む地区で商売をしている人から、「私は韓国人が嫌いじゃないねん。生野の韓国人は態度がでかいから嫌いやねん。藤井寺の韓国人は、もっと大人しい。」と言われた事があります。あっち向いててもこっち向いても在日なら、小さくなる必要がないですからね。言った人は無意識だったでしょうが、私はその言葉に、あんたら在日は、小さくなって生きとったらええねん、と言う意味合いを嗅ぎとります。でも嗅ぎとっただけ。それで食ってかかることもないし、まぁそんなもんやろと聞き流しました。いちいち腹立ててたら身が持ちませんから。私は優秀ではなかったけれど、品行方正で真面目(いやほんまに)な在日の女子生徒、かたやセイキは筋金入りの地域で名だたる不良少年。それが全く同じ在日としてのアイデンティティーを持って生きてきた事を、この作品で知り、感激するのです。

幼馴染のトシが事故で亡くなったのは、職場の差別が一因でした。葬儀の際に、在日系の差別を訴える若い人の団体から、いっしょに訴えようと誘われますが、セイキは「別によろしいわ」と拒みます。そんなしょうもない事で、俺の親友は死んだんやない、と言いたいのです。私も被差別対象者として、声高に差別を訴えるのは大嫌いです。私の父親は、日本人と対等に仕事をしようと思ったら、日本人が百万なら、韓国人は三百万持たないといけないと常々言っていました。それやったら三百万持つ人間になったらええねん。それだけの事です。いやなら、帰化したら済むやん。それが私が子供の頃、大人たちが「韓国人の根性みせたれ!」と口々に言っていた意味だと、私は思います。

ミチコさんの父親から、「朝鮮人で少年院帰りの君とミチコとでは・・・」と言われると、「僕、朝鮮人ちゃいます、韓国人です」と答えるセイキ。日本の人には、当時よりましでしょうが、未だに一緒くたの「在日」なのでしょうね。確かに北朝鮮系の人とは分かり合える部分もありますが、思想の全く違う国であり、どちらに属するのか、私たちには重大な事です。私もこの場面なら、同じことを言うでしょう。

そしてタイトルの首輪とは、なんと外国人登録証の事。バイクで違反したセイキに警官(今田耕司)が免許証を提出させますが、韓国人だと知ると、和やかな態度を一変。外国人登録の提出を求めます。私たちには、携帯の義務があるのですが、普段は忘れていることが多いのです。忘れたと答えるセイキに、「あれはお前らには犬の首輪といっしょや」と言われ、激怒したセイキは警官をフルボッコ。今はそんな失礼な事を言う警官は減っているでしょうが、当時はこんな侮辱が平気でまかり通っていたわけ。警察にしょっぴかれたセイキを、今度はお父ちゃんがフルボッコ。しかし無事帰宅を許された息子に、お父ちゃんは微笑みながら、「セキ(訛っていて、セイキと言えない)をどついてもええのんは、お父ちゃんだけや」とつぶやくのです。謂れのない侮辱に反抗した息子を理解しているのですね。しかし暴力は悪い事。でも侮辱した奴らに息子がどつかれるくらいなら、自分がどつこうと言う事です。この辺は短い描写ながら、とても上手く心情が伝わります。犬の首輪=外国人登録=在日の象徴と言う意味だったのか・・・と、何だか胸が詰まりました。

ミチコさんはとても素敵な女性で、母のいないセイキを、豊かな母性愛で包み、決して彼を否定しません。「ミチコさん」「セイキくん」と呼び合う二人は、きっとミチコさんが年上なのでしょう。何故こんな素敵な女性が、欠陥だらけのセイキをこよなく愛してくれたのか、その理由が描かれず、この辺は物足りません。しかし自分を「昔ダサいと思っていた、真面目な大人になる」と、更生へ導いてくれた彼女への、監督の溢れ出る感謝が画面いっぱいに広がっていて、とても感激しました。多分美化もあるでしょう。しかし監督が未だ独身(のはず)なのは、あんな結末の悲恋だったからなのかと、ここでも胸が熱くなります。

コロッケは、母のいないセイキの家の「家庭の味」でした。お父ちゃんが嬉しい時悲しい時辛い時、セイキに食べさせた出来合いのコロッケが、彼に家族の感謝と生きる希望を与えてくれたことも、ちゃんと感じさせてくれます。

お兄ちゃんはセイキと正反対の温厚な男子で、傍若無人にセイキが振る舞えたのも、長男がしっかりしていたからでしょう。ミチコさん同様、お兄ちゃんの心情も描いて欲しかったですね。他にもセイキのライバル役で良い味を出していた日本人のヤマト(中村昌也)の心模様は出せていますが、もう少し背景を描けば、何故彼が破天荒だけど情に熱い韓国人気質に憧れに似た感情を抱いたのか、解りやすかったと思います。ニューお母ちゃん(後妻)に骨抜きになるお父ちゃんの描写も、相手はどんな素性か、経緯だったのかを、あんなコント風にではなくきちんと描きべきです。時間が90分足らずの作品で、もう15分長ければ、描けていたでしょう。この辺が足りていれば、力作から秀作に格上げ出来たはずです。

変な大阪弁を話されてはいやだから、の理由で、ネイティブ大阪人をキャスティングしての演技人も、全く違和感なくとても良かったです。特にぐっさんのお父ちゃんは出色。今田やサブローの出演は、友情出演でしょうが、出すなら吉本新喜劇の人の方が良かったかも。少し浮いて感じました。他には生野の風景ですが、ちょこちょこ現在が映っていたのはミステイク。「ビス千代」は当時は千代市場でしたよ。桃谷のコリアタウンも、当時は猪飼の朝鮮市場と呼ばれており、あんなこじゃれた門はなかったです。

しかし、初監督作でこれだけ描ければ充分及第点です。監督が心を砕いて描いたそうな、「親に感謝」と「前を向いて生きる」と言うメッセージはとても伝わりました。こんな暴力少年が、一度も父親には手を上げず、殴られっぱなしになっていた事に、注目して欲しいと思います。差別や貧困も、腕っ節と涙と笑いで吹っ飛ばしてきたセイキが、人に笑われるのではなく、笑かす仕事として、お笑い芸人を続けていこうと決意しているようなラストも、後味が良いです。

セイキ監督、観る前は映画になってないやろうと予想していました。失礼しました、すごく良かったです。検索しても、まともな素人レビューはないので、もしかして、私が初めての素人の感想かもしれません。DVD化されるなら、一人でも多くの人の目に留まって欲しいと願いながら書きました。次作も必ず観るので、よしもとにお金出してもらって下さいね。監督、才能ありまっせ!決して上手く作ったとは言えませんが、私には少し距離感のある北朝鮮系の在日を描いた「パッチギ!」より、もっともっと共感出来る作品でした。


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