ケイケイの映画日記
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2011年09月15日(木) 「ハウスメイド」




え〜と、設定や内容が古臭いと言う感想をたくさん目にする作品です。私は感じるところがあったので、考察があたっているかはともかく、一生懸命書かせてもらいます。1960年製作の「下女」のリメイク。「下女」は子役にあのアン・ソンギが出演しているなど、ちょっとカルトチックな人気もあるサスペンスで、私も一度観たいなと思っている作品です。ご主人様のお手付きになった女中の悲哀とは、確かに時代がかったお話ですが、所々に挿入される演出やセリフに、今持って男尊女卑の思想に苛まれる、韓国女性の辛さを感じました。そして容赦ない階級社会の陰湿さ。映画が古いのではなく、未だ韓国社会が古いのではないか?そんな印象を受けました。今回ネタバレです。監督はイム・サンス。

上流階級の家庭の家政婦となった中年女性ウニ(チョン・ドヨン)。先輩メイドのビョンシクの厳しい指導の下、双子を妊娠中の妻ヘラと六才の娘ナミの世話を懸命にこなします。あるとき主人のフンから求められるまま、ウニは関係を持ってしまいます。妊娠したウニを、本人より先に気付いたビョンシクは、そのことをヘラの母に告げます。

冒頭、若く美しい娘たちが闊歩する、ソウルの歓楽街が出てきます。溌溂と勢いのある娘たちと対照的に、飲食店で働くのは年のいった美貌にも恵まれない女性ばかり。綺麗な人は水商売に行くのかしら?ウニは短大中退で両親もいません。韓国の学歴重視は日本の比ではなく、また氏素性、出身地に対しても今も厳しいと聞きます。社会の上昇気流からはみ出した女性たちを、映していたと思います。

ウニが簡単にフンを受け入れるので、頭が軽いように思った方も多いでしょう。しかし主人の言いつけと言うより、富豪の御曹司で物腰柔らかく、エレガントにピアノを弾くフンに対して、ウニが憧れを抱いていた描写がありました。そしてフンに対して「あぁ、この匂い」と、裸の男の肌に愛おしそうに抱きつきます。ずっとセックスしたかったんですね。服従ではなく、街でナンパされた男と寝るのと変わりないと思いました。その前に半裸の同僚女性に抱きつき眠るウニのシーンがありますが、あれは満たされぬ体を、女性同士で慰め合っていたのかもしれません。

双子は通常は大事を取り帝王切開ですが、普通分娩で産みたいと言うヘラ。「4人でも5人でも子供が欲しい」と言います。「子沢山が大変なのは、一般家庭よ」とも。前者は子供をたくさん産むことで、家庭で安定した居場所を作りたいのだと思いました。後者は育ちの良い人の言葉ではありません。

まだ若々しく充分女として魅力のあるヘラの母は、娘婿に対して抱きつき親愛の情を示します。一見西洋的ですが、私は義母として、はしたなく思いました。私が結婚当初まだ40代だった私の母は、私の夫の体に触れた事はありません。私の嫌悪感は、きっと韓国内でも共有していたと思います。

「この豪華な暮らしと比べたら、浮気くらいなんだ」と娘をたしなめるヘラの母。フンを陰で御曹司と呼び、何でも好きな物は手に入れてきた男だ、お前が妻で居る限り、ナミもお腹の子も、御曹司と同じ人生が送れるとも。どうもヘラは所謂成金の娘で、出自としては身分は低いのかも。母は玉の輿に乗った娘と共に手に入れた、名実ともの「上流社会」を、必死で死守したかったのでしょう。対するヘラは、愛しい夫に裏切られた事より、相手が年のいったメイドであることにプライドが傷つき、憤懣やるかたないように見えました。夫の子供の母は二人要らないと思うのは、当然ですが。

生まれはどこか、親は何の仕事をしているのか、先祖はどんな階級だったか、未だに韓国社会では最優先なのです。苦労して育てた息子が検事となったビョンシクが、酔っ払って「私は大韓民国の検事の母よ!」と、部屋で独り、怒りをぶちまけるシーンがありますが、これは息子はどうあれ、ビョンシクが自分たちのメイドである事で、生涯彼女を蔑むであろうフン一家に対しての怒りです。息子がどんなに出世しようと関係なし。まるでインドのカースト並です。

昼メロかと思うあれこれがあり、ヘラと母の手で流産させられたウニ。愚鈍ですが気立てが良く優しいウニは、一人で子供を育てる気であったのに。上流の男とは縁がなかったであろうウニは、最初これがきっかけで自分は這い上がれるかもと期待していましたが、結局はフンにはただの気まぐれ。娘ミナには、「どんな人でも敬意を持って接しろ。それが自分を高める」と教育する心とは裏腹、ウニを人並みに扱う気はないのです。フン、ヘラ、ヘラの母と、この家は傲慢と欺瞞の塊です。

私が絶句したのは、ヘラの母に対して「ウニの腹の子は私の子だ。私の子をどうしてお義母さんが勝手に流産させたのか?」と威圧的に物申した場面です。気性の激しいヘラの母でさえ、ひれ伏し謝ります。何これ?あんた浮気したあげく、妊娠までさせたんでしょ?なら嫁さんの母親に謝れよ。韓国の男尊女卑と階級社会の尊大さ傲慢さが、ここに極まれりと言う描写です。

ラストに不満が多いみたいですね。元作では家政婦は子供を殺して放火するのかな?子供は殺したはずです(これがアン・ソンギの役)。この作品では一人だけ自分に優しかったミナに「私の事を忘れないで」と最後の言葉を残し、ウニは焼身自殺。忌まわしい記憶の家を捨て、フン一家はどうも欧米のどこかで暮らしているようです。

さすがに今の時代、子殺しは描写できないでしょう。フンやヘラを惨殺するのも、子供が残されてしまう。そういう残酷な女性には、ウニは描かれていませんでした。「ビーデビル」のボンナムが、島民を根こそぎ殺戮したのは、我が子が亡くなったからです。また若いメイドを雇ったフンは、きっと同じ事を繰り返すでしょう。そしてアルコール依存症気味になったようなヘラと、修羅場を繰り返すことでしょう。

ナミは祖母がウニを流産させようとした場面を目撃しています。そしてウニの言葉。その意味がやがてわかる日が来るでしょう。フンは妻の出産のため、出張先から帰国するほど、何より子供が大事なのです。血にこだわる上流社会の一端です。けれど真実を理解したナミは、両親を嫌い蔑むでしょう。自分の人生で欲しい物は全て手に入れてきたフンは、娘の敬意は絶対手に入らないのです。韓国人の、そして上流社会の父親として、これほどの屈辱はありません。ウニは自らの命を賢いナミに託して、復讐しようとしたのじゃないでしょうか?それ以外、圧倒的に地位が上の彼らに、復讐する手立てがなかったのでしょう。

冒頭飛び降り自殺する女性が出てきます。ウニのように社会からはみ出し、絶望した人だったのだと、ラストに理解しました。「ビーデビル」といい、今の世の中でこのような作品が作られることに、韓国社会で脈々と続く悪しき常識に、暗澹たる気持ちになります。問題は男性側だけではなく、女性にも充分ありますよと言う気持ちが、ヘラの造形でしょう。昔ながらの夫に尽くし子を育てると言う「女の幸せ」を、私は否定しません。これも立派な幸せの在り方です。でも「金持ちの男と結婚して贅沢に暮らす」を目指す女性は、決して幸せではないと思います。

これを古臭いと言うなかれ。韓国だけじゃなく日本の女性も最近じゃ、仕事より専業主婦になりたい若い子が多いとか。大不況の折、仕事で苦労するのがイヤと言う本音も目にします。もうホントに嘆かわしいわ。結婚だって苦労の連続だよ?玉の輿願望の女性に、是非観ていただきたい作品です。


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