ケイケイの映画日記
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2010年12月12日(日) 「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」




アルコール依存症がテーマで、もう原作者の鴨志田穣は亡くなっています。いくらでもお涙ちょうだいで描ける内容ですが、原作もそうなのか、水彩画のように淡くてユーモラスに画面が進む中、私は何度も涙をぬぐいました。家族っていいなぁ、ではなく、居場所があるって有り難いことなんだと、しみじみ感じさせてくれる作品です。監督は東陽一。

戦場カメラマンの塚原(浅野忠信)は、その繊細な感受性からか、戦場で受けたトラウマから逃れたく、お酒に逃避しアルコール依存症になります。それがため家庭は崩壊。二人の子を成した人気漫画家の妻由紀(永作博美)とも別れます。しかし別れてからも塚原を心配する由紀と子供たちの関係は続きます。大量吐血した塚原は、ついに依存症を克服するため精神病院へ入院することに。そこには個性的な入院患者と、厳しくて温かい主治医(高田聖子)がいました。

冒頭、ほろ酔い加減の塚原が描かれます。それが次第にブラックアウト・失禁・幻覚・大量吐血と、尋常ならざる様子が描写されます。びっくりするものの、慌てない塚原の母(香山美子)や電話で駆けつける由紀の淡々と事を進める様子と、過去妻に暴言・暴力をふるう塚原の様子が並行で描かれます。

「まだ死なないよー」(由紀)。「そんなに死にたかったら、一人で誰も知らない所で死になさい」(母)。こう書くと、もう見放したような冷たい感じですが、二人が甲斐甲斐しく世話をする画面からは、塚原を心から思う気持ちが滲んでいます。自分たちが彼に何が出来るのか、きっと試行錯誤や葛藤の後、受け入れるしかないと悟ったのでしょう。この何気ない言葉から色んな事が忍ばれました。ただ幻覚や塚原が暴れる時に出てきた姿など、漫画チック過ぎて安っぽい気がします。変にユーモラスに描かず、もっとシリアスに描いた方が、入院してからのまったりした生活が際立ったと思います。

生命の危機、脳の委縮まで認められた塚原は、ついに精神病院に入院。病床がいっぱいで、最初に入ったのは一般の精神科の病棟。空きが出来てアルコール依存専門の病棟に入ります。風変わりな一般病棟の患者に比べて、依存症患者たちは一見どこが悪いのかわかりません。お酒が抜けた時は普通なのですね。しかしちょっとした事ですぐキレてしまう様子、奈良漬け一きれで元の木阿弥になってしまう様子などを挿入、自宅での依存症克服は難しいとも感じさせます。それはどこから来るのか?医師(利重剛)の語る、「この病気は誰も同情してくれない病気です」という言葉に隠されていると思います。

由紀のモデルとなった西原理恵子が、鴨志田氏の死去の後語った言葉で、私が深く印象に残っているのが、「アルコール依存症は病気なのだ。意思が強ければ克服出来ると言う類のものではなく、適切な治療、家族の理解と支えがなければ治らない」という言葉です。のんびり描かれているような作風ですが、塚原の父も依存症→遺伝の可能性も示唆し、きちんとした依存症の病識も織り込まれていました。

飄々として、このままではいかんと思っているのだろうけど、全然深刻さのない塚原。こんなに好き勝手しながら、母や元妻、そして数々の醜態晒したのも見ていたはずなのに、父として慕ってくれる子供たち。まぁ何て人徳のある人かしらと感じます。子供たちと暮らしたいと言う思い。母や元妻への侘びの気持ち。掴みどころのない塚原が見せる一瞬の孤独が胸を打ちます。

「一度好きになった人は嫌いになれない」とは由紀の言葉。母として二人の子供を守る事が、彼女には一番大切だったでしょう。しかし別れた後も、塚原を「子供たちの父」として尊重する由紀。なかなか出来る事ではありません。愛と言うには照れ臭く、情と言うにはもどかしいその心情は、私には痛いほど伝わってきました。愛でもなく情でもなく、由紀は最後まで塚原という男が好きだったのですね。

玉ねぎの力を借りなければ泣けない元妻。夫と息子の二代の依存症に苦しみ、非力な自分を人知れず責める母。ダメ男塚原を軸に、二人の女性の心の交流が清々しくて温かいです。特に私が感心したのは、母が由紀に向かって何度も感謝を表すも、謝罪めいた言葉がなかった事です。大の大人の息子ですもの、親が謝る事はないんです。でも親だから感謝はする。物事の区別がきちんとつく、由紀との相性の良さが感じられました。

苦手な浅野は、最近何だか出てくる度に、私の好感度はアップ。何考えてんだか、ダメなんだけど憎めない男の愛おしさがとてもよく出ていました。永作博美も、相変わらず好演。高田聖子は元々力のある女優さんですが、今回どこを切っても精神科の女医さんで、気さくながらも凛とした風情から、包容力と温かさが伝わってきました。一番素敵だったのは香山美子。力みなく肩の力を抜いて演じた母からは、「受け入れる」という言葉の崇高さを感じました。美人女優もすっかり熟年女性となりましたが、年齢相応の美しさは健在で、見習いたいと思います。

塚原の依存症を克服したい気持ちは、子供たちの元へ帰りたいと言う願いからです。父や夫としてではなく、ただ一緒にいたかったのです。恥も外聞もなくそう思える場所があるのは、どんなに有り難い事か、彼を観ていて痛感しました。「最後にちゃんと帰ってきました。いい男でした」の西原理恵子の言葉には、鴨志田穣の人生の全てが込められていたのですね。





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