ケイケイの映画日記
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2008年08月07日(木) 「闇の子供たち」




阪本順治監督、渾身の作品。前評判の高さからか、夏休みのレディースデーとも相まって、劇場は超満員。正直演出や筋運びには疑問がたくさんありましたが、この現実を世間に問いたいという、真摯な監督の思いは熱く伝わり、私も力の入った鑑賞でした。秀作・傑作ではありませんが、掛け値なしの「力作」です。

タイ。ここでは貧困層から10前後の子を買い取り、売春宿で働かせるという実態があります。日本人の音羽恵子(宮崎あおい)は、そんな悲惨な状況に置かれるタイの子供たちを救おうと、現地のNPO法人に参加。しかし一部の同僚の「何をしにきた」という、冷たい目にも晒されています。一方日本新聞社のタイ・バンコク特派員南部(江口洋介)は、闇ルートでタイの子供の臓器が、脳死ではなく生きたまま売買されていて、近々日本の子供に提供されるという情報を掴みます。

客に凌辱される子供たちの様子が、とにかく衝撃的です。檻のような部屋に詰め込まれた子供たちは、客から凌辱の限りを尽くされ、エイズになり使い物にならなくなれば、ゴミ袋に入れて捨てられ、健康な子も臓器売買のため、命を落とします。客は欧米人と日本人ばかり。私は小児性愛のことはほとんど知らず、スクリーンに描かれる様子に怒りと居た堪れなさで、疲労困憊になりました。そんな中でも、子供たちの黒々とした眼は、射るようなまなざしを観客に向け、絶望的な怒りを表現しています。監督は演じる子供たちが傷つかないよう、細心の注意を払ったとか。性的な場面も別々に撮り編集したと読み、ホッとしました。

この場面の衝撃性から、R12ではなくR15が良いという意見もありますが、私は是非中学生にも観て欲しいです。「地図では20cm」の距離の国で、自分より年下の子が貧困のため、性の道具にならなければいけない状況があると知るのは、立派な教育です。昨今援助交際は、小学生にまで広がっていると聞きます。その本質はこういう恐ろしい事なのだと、子供たち自身にも理解出来ることでしょう。

恵子は実のところ、日本で煮詰まってタイにやってきたようです。南部が現地で雇うカメラマンの与田(妻夫木聡)も、日本で芽が出ず、タイならばと流れて来ています。そこには環境の遅れているタイならば、日本で居場所のなかった自分にも、何か出来るのではないか?という思いがあったのではないでしょうか?無自覚な見下しです。恵子につらく当たるNPOの同僚の「日本でもやれることはあるでしょう。何故タイなの?」は、それを見抜いているからでしょう。

実際恵子の青臭い正義感は、数々の場で短絡的な言動を起こし、足を引っ張るばかりです。正しい事を正しいと言うだけでは、世の中は通じません。しかし劇中南部に「バカ女」呼ばわりされる彼女は、観客ではないでしょうか?監督は意識的に恵子をイラつかせる女性に描いていると感じました。後半からの彼女は愚直ではあるけれど、その成長した姿は目を見張るものがありました。NPO法人の女性リーダー、ナパポーンが恵子に向けて「あなたしか出来ないことがある」と語るのは、日本に住む観客にも向けられた言葉だと思います。

手術のお金は日本円にして5000万円。日本の富裕層なら、なんとかなる値段です。「臓器はどういう手段で手に入るのか、わかっているのか?」と詰る恵子に、子供の母(鈴木砂羽)がヒステリックに「話すことも出来ず寝たきりに子を持つ親の気持ちがわかるか?」と言い返します。これは理解出来る人はたくさんいるでしょう。私も気持はわかる。

しかし本来は、切羽詰まった親の心理につけ込む人々こそを、糾弾せねばならないはずが、力点がウェットな親の心理に置かれているので、その辺の演出が弱いのが残念です。

南部の現地での取材方法なども、とてもスリリングなのですが、日本での取材方法に疑問が湧きます。取材に恵子も同行させるのですが、その必要はありません。あの展開は同行させればわかりきったことで、強引な運びだと思いました。日本の闇ルートの黒幕に取材に行った際にも、向こうの用心棒にぼこぼこに殴られますが、相手は天下の新聞記者、すぐに訴えられるはずで、余計に話は拙くなるのでは?危ない橋を渡る人が、こんな頭の悪い事をするでしょうか?

銃撃戦の演出も謎。あんなに人がいっぱいのところで、事を起こせばその後どんな展開になるのか、目に見えています。目に見えているから、あの結果では、少々強引過ぎます。最初に発砲した相手も意味不明。狙う相手が間違っています。

子供を買う側にも、NPO側にも、元は売春宿に居たであろう大人が出てきます。何故両極端の生き方になったのか、その辺をもう少し掘り下げて欲しかった気がします。二人ともが「日本人嫌い」というのにも、監督のメッセージが含まれているのでしょう。

そしてラストのオチ。違和感がいっぱいだったのですが、原作とは変更してあるそうです。何度も回想場面が出て来たので、薄々気づいてはいました。監督は「日本人の罪」について、深く問いたいようです。南部の同僚記者清水(豊原功補)が語る、「この子だけを救っても、何も状況は変わらない。元を根絶せねば同じことが繰り返されるだけだ。そこを打開しなくてはいけない。記者は観て観ぬふりをするのではない。観て観たものを書くのだ」というセリフは、本当にそうだなと私は感じ入りました。この作品の世界観を要約すると、このセリフになると私には思えます。ならば「日本人」にだけ、罪を特記したようなこのオチは、返って焦点が散漫になった気がします。

予告編にある、宮崎あおいとキスしている少女の運命は、彼女が字が書けたことから決まりました。NPO法人が、学校に行けない子供たちのために字を教えるのは、正しかったわけです。教育の必要性を本当に実感させられました。教育は親にも必要です。世の中の仕組みの裏しか知らない貧困層に、人間としての倫理や尊厳を理解してもらうのには、やはり教育だと痛感しました。子供たちだけを救っても、状況は変わらないでしょう。タイのスラムで学校を作るための寄付があれば、是非したいと思います。

少々消化不良気味でしたが、阪本監督のタイの子供たちの現状を観て知って感じて欲しいという思いは、十分過ぎるくらい感じました。フィクションである映画ならでは凄みも、再確認出来ます。その志の高さに、監督や全ての出演者に敬意を払いたくなる作品です。この感想文が、一人でも多くの方に観ていただけるきっかけになれば、とても嬉しいです。


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