ケイケイの映画日記
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2008年08月05日(火) 「ダークナイト」



素晴らしい!
、三日の先行上映で観てきました。アメリカでも大ヒット中で、記録更新を爆走中らしいですが、さもありなん。クリストファー・ノーラン監督としての初のバッドマンもの「バッドマン ビギンズ」では、従来のダークファンタジーを抜け出し、若々しい大人のヒーローものとしての世界観が好評でしたが、今回は単にヒーローものとしての枠に留まらないスケールの大きさを感じさせる、堂々たる娯楽大作になっていました。架空の町ゴッサムシティを通じて、現代における世論が支持する「罪と罰」を、実に写実的に描いています。

犯罪の町ゴッサムシティ。バットマン(クリスチャン・ベール)とゴードン警部補(ゲイリー・オールドマン)は、犯罪撲滅のため、日々闘っていました。そこへ辣腕にして正義感溢れる新任検事ハーベイ・デント(アーロン・エッカート)が加わります。デントはバットマン=ブルースが愛するレイチェル(マギー・ギレンホール)の恋人でもあり、ブルースの胸中は複雑です。そんな日々に得体の知れない奇怪な犯罪者ジョーカー(ヒース・レジャー)が現れ、次々と凶悪な犯罪を犯して、彼らを追い詰めます。

冒頭まずは銀行強盗を見せながら、ジョーカーの紹介に入り、次は前作「ビギンズ」の紹介もチラリ(ちゃんとキリアン・マーフィーも出てます)。これが非常にテンポも手際も良く、期待感を煽ります。そしてこの冒頭の油断ならない展開こそが、本筋を深く象徴していたのだと、鑑賞後に唸るのです。

アクションシーンとドラマ部分の比率がとても良いです。アクション場面はバットモービルなど出てくる割には、荒唐無稽の感じはあまりしません。大型トラック、バスを使ったカーチェイス、大規模なビルの爆破、バットマンらしい高層ビルでのアクションなど目を見張るものがあり、良い意味でお金がかかっているなぁと感じさせ、堪能出来ます。素手のアクションも取り入れ、バージョンも多彩です。

公開前から話題だった、故ヒースの渾身の演技は前評判以上です。私は「チョコレート」以外、ヒースの演技はこれといって記憶に残っていないのですが、このジョーカーは本当にすごい。いつもの彼を微塵も感じさせません。不気味で不潔な容姿、卑しさ満点のひょこひょこした猫背の歩き方、常にぴちゃぴちゃ舌打ちして話す様子は、嫌悪感もいっぱい感じさせます。しかし残忍で凶悪な犯罪を次々と犯す様子は、とてもクールでクレバー。この落差が唯一無比的な存在感と魅力を感じさせます。

彼の語る裂けた口の秘密は、父や妻が出てきます。それは両方本当で両方嘘なのでしょう。次に語る時は、また別の話が出てくるはず。生まれおちてすぐから犯罪者になる人はいないでしょう。それぞれに理由があるはず。途方もないスケールの愉快犯であるジョーカーは、他者へ向ける不可解な敵意や悪意を持つ、昨今の理由なき犯罪者の化身のようだと感じるのです。

絶対的な強さを誇るジョーカーの出現に、掌を返したようにバットマンを追い詰める民衆。ジョーカーはバットマスクを取るよう、バットマンに命じたからです。自分の身が安全ならば、簡単に人身御供を差し出す民衆。そして警察官もまた、「民衆」なのです。生活の窮状からマフィアの手先となった警察官を浮かび上がらせ、先の展開に含みを持たせます。

矛盾に満ちたゴッサムシティの「正義」を前にして、デントの正義は全くぶれません。素直に敬意を感じるとともに、その輝きの眩しさに、一抹の不安も感じさせます。「正」しか知らない危なさは、一度挫折するとダメージも大きいはずだから。彼がとあるビッグネームキャラに変貌する様子は、驚愕と哀しみが伴うものですが、裁きの場では白か黒かだけではなく、幅を持たせた考えも必要なんだと痛感させます。そこが正義に対して柔軟な思考を持つゴードンとの対比にも感じました。

その他ケイティ・ホームズと交代して、より大人っぽくなったマギーのレイチェル、マフィアのドンであるエリック・ロバーツの小心なふてぶてしさなど、出てくるキャラは全て隅々まで描きこまれていました。

しかしそのせいで割を食ってしまったのが、肝心のバットマンだったようです。今回は若干線が細く感じて、少々物足りません。ヒーローとしての苦悩も、スパイダーマンのヒーローと本当の自分との狭間で、アイデンティティに苦悩すると言ったものではなく、ゴッサムシティを守ってきた自分が、まさかの敵意を民衆から向けられると言ったものです。マスクを取るか取るまいかの葛藤は、もう少し描いても良かったかも。でもこれは贅沢な要求かな?

見せ場の盛り上げ方の上手さとスピード感にあふれているので、二転三転する展開の最中に、これはいらないかもと思わせるエピソードもあるのですが、他でアドレナリンが噴き出すので、あまり気になりません。

ラストのバットマンの選択は、正直私には偽善に感じます。彼はバットマンではなくなっても、ブルース・ウェインの生活があるのですから。そういう意味では裏も表もなかったジョーカーやデントは、天晴れだったと思います。しかし次のシリーズももう制作に取り掛かっているそうな。なのでこのラストは、壮大な前振りなんでしょう。問題定義をして次に繋げるとは、高等技術ですね。


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