ケイケイの映画日記
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2008年06月12日(木) 「美しすぎる母」




いやー、すごいなぁ。こんなスキャンダラスでインモラル、その上通俗的な内容で、母と息子の哀れや痛々しさが表現出来るんですね。私も息子が三人いて、共感どころか嫌悪感を抱いて当たり前の母親を、理解させてしまうのですから、本当にすごい。監督は「恍惚」が有名なトム・ケイリン(私は未見・超残念)。主演のジュリアン・ムーアの力量も改めて確認できる作品で、実話を元にしています。

1950年前後のアメリカ。貧しい育ちのバーバラ(ジュリアン・ムーア)は、その美しい容姿と社交的で華やかな性格で、大富豪べークランド家の三代目ブルックスを射止め、一人息子のアントニー(成人後エディ・レッドメイン)も授かり、毎日社交界に出入りし幸せの絶頂です。しかし上昇志向のあまりに強いバーバラに、夫や成長した息子の心は少しずつ離れていきます。そんな折、あろうことか夫は息子の恋人ブランカ(エレナ・アナヤ)を伴い、バーバラを捨ててしまいます。悲嘆にくれるバーバラの心は、アントニーだけに向かってしまいます。

今回予告編に出てくるラストと、母子の不適切な関係はネタバレしますので、予告編を未見の方は、ご注意下さい。















滑稽さも皮肉も微塵も感じさせない、とても悲劇的な作りです。ギリシャ神話でも出てきそうな題材ですが、あんなに恐ろしい感じではなく、本当に哀しいです。

とてもエレガントで素敵なバーバラですが、育ちの悪さが随所に見え隠れします。育ちと言うより、女性としてのたしなみ、教養の無さでしょうか?バーバラが貴族との会食の同席をブルックスに懇願する際、「僕にまた猿芝居をしろというのか?」と言い放つ夫。しかしこれは妻に向けての皮肉だと、会食の場面でわかるのですが、妻はその真意には気付いているのでしょうが、夫には隠しているようにも感じます。

上流階級の人を自宅に招いてもそれは同じ。バカにされているのは気付いているバーバラは、感情を爆発させます。表面的にはエキセントリックで我儘な女性に見えるバーバラ。しかし妻の後ろ姿に「いいケツだ」と言う客人をたしなめない夫というのは、いかがなものか?社交界で独り浮いて、美しい道化のようなバーバラの孤独が、ひしひし伝わってくるのです。

バーバラは10歳くらいのアントニーに、母親が自分に言い聞かせていたことを語ります。「いい男をみつけるんだよ」。貧しい暮らしから這い上がるには、玉の輿しかないとこの年代の母親が思い込むのは、しごく当たり前でしょう。母はそれだけを教えていたのではなかったはずです。しかし娘には、類まれな「女」を武器にしろ、そう聞こえたのではなかったか?虚栄心の並はずれた強さは、内面の自信のなさへの表れでもあると感じます。

それをもっとも表わしているのが、彼女のセックス。夫の機嫌を損ねると、娼婦顔負けのことをして、機嫌をとります。鏡に映る横顔は、私は安堵のように感じました。夫に捨てられた直後には、行きずりのタクシーの運転手と。他の男で女としての自信を回復したかったのでしょうか?そして友人のゲイ男性とまでセックス。自分の乾いた心を癒す方法は、彼女にはセックスしかないように感じました。

夫に捨てられてから、あてどなくヨーロッパ各地を放浪する二人。そんなバーバラが、この子にも捨てられるかも知れないと怯えた気持ちを抱き、心の拠り所として、息子との近親相姦という関係に向かっていったのは、彼女的には自然だったのだろうと感じます。

対する息子アントニーは、優しく繊細な感受性の持ち主です。しかし坊ちゃん育ちのひ弱さは、母を本当の意味で守ることは出来ません。「僕は母のために生まれ変わろうとした」というセリフだけで、母のために何かするわけでもなく、ただ傍らにいるだけの息子。しかしその従順ぶりが、このインモラルな母親をいかに愛し、呪縛を感じているのかも伝わります。母性とは本来与える愛が理想だとは思いますが、呪縛の愛になりがちなのも、また真理。

母と二人きりの息苦しさから、何度も別れた父親に「戻ってきてくれ」と懇願するアントニー。なのに知らぬふりです。ブルックス自身、偉大な祖父、祖父の功績を台無しにした父を持ち、何をするでもなく、その遺産で暮らしている男です。母性ではなく、父性の呪縛により、大人の男とは成り得ず、皮肉と毒舌だけが長けた男になってしまっています。自分の手に余る妻を捨てて、自分を称賛し尊敬してくれる若い愛人に走ったことは、夫として父親として卑怯ですが、これまたブルックス的には自然だったのでしょう。

しかしこんな両親を持ったアントニーもまた、薬物に溺れ同性愛に走り、アダルトチルドレンめいて成長したのは、すごく理解できる。アントニーがずっと大切にしていた、とうの昔に亡くなった老犬の首輪。これは自分が育った環境で、曲りなりも幸せというものを実感した頃の、思い出の品なのでしょう。バーバラは幼ない時の息子を抱きしめるシーン以外、成長してからは、母親らしいことは何も画面で見せませんでした。そんな彼女が、血相を変えて首輪を探す息子をたしなめ、いっしょに探す姿は、とても母親らしいものでした。その直後、ずっと母に対して複雑な愛情と葛藤を抱えていた息子に殺されるのは、何とも皮肉です。

上流階級の人は、仕事しないで社交界にだけうつつを抜かすように描かれていました。当時としては羨ましかったのでしょうが、今の感覚では、トンデモなく退廃的です。この退廃さが、バーバラやアントニーの心を蝕んでいった気がします。それを覆い隠すような、エレガントで華やかな当時のファッションが素敵です。ムーアは元々「エデンより彼方に」や「めぐりあう時間たち」など、クラシックな時代がとてもよく似合う人なので、一層美しく感じました。

ジュリアン・ムーアが絶品です。本タイトルの「SAVAGE GRACE」(野蛮な優美)にぴったりの、獰猛でか弱い母親を好演していました。彼女なくば、ただのキワモノになったかも知れません。レッドメインも透明感溢れる雰囲気が、この作品の意図にぴったりで、とても良かったです。それとセックスシーンにまるで官能性がなかったことは、とても重要なのでしょう。そのおかげで観易くなりました。

アントニーが小さい頃のバーバラは、本当に幸せそうでした。母親とは、子どもが大きくなっても、毎日自分に愛情の全てを示す子供を、愛おしく抱きしめていた頃の幻影を、ずっと抱えながら生きている部分があります。私もその思いは、墓場まで持って行きたいと思うのです。バーバラの場合は、愛情は薄くとも、夫が傍にいてくれたら、あのような母親にはならなかったのにと感じ、同じ母として、ブルックスの不実をなじりたくもなるのです。
近親相姦しちゃう母親に同情させるなんて、すごいなぁ、ケイリン監督。














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