ケイケイの映画日記
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2008年03月22日(土) 「ノーカントリー」




本年度アカデミー賞 作品・監督(コーエン兄弟)・助演男優(ハビエル・バルデム)・脚色賞受賞作。
「今日あんたが帰ってきて、お母さんいてなかったら、映画やと思っといて」。何度春休み中でぶらぶらしている三男に言った事か。全て空振り。観たい作品はいっぱいながら、仕事して姑を見舞うと、もう気力が続かなくて。しかし私が気を滅いらし続けていたところで、お婆ちゃんが良くなるわけでもなく、今日こそは映画を観て、己に喝を入れるのだ!と、選んだ作品がコレ。作品の選択は大幅に間違っている気はするんですがね、何せオスカー作品ですもの、やっぱり観なくちゃ。ちょっと異議ありの部分はありますが、見応え充分、堪能しました。

80年代のアメリカはテキサスの片田舎。狩り中のベトナム帰還兵のモス(ジョシュ・ブローリン)は、麻薬の取引現場で銃撃戦があったと思しき、大量の死体を見つけます。残された200万ドルもの大金を持ち逃げした彼は、そのため冷血非道な殺人鬼シガー(ハビエル・バルデム)に執拗に追いかけられるはめに。そして指名手配中のシガーを、保安官のベル(トミー・リー・ジョーンズ)も追いつめていきます。

「ファーゴ」+「ターミネーター」
と言った感じかな?有能だが黄昏た保安官が犯人を追う過程は、「ファーゴ」のやり手だけど妊婦(!)の女性署長を彷彿させるし、夫婦の会話の妙もイイ感じ。

そしてハビエル!ひぇ〜、これはオスカー取るわ。人間なんだけど、人間じゃないんです(観ればわかる)。シュワちゃんが「サラ・コナーか?」と尋ねて、いきなりズドン!と殺すのは、あれは未来から来たロボットだ、SFなんだからと、絵空事だと観ていましたが、こちらはれっきとした血の通う人間様(一応)。コインの裏表、顔を観られた、自分が殺すと予告した、などなど、利害関係など全くお構いなく、マイルールを忠実に実行する様子は、本当に血も涙もなく、不条理そのもの。大怪我を負うんですが、薬屋を襲い(襲い方が、これまたすごい)、自力で治してしまうのも「ターミネーター」を彷彿させました。

シガーの武器は、実は家畜の屠殺に使われるものです。人を人とも思わぬ非道ぶりが、一層強調されます。彼がどうして今のような異常者になったのか、その背景は全く語られないのが、一層不気味。ある種「時代の申し子」として、描かれていたのかもしれません。

しかし80年代にSFとして絵空事で観ていたことを、現代の2007年の作品では、当時の80年代を設定して、生味の人間で表現するというのは、相当皮肉です。ベルと老保安官同士の会話で、既に説明のつかない、人の心が引き起こす不条理で不毛な事件が連発する現在を、暗示していました。

最初大量の死体を見て、全然動じないモスに違和感があったのですが、ベトナム帰還兵だと知り、すごく納得。お国のために命をかけていた憂国の兵士のなれの果てが、トレーラー暮らしと言うのも、切ないです。生き残った命を持て余していたモスは、このお金で人生を変えたいと、思わず魔が差したのでしょう。妻への思いも感じます。並はずれた殺人マシーンのシガーに対して、互角の戦いを挑む様子も、やはりベトナムでサバイバルの仕方を身につけたのが忍ばれます。そしてモスの素性がばれた原因は、彼が決して悪党ではないとも印象付けます。モスの描き方にベトナム帰還兵の、長い長いその後の人生を考えさせられました。

演じるブローリンは、「プラネットテラー・イン・グラインドハウス」「アメリカン・ギャングスター」に続き、クセの強いキャラクターに、悪党だけではない、底辺の人間の悲哀と底力を見せつける演技で、とっても良かったです。ハビエルと互角の好演で、彼にもオスカーあげたかったなぁ。


そして静かにシガーを追い詰めるベル。いつもなら年齢からの円熟味が、渋さに見えるジョーンズですが、今回は老いが目立ちました。もちろんそれは計算づくでしょう。仕事から身を引く直前、ベルは職務中に狙撃され、障害者になった元同僚を訪ねるシーンがあります。ベルの質問に対しての元同僚の答えは、慈悲深いとも、受け入れるとも、悟りとも取れます。しかし元同僚の「闘うこと」を辞めた姿には、外見の惨めさと裏腹の、精神的な崇高さを感じることで、救われます。この辺りの描写には、普遍的な人生の教えが込められていたと思います。

一見強烈な印象ですが、筋運びも語り口も滑らかで、コーエン兄弟独特のシニカルさや、乾いたユーモアも健在です。80年代を描きながら、良くも悪くも、あの時代があったから今があるのだと、過去と未来との繋がりにも言及した作りで、穴もツッコミも見当たらず、ほとんどパーフェクトな作りです。

しかしこれがオスカー作品賞とは、ちょっとびっくり。決してわかりにくい作品でもなく、完成度も相当高いとは思います。でもこういう観方が一様ではなく、そこに感慨はあっても、感動はない作品が作品賞ってのは、どうなんでしょ?私はこの作品を楽しめましたが、しかしこの作品がオスカーに相応しいかと言うと、答えは「否」。

大人から子供までとは言いませんが、たまにしか映画を観ない人でも、「あぁ良かった、感動した」と思わせる作品が、オスカーの名には相応しい気がします。年柄年中映画館に入り浸っている人たち(もちろん私も)で、わー、すんげぇ!と盛り上がる映画は、別でひっそり花咲く場所があると思うんです。いかがですか?


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