ケイケイの映画日記
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2008年01月29日(火) 「鍵」(京マチ子 名作映画祭り)

また観てきました。「穴」と二本立てだったのですが、時間の都合でこちらだけ鑑賞。谷崎潤一郎の原作はお馴染みで、邦画のみならず、ティント・ブラスの監督で、イタリアでも映画化されている作品です。登場人物は皆いやらしく、誰にも共感出来ないですが、すごく面白かったです。

著名な古美術鑑定家剣持(中村鴈二郎)は、初老に入り、男性機能の低下に悩んでいました。一回りほど年下の、従順で美しい妻郁子(京マチ子)を持ちながら、悶々とした日を送っていました。そこで娘敏子(叶順子)の婚約者である青年医師木村(仲代達也)と郁子を親しくさせ、その様子に嫉妬することで、回春を謀るのですが・・・。

原作の設定では夫56歳・妻45歳だそう。ふ〜ん・・・。実はうちの夫婦、夫54歳・妻46歳と、微妙に重なるのですね。約50年前の50半ばの男性って老けてたんですね。それに比べてうちのダーリンったら、若くて男前だわ。これで妻の方も、これくらい妖艶なら文句なしなんですけどねぇ。昔は女優さんが実年齢より年長の役柄をするのは当たり前で(今と逆)、この時京マチ子は30半ばで、女盛りのお色気ムンムン。あっちの方がダメになった夫に、何も言わずに尽くすなんて、そんなわけあるかい!という風情です。

「錦小路まで行って来ました。」とか「大阪まで」という表現があるし、竹藪に囲まれたお屋敷の様子など、どうも場所は京都の模様。何せ登場人物4人が、例え夫婦・親子・フィアンセであっても、一切本音を言わない。じわじわネチネチ、腹黒さ満開での腹の探り合いなど、「女系家族」の恥も外聞もなく本音丸出しでバトルする大阪にはないねちっこさで、これも滑稽で楽しめます。

郁子はお酒を飲むと酔いを醒ますため入浴するのですが、必ず風呂場で全裸で失神。そんなことをしたら当たり前なので、ちったぁ学習して、酒かお風呂か止めんかい!と普通思うのですが、、そうなる時は木村が招かれている時ばかりなので、どうも確信犯の模様。木村は医者だし、豊満な郁子の肢体を目の当たりにしても、充分言い訳は立つ訳。エロ夫婦は夫唱婦随の模様。

剣持という男は、狡猾にして器小さく、お金も渋いときておる。小男でみてくれも悪いヒヒジジイで、いいとこなしに思えるのですが、これが市川崑の演出と鴈二郎のペーソス溢れる名演技で、「加齢で出来ない男の哀しみ」が、ユーモラスに、かつエロエロにこちらに伝わります。この年代の男の人にとって性の衰えは、白髪だの皺だの以上の老いの実感なのだと、切々と感じられます。

京マチ子演じる郁子のエロさと言ったら、も〜人間離れしています。びっくりするような細い眉毛がびゅ〜と伸びて、まるでお狐様の化身のよう。決して本心を明かさず、夫に従順なようで、男どもや娘をも煙に巻きながら、したいことし放題の郁子を、性悪女ではなく、育ちの良さからの天真爛漫さも覗かせながらの悪女ぶりです。

可哀想なのは敏子。母親に似れば器量良しだったのに、父親に似たため不器量です。常に母親と美貌を比べられ、娘のフィアンセを、自分たちのエッチのおもちゃにするような親に育てられたんですから、ネクラで性格までブスになっても致し方ないと同情してしまいます。のはずなんですが、これがまた何を考えてんねん?いうくらい、あれこれ画策して、人の心を試します。プライドだけは著しく高く可愛げがなく、この父にしてこの子ありと言う感じで、そっくりです。腹に一物もって、敏子が父親と二人で食事するんですが、「お前の顔観てると、酒がまずぅなるわ」とは、なんちゅう言い草。本当にいけずな脚本です。

しかしその晩私は、「天障院篤姫」を観ていのですが、「於一(おかつ・篤姫のこと)の酌で飲む酒は、格別じゃのう」と、篤姫の父が笑顔で言うのです。このシーンを思い出し、本当に敏子が可哀想になってねぇ。演じる叶順子は当時売り出し中のコケティッシュな女優さんで、素顔をはとっても美人です。不細工メイクで、複雑な敏子を好演してました。

小悪党の色男を演じる仲代達也が珍しく、これは得しました。時代が下がったら、これは田宮二郎の適役だったと思います。

今から観ると、どうってことないのですが、お風呂場で倒れた郁子の肢体をチラリズムで映したり、はたまた剣持が妻の裸に異様に執着して写真に撮ったり、倒れてヨイヨイになりながらも、妻に着物を脱げと言ったりのシーンは、当時はすごく大胆な演出だったと思います。今のような即物的なエロではなく、脳で感じて心まで刺激するエロティシズムは、今でも十分刺激的でした。

古美術や古いお屋敷、全編着物で通す京マチ子など、和を強調しているのに、非常にモダンな印象が残ります。内容はとんでもなくインモラルなのに、鑑賞後にはエロよりも、シニカルなユーモアと愛嬌とが残る作品でした。郁子VS敏子の「眉毛対決」も見ものです。


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