ケイケイの映画日記
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2007年11月07日(水) 「自虐の詩」




原作は日本一泣ける四コマ漫画の映画化(だそう)。私はコミックはほとんど読まないので、この作品も原作は未見です。巷ではかなり高評価みたいですが、超微妙な感想。個人的には前半のコメディ場面ではすべりまくり、後半のヒロイン幸江の回想シーンで、やっと盛り返しましたが、全体にやや物足らなさが残ります。

大阪は通天閣に程近い街。ひなびたボロアパートに住む幸江(中谷美紀)は、元やくざのイサオ(阿部寛)と同棲中。宮城県の気仙沼出身の幸江は、幼い頃から苦労をし通し。無職で気に入らないことがあると、すぐちゃぶ台をひっくり返すようなイサオとの暮らしを、アパートの大家のおばちゃん(カルーセル・麻紀)はいつも心配してくれます。幸江のパート先の大衆食堂のマスター(遠藤憲一)は、そんな幸江を好きなのですが、幸江の心はイサオだけ。そんなある日、幸江はイサオの子を宿します。

冒頭、気仙沼時代の中学生の幸江(少女時代は岡珠希)が、雨の中一生懸命新聞配達をしている姿を映します。涙ぐましくも一生懸命で、ドンくさい様子をユーモラスには描いていましたが、何故雨の中カッパを着ない?上に着ていたジャージとカッパは、値段的にも同じくらいじゃないの?ビンボーさを強調したいなら、黒のゴミ袋を幸江にかぶらせれば?と、しょっぱなで「合わへんかも・・・」とイヤな予感。

前半はコテコテのコメディタッチで、ノリは吉本新喜劇調です。しかしあのコテコテはね、舞台でこそ映えるのだ。繰り返される幸江とマスターのシチュエーションも、先が読めるのに何で何回も繰り返すねん?と、ここでも私には面白さが感じられません。ちゃぶ台返しがこの作品の肝らしいんですが、これも私は全然面白くない。と、いちいちギャグが私的にすべるので、もっと面白いかと思っていたので、ちょっと拍子抜けでした。

決定的に違うと感じたのは、主役の二人。「どブス」と表現される幸江の容姿。いくらブスメイクしようが、元は中谷美紀ですから、これはだいぶ無理があろうかというもの。これで「どブス」とは、本当の「どブス」に失礼というものです。「貧乏くせぇ」もトレードマークの幸江ですが、よっぽど少女時代の珠希ちゃんの方が「貧乏くせぇ」がよく出ていました。ろくでなしのイサオを演じる阿部ちゃんも、目力のある人なんで、血管切れそうになるほど目を食いしばる演技は楽しいのですが、怖さやキモさはあんまり出てなかったなぁ。あれではやくざやマトリックスの、コスプレしている感じなのです。

幸江を嘲笑するやくざ時代の顔見知りを、ボコボコにしばくイサオですが、これももっと意外性を感じてこそ、初めて生きるシーンなのですが、阿部ちゃんがあんまりろくでなしに見えず、後ろから「いずれは真っ当な男になるはず」オーラを出してしまっているんで、幸江が別れないのが不思議じゃありません。それってあかんのんちゃう?

大阪土着の人間の私から観ると、あの土地柄の匂いがあまり感じられませんが、それは気仙沼出身の幸江と、関東出身のイサオが感じるあの土地だからでしょう。この辺りは大阪でも特殊な場所で、この辺に流れてきた人は、「越してきた」「やってきた」とは表現せず、「ここへ沈んだ」という言い方をする人も多いそうです。過去に傷のある二人が、底辺で秘かに暮らす場所を表現するには、ちょっと小奇麗過ぎる感もありますが、まぁこんなもんでしょ。

これがとある出来事で、幸江が少女期からの過去を回想する場面から、俄然画面が締まります。特に貧乏が原因で虐めにあっていたことや、同級生の少女・熊本さんとの数々の出来事がものすごく泣けます。正直私が「こりゃだめだ」、から「微妙」にまで感想が底上げしたのは、少女期の幸江と熊本さんの話のおかげです。堪らないほど切なくなるお話ですが、とても勇気ももらえて、ここは百点満点です。

幸江の過去は、いなかの少女が都会に出てきて転落するモデルケースのようなものです。そんな幸江が、精神誠意自分に愛を示すイサオに、段々心を開いていく様子はとても自然で、この辺の描き方は説得力ありで、前半何故幸江がイサオと決して別れようとしないのか、謎が解けるようになっています。

が、問題はイサオ。何故どブスの幸江、それも当時はあんな仕事をしていた彼女に、そんなに入れ込む?食堂のマスターはだね、ろくでもない男にけなげに尽くす彼女が可哀想で愛おしく、同情から愛に変わるのは全然納得なのですが、なんである意味自分の人生を投げうってまで(親の代から極道のエリート)、彼女のために堅気になるの?その背景が全然描かれていないので、とても不思議でした。それと幸江のお母さん。辛い環境の彼女が、もの心つく前に出ていった母親を慕い、母にしたためた手紙はじーんとは来るのですが、夫に愛想を尽かして、娘を置いて出て行った母でしょう?ここも母が出て行った、やむにやまれぬはずの事情を描かないと、幸江の行動に説得力がありません。

こう言う風に描き方が不足しているので、折角ちょっといいなぁと思うセリフやシーンがあっても心に残らず、全部忘れちゃった。一番覚えているのは、精一杯の心づくしを幸江に渡した、熊本さんの作ったお弁当です。

最後の方も、あぁここで終わってくれれば、という後に、蛇足的に話が続くので、間伸びした印象は免れません。でもこれ、多分原作はすごくいいんだと思うんですよ。今日は古本屋に行きましたが、ありませんでした。新刊でもそれほど高くないので、是非読もうと思います。


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