ケイケイの映画日記
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2007年11月10日(土) 「ヴィーナス」



ピーター・オトゥールが本年度アカデミー賞、主演男優賞にノミネートされた作品。取ったのはフォレスト・ウィッテカーですが、この作品を観てしまったら、とんでもないミステイクに思えました。大変素晴らしい作品です。

70代のイギリスの俳優モーリス(ピーター・オトゥール)。数々の浮名も流した人気俳優でしたが、老いた今は仕事も少なく、来るのは死体の役ばかり。しかし長らく別居中で苦労をかけた妻(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)に生活費を渡すためには、引退することはできません。そんなある日、高血圧の俳優仲間イアン(レスリー・フィリップス)の元に、イアンの世話をするという名目で、姪の娘ジェシー(ジョディ・ウィッテカー)がやってきます。しかしこのジェシー、家事やイアンの身の回りの世話どころか、挨拶もろくすっぽ出来ないフーテン娘で、期待していたイアンは余計に体調が悪くなったとおかんむり。そんなジェシーを面白がるモーリスは、彼女をちょくちょく誘い出します。

加齢臭をまき散らしながら、哀愁のエロ爺を演じるオトゥールが絶品。孫のような年齢のジェシーを相手に、かつてのプレイボーイとしての誇りにかけて、紳士的に彼女をエスコートしますが、その実きちんと男としての下心がいっぱいなのです。前立腺の手術をして男性機能はダメなんですが、それでもジェシーの若々しい肌を愛でずにはいられません。ジェシーに鬱陶しがられつつ、隙あらば彼女にキスしたり、抱きしめたりするのですが、それがちっともいやらしくないのです。余裕のない若い男性では感じられない、成熟した、そしてちょっと哀しいエロスが漂います。そうかと思えば、まるで男子中学生が女風呂を覗くような真似もして、「男っていくつになっても・・・。」というコピーが、楽しく表現されます。

時の経過というのは、非情なものです。「アラビアのロレンス」での彼を観た時、私はまだ子供でしたが、なんて綺麗な宝石のような瞳をした人かと感嘆しました。その美しかったグリーンの瞳は、老境の今、くすんだグレーがかった瞳になっています。ジェシーは確かに若くて可愛いですが、ただそれだけの子。知性や教養もなく、垢ぬけない子です。モーリスが男性として現役であった頃は、歯牙にもかけなかったタイプでしょう。それが今は、この老いた紳士を魅了してやみません。若さというものは、それほど輝かしいものだと、ジェシーの常にむき出しの、伸びやかな四肢が感じさせてくれるのです。

予定調和的に、モーリスはジェシーと交際するようになって、回春していきます。しかしこの作品の秀逸なところは、それでこの老人の他の悩みがチャラになるのではないと、きちんと描いていることです。仕事は相変わらず少ないし、体はどんどん衰えていくし、お金だって心配です。おまけに恋しいジェシーは、若い頃の自分とは比べるべくもない、チンピラ風の若い男とねんごろに。若い人から刺激を受けたって、老人の孤独は癒されるわけではないです。モーリスが素敵に見えるのは、そのことをちゃんと認識しているからです。同じ老いた友人、妻との付き合いもとても大切にし、ジェシーにうつつを抜かしつつ、のめり込んではいないです。後ろ向きながら老いを受け入れる姿が、心に沁み入ります。

ストーリーが進むに連れ、どんどん美しくなっていくジェシー。若さだけが取り柄の彼女は、同世代の男の子には、遊ばれては捨てられていたのでしょう。要するに尊重されたことがないのです。美しくもない自分を「ヴィーナス」と呼び、初めてレディとして接してくれるモーリスに対し、段々心を開いて、素直になって行く様子が微笑ましいです。この子は不作法で躾の足らない子ですが、決して悪い子ではありません。モーリスと付き合うようになってから、挨拶が出来て、「ごめんなさい」「ありがとう」という言葉が素直に出るようになっていきます。この三つが言えるなら、大人はジェシーを受け入れるでしょう。モーリスはこれを祖父のような愛ではなく、男性としての愛で成長させたのだから、お見事です。あと10年若かったら、自分の手で「女」としても開花させられたのにと、残念至極だったかもね。

妻役のヴァネッサ・レッドグレープもとてもいいです。ざんばら髪に素顔に眼鏡、「体が痛くてもう死にたいわ」とは、うちの患者さんのお年寄りと全く同じなんで、思わずクスクス。浮気者だった自分を反省して、別居中とは言え、妻には尽くすモーリスにとって、彼女は恩人で母のような人のはず。妻もそれに応じて菩薩のような心で夫を包むのですが、昔のモーリスの作品がテレビ放送されると、共演女優を指し、「観て。この女が私たちの世界から、あなたを奪ったのよ」と、時々妻に戻ります。う〜ん、とってもとってもわかるわ、その気持ち。夫に妻としてないがしろにされたことは、うちの84歳の姑だって覚えてるもん。男女の仲は、年齢も国境も関係ないんですね。

この作品が成功したのは一にも二にも、モーリスにピーター・オトゥールを起用したことです。あの長身でクールでゴージャスだった彼にだって、老いの孤独・醜悪さ・黄昏はやってくるんです。それが人間は皆等しく老いていくのだと、観客に強く訴えかけてきます。性と生は、やはりリンクしているのでしょう。灰になるまで人間にはエロスが必要な模様。それを実に品よく作っているのが素晴らしい。若造りもしなくていい、ハツラツとしなくてもいい、ただ世間の変貌や若さを受け入れる土壌は、今から準備しておかなきゃと思った次第です。モーリスのおかげで、本当の「ヴィーナス」になったジェシーのラストカットが、このお話の後味を、とっても瑞々しいものにしてくれました。とても素敵な作品です。


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