ケイケイの映画日記
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2007年10月25日(木) 「クワイエットルームにようこそ」




面白かった!監督松尾スズキの前作「恋の門」が大好きなので、今回も期待大でした。全ての登場人物の描き込みに文句がなかった「恋の門」に比べて、今回は内田有紀扮するヒロインと恋人以外の登場人物の描き方が雑な人がいたりで、コメディ的なシチュエーションで逃げてしまった気はしますが、観た後面白かっただけではなく、深い想いを与えてくれたのは、断然こちらの方でした。

28歳のフリーライターの佐倉明日香(内田有紀)は、恋愛や仕事に行き詰まり、誤まって睡眠薬を過剰摂取してしまい、救急病院で胃洗浄の後、自殺の恐れありとして、精神科の閉鎖病棟に強制入院させられます。そんな認識のない明日香は猛反発。しかし同棲相手の放送作家鉄雄(宮藤管九郎)も承諾していたことから、仕方なく明日香の入院生活が始まります。そこには摂食障害を持つミキ(蒼井優)や同じ薬物過剰摂取の栗田(中村優子)、元AV女優で過食症の西野(大竹しのぶ)などがいました。

すごくテンポが良いです。いくら誤飲を主張しようと、これは他にも理由があるだろうなとは、観客は思うのですが、その予測通りに、次々と明日香の抱える苦悩や傷が現れます。それと同時に、かなり個性的な先輩入院患者や、医療者側の人々を、上手に紹介していて、登場人物がたくさんの割には、キャラ分けも人間関係の整理も上手です。

ヒロイン明日香の描き方、及び演じる内田有紀が素晴らしい!。明日香の背景が浮かび上がってくるに従って、私が真っ先に感じたのは、今の若い女の子はなんて大変なんだろうと言うことです。

私の若い頃は適齢期というものがあり、女は学校を卒業して2〜3年腰掛けで仕事して「社会勉強」して、結婚して子供を産んで育てて(私は「社会勉強」をすっ飛ばしたため、適齢期前に結婚したけど)、という絶対公約数的な価値観が支配していました。支配なんて言葉も今は浮かぶけど、当時の感覚としては「当たり前」が当たっているでしょうか?私の学生時代の友人など、本当に24歳前後にバタバタとほとんどが結婚していったもんです。面白味はないけど、価値観が統一されているって、ある意味楽なんだと明日香を観て思いました。

今のように多様化した価値観が認められると、女だって仕事に生きようが恋に生きようが、結婚して子供を産もうが産むまいが、何歳で何をやってもいいし、何だってありなんだから。しかしそれだけならいいんですが、古い価値観の概念もそこはかとなく刷り込まれているもんだから、頭の中が混沌としてくるわけだね。

ひょんなことから、フリーライターになった明日香。初めて仕事らしい仕事に就いたと喜びいっぱいで頑張るのですが、出版社やその他での仕事が経験があるわけじゃ無し、初めて連載をもらった800字のコラムで、「これくらいが何故書けない・・・」と苛立つ彼女。ものすごくわかる。私もサイトを持って三年半くらいになるけど、「800字でこの映画の感想を書け」と言われたら、悶々としますよ。でも私の場合は趣味なんで、自分のしたいよう書きたいことを書けばいいんで、それも無理なら「出来ません」と開き直りもOKですが、お金をもらっている場合はそうはいきません。勢いだけで書いていた頃から、キャリアがその上のステップに上がる時の焦りが、手に取るようにわかります。

そこへ上手くいかない恋愛や肉親との付き合い、同棲相手の子どもが欲しい、元の夫が死んじゃった、などなど重なっては、明日香でなくても心のキャパははちきれます。少し寄り道・横道にそれてはいますが、明日香はどこにでもいる平凡な女性です。明日香を通して精神的な病は、ふとしたはずみに誰にも陥る可能性があるのだと感じます。

深く印象に残るのは、普通女性だけが背負う傷を、明日香の離婚した夫(塚本晋也)は、彼女と共有していたということです。明日香に残した手紙は、そういう意味だったと思います。これが夫婦関係継続中なら美談ですが、離婚した後相手は自殺。そのことが明日香を罪悪感の塊にしたんだと思います。そしてそのことに関係ない鉄雄が、明日香を理解しようとしながら、それが出来ずもてあまし、逃げたくなる気持ちも、丁寧に描いていて共感出来ます。

私が初めて内田有紀を観たのは、多分「ひとつ屋根の下」だったと思います。なんてきれいな骨格をした美少女かと、目を見張りました。不治の病を持つ役柄のせいか、清潔でボーイッシュな中に、寂しげな憂いを感じたものですが、この作品を観ると、それは彼女の持ち味であるようです。
今回も吐しゃく物を顔にへばりつかせたり、カテーテルで尿を採取される姿が映されたりしても、不潔感がありません。それどころか、この状況で必死で前向きになろうとする明日香を、こちらも必死で応援したくなるのです。それは内田有紀が、心を込めて明日香を演じたからでしょう。

クドカンも頼りなげで優柔不断ながら、心優しい鉄雄をとっても好演していました。お尻を出しながら、「死ななくて良かった〜〜〜」と号泣する姿は、真相が明らかにされていくうち、とても感動するシーンに脳内で変化していきます。あの手紙はちょっと男らしくないけど、男のひ弱さと善良さを両方表現出来ていて、妙にリアリティがありました。

コメディリリーフ的な看護師の平岩紙、鉄雄の弟子・妻夫木聡、患者の筒井真理子など上手く使っていたのに、肝心の主な脇役の患者西野の大竹しのぶがもう一つ。エキセントリックな演技で、精神科の患者を表現していましたが、これは過食症で精神を病んでいるというより、別の病名じゃないの?これではただの迷惑なおばさんで、痛々しい女性でなければならないところが、痛いおばさんにしか感じません。りょう演じる看護師も、この病棟で患者から命を失いそうになるほどの怪我をさせられながら、今も看護師を続けている理由がわからない。あれじゃただ並はずれた根性と、感情が超低温なだけな人に見えます。もう少し患者への愛が見えたら、良かったかと思います。

ゴスッコ風の摂食障害患者ミキ・蒼井優は、この役のためにかなり減量したそうですが、その甲斐あって、謎の多いミステリアスなミキを、最後まで上手くひっぱり、謎を辛さ哀しさに昇華させていました。さすが優ちゃん(彼女は私のお気に入り)。ただ入院患者の病名の大半が摂食障害関係とは、いかがなもんでしょうか?閉鎖病棟にしては、症状が軽く思えました。鬱や多重人格などは描きにくいし、明日香を作品の中心にするためには、しょうがなかったかもですが、この辺はもうひと工夫欲しかったところです。

重い内容を笑い飛ばしながら、かる〜く観られるのですが、観た後しっかり心が満腹になる作品です。世の中悩みのない人はいないでしょう。観た後、もうちょっと頑張ってみようかなぁと思わせる、そんな元気というより勇気の出る作品でした。お勧めです。


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