ケイケイの映画日記
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2007年10月14日(日) 「パンズ・ラビリンス」




こんなに苦い内容だとは。こんなに哀しく切ないとは。ダーク・ファンタジーと聞いてたので、暗目の「不思議の国のアリス」風な、シニカルでユーモアのあるファンタジーだと勝手に想像していました。監督のギレルモ・デル・トロが「デビルス・バックボーン」に続き、フランコ政権下に抵抗する人々を描いた作品です。

1944年のスペイン。内戦終結後のフランコ政権下の人民は独裁政権に苦しみ、秘かにゲリラ活動も盛んでした。仕立て屋の父親を亡くした少女オフェリア(イバナ・バケロ)は、母カルメン(アリアドナ・ヒル)の再婚相手であるビダル将軍(セルジ・ロペス)と暮らすため、とんでもない山奥までやってきます。カルメンは臨月で、ビダルは出産はここでと主張したからです。冷酷な義父ビダルが好きになれないオフェリアは、孤独を噛みしめます。そんな彼女に何くれとなく心を砕く女中頭のメルセデス(マリベル・ベルドゥ)。ある日昆虫の姿をした妖精と出会ったオフェリアは、妖精の導きで迷宮へと足を踏み入れます。そこは「牧紳」パン(ダク・ジョーンズ)がオフェリアを待っており、彼女こそ地底の魔法の国の王女の生まれ変わりだと伝えます。そしてオフェリアが真の王女になるためには、三つの試練を乗り越えねばならないと伝えます。

最初オフェリアを演ずるイバナを観た時、私は花がほころんだような、お人形さんのような美少女が出てくると思っていたので、少し意外でした。彼女も確かに愛らしいのですが、芯の強さと賢さ、そして無垢さが先に感じられる子です。しかしのちの展開を観だすと、あぁこの作品のヒロインはイバナでなければと、すごく納得出来ます。

ビダルの冷酷さを感じるオフェリアは、何故彼と結婚したのかと母に問います。「大人には大人の事情があるのよ。あなたも大人になればわかるわ」と答えます。子供を女手一つで育てるのは、いつの時代も大変です。権力者に寄り添うのは、確かに賢い選択かも知れません。しかし晩さん会で馴れ初めを問われて答えるカルメンからは、不実な匂いも感じるのです。それはビダルが権力者であるということからだと思います。「ママは一人ではないわ。私がいるじゃない」と言うオフェリアの言葉が痛々しく響きます。幼い我が子を胸に抱きながら眠るときほど、母親が安らぎと明日への力を得ることはありません。それはもう男の腕枕で眠るなんかの比ではありません。娘オフェリアを抱きながら眠るカルメンを観て、女としてのか弱さを感じます。

カルメンの生き方は、レジスタンスとして活動する人々とは対照的です。母に対する嫌悪感を胸に押し込め、慕情だけを露にするオフェリアは、気丈な子です。パンの与えるラビリンスの試練を必至で乗り越えようとするオフェリアの姿は、彼女を抑圧するもの=ビダルや母への抵抗に感じました。地上では大人たちが生死かけて、やはり必至でレジスタンス活動をしており、ラビリンス内のオフェリアと重なります。

ビダルの描き方は極端過ぎるほど冷酷で残酷。凄惨な殺人場面や拷問シーン、まだ子供である妻の連れ子を、底冷えのする目で見つめる様子など、本当に怖いです。しかしやはり晩さん会の会話や、カルメンのお腹の子を男子と決めつけている様子は、彼の中にある、自分と亡き父とのわだかまりを修復したいように感じました。亡くなった父親が軍人だったというのが、キーポイントかと感じ、長く安定しなかったスペインの政局が、ビダルの性格を作ったように感じました。

女中頭のメルセデスが印象的です。レジスタンスである弟を、自分のあらん限りの力を注いで助けようとする姿は、姉というより母親の強さです。オフェリアの境遇に同情し、愛深いまなざしを向ける彼女を、私も好きになりました。最初は弱腰であったのに、最後には医師として人としての良心を貫く医師も含めて、登場人物が何故そう感じたのか、何故そうなったのかが、観客にしっかり伝わる秀逸な描き方です。

ラビリンスでの場面は、まさにダークなファンタジックさで、妖精やクリーチャーの造形も愛らしいとは言えず、少しホラーめいていました。パンと二番目の印象的なクリーチャーを演じるのは、なんと「ヘルボーイ」で、インテリかつ優雅な風情がとっても素敵な、半漁人のエイブを演じていたダグ・ジョーンズと知り、すっかり嬉しくなりました。エレガントで陽気だったエイブと比べると、今回はやや悪役ですが、この作品の狂言回し的なパンを印象深く演じています。

作品の終焉が近づくにつれ、作り手の意図が明確に顔を出します。しかしその意図は、観る人により様々だと思います。私は思いもかけないオフェリアの行く末に狼狽しました。そして次々と過去の情景が浮かぶのです。オフェリアが最初からパンに対し平静でいられたこと、恐ろしいクリーチャーにもそれほど恐れているように思えなかったこと、そしてメルセデスの言葉です。「私は母から、パンに出会ってもついて行ってはダメと言われたわ」と言う言葉。過酷な境遇を乗り越えるため、幼いオフェリアが自分に課した戦いだったのだと思うと本当に辛く、胸をつかれました。と同時に、辛さだけではない幸福感も漂わせる幕切れはお見事で、きっと語り継がれるラストになるかと思います。

メルセデスもオフェリアも命がけで弟を守る姿に、表裏一体のような魂の繋がりを感じました。か弱いカルメンには、それに相応しい行く末が用意されていましたが、そこに赦しを感じ深い感慨を残します。ファンタジーというカテゴリーで、これほど深く現実を表現し感動させる作品は、今まで観た記憶がありません。独裁政権の様子はかなり血生臭く、そういう描写が苦手な方には辛いシーンもありますが、そう言う場面は目をつぶっていただいてもいいので、是非ご覧頂けたらと思います。


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