ケイケイの映画日記
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2007年06月14日(木) 「あるスキャンダルの覚え書き」


はぁはぁはぁ!昨日のレディースデーは満員で追い返され、やっと今日観てきました。昨日割引券をゲットしてきたものの、私の鑑賞料としては、マックスの1500円払ってきました。今年1500円払ったのは
「善き人のためのソナタ」だけです。しかし考えてみれば、私の天敵の「男に溺れる子持ち女」が出てくるのですが、脚本と演出そして演じる人で、ここまで理解出来るもんなんですねぇ。

老教師バーバラ(ジュディ・デンチ)は、その偏屈で厳格な性格ゆえ、同僚教師・生徒から疎まれる孤独な環境でした。そこへブロンドの美しい美術教師シーバ(ケイト・ブランシェット)が赴任してきます。シーバに憧れの感情を抱いたバーバラは、彼女に接近。首尾よく親しい間柄になりますが、シーバには15歳の教え子スティーブン(アンドリュー・シンプソン)と深い関係だという秘密がありました。最初二人の関係に怒るバーバラですが、このことで彼女に貸しを作り、シーバを支配しようとします。

年齢差も環境も全然違う二人ですが、私には両方人として未熟に感じました。バーバラは毎日日記を書きます。これが人の観察が多いのですが、とにかく悪意に満ちています。シーバの家族に対しての記述など聞くに耐えません(独白で観客はわかる)。なるほど、これでは嫌われるわなぁ。

レズビアンのようにも見受けられますが、これは違うと思います。「バスの運転手に触れられるだけで、下半身が疼く」との独白の運転手は男性だと思います。「誰もこの体に触れたことがない孤独を、シーバなんかにわかるまい」という独白が続き、彼女は60前後にして処女だとわかります。この年まで男性を知らずに来た人なので、男性が怖いのでしょう。少女期に異性が怖く、身近な憧れの女性に恋に似た感情を抱くことはありがちですが、性愛の面では、バーバラはまだ少女なのでしょう。この年齢で乙女チックな情感を見せられると、かなり醜悪で滑稽ですが、孤独から逃れたいため、シーバを我がものにしたい暴走・迷走ぶりには痛々しいものもあります。

対するシーバは、年の離れた夫リチャード(ビル・ナイ)とは、かつて教師と教え子と言う関係で、夫は離婚して彼女と結婚。ミドルティーンの娘とダウン症の10歳の息子がいます。息子の世話に明け暮れていた彼女が、息子の入学を機に何か自分もしたいと、仕事を始めたのはよく理解できます。シーバは一見孤独ではなかったはずで、諸々問題はあっても、彼女なりにクリアしてきたはずで、家庭に疲れてスティーブンに逃避したのではないと思います。

女が一生懸命家庭に尽くす時、自分自身はないがしろになりがちなものです。そして自分の時間が出来るようになった時、妻と母だけの存在になった自分に愕然とするのです。夫や子供に囲まれての生活は幸せで文句がなくても、失った時間は悔やむ気持ちは起こるものです。そこに折り合いをどうつけるか、主婦には重要な問題のはず。しかしシーバが折り合いをつけようとした教師という仕事は、自分の力不足を痛いほど感じさせ、彼女を追い詰めていくのです。

私が30前の頃読んだ故森瑤子のエッセイで、「35歳の時、私はセックスをやってやってやりまくりたかった」との記述があり、私もそう思うのだろうかと記憶に留まりました。35歳の時とは、自分の時間がもてるようになり始める頃で、セックスをやってやって、というのは、年齢から容色の衰えも目立つ自分の、女を確認したいがためだと、のちの私は理解したものです。シーバはたぶん30半ば。「どうして孤独を私に打ち明けてくれなかった」と夫は言いますが、年齢のいった夫とは精神的な愛で結ばれていても、セックスはもうなかったのかも知れません。

そんな「隙」の生まれたシーバの前に表れた、彼女にありたっけの愛を示す紅顔の美少年。自分にも覚えのある少年の敬愛に、嘘がないと思ったのでしょう。この辺に早くに家庭に入り、世間知らずのシーバの善良さと無知が感じられます。「もう一度したい?」と15歳の少年に言われ、「もう一度したい」とはにかみながら答えるシーバからは、淫乱・妖艶という言葉ではなく、結婚前の20歳の乙女に見えるのです。

シーバの秘密をバーバラが知ってからの展開は、ホラーめいてきます。どんどんシーバの家庭に入り込んで疫病神のようになっていくバーバラ。明るみに出るバーバラの過去から、彼女は反省も学習も出来なかったようです。バーバラしか頼るところがなくなったシーバは、バーバラの計算通り。

シーバの秘密が露見するきっかけは、ちょっと疑問が残ります。あのような実も蓋もないことを、親しくもない相手に頼みにくるでしょうか?この辺は少し苦しい気がします。もうひとつ気になったのは、シーバの母親。「あの子は今まで美しさだけでやってきた。才能も実力もない」と断罪するとは。これが障害児を抱え、結婚のいきさつからも常に良き主婦でいなければと、一生懸命頑張ってきたわが娘に対しての評価でしょうか?不道徳な行いをしたシーバ以上に母親として失格だと思います。シーバが年長のバーバラに感じた親しみは、満たされない母との関係から起因していたと思います。シーバの孤独は、母親との関係から遡ると感じました。

オスカー受賞者の主演の二人はさすがの好演です。デンチはスパイの上司かから女王陛下までなんでもこなす人ですが、観客からは嫌悪されなければ話が成り立たないバーバラを演じて絶妙。痛々しさも感じさせながら気持ち悪さと腹立たしさが勝つ演技です。ブランシェットは、私は強く知的な印象があったのですが、初登場シーンから柔らかく危うげな色香がいっぱい。今までに観たことのない彼女でしたが、私の天敵女を演じて理解も共感もさせるのですから、やっぱりすごい!ビル・ナイは、くたびれた初老の姿の奥に、度量の大きさを滲ませる夫で素敵でした。

ラストはもう一捻り欲しかったところ。ブラックな落ちより、私は救われるか、これまでの代償に砂を噛むような両極端の落ちが似合ったと思います。バーバラはシーバに似合わない家族から救ってやったと言い放ち、リチャードは運命の人ではないと言います。私は違う思う。連れ合いに縁のあるなしはあっても、運命の人などいないのです。運命の人であるかは、結婚してからの努力次第。かつてはパンクな気の強い化粧が似合ったシーバですが、今の彼女には全然似合わず、素顔を生かす優しいメイクが似合うのが物語っていました。人の運命は良くも悪くも変わるものです。


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