ケイケイの映画日記
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2006年12月17日(日) 「王の男」


素晴らしい!劇場で10回は観たんじゃないかという予告編を観る度、待ち遠しかった作品です。若干ツメが甘いなと思う部分もありましたが、観ている間の胸の高鳴りやラストの爽快感は、在日を描いた「力道山」に感じた時とはまた別の、私はやはり韓国人なのだなと思わせてくれます。公開当時韓国では17週のロングランを続け、歴代観客動員の新記録を樹立した作品です。監督は巨匠でもなんでもない、イ・ジュンイク。それもすごい!

幼い頃より共に旅芸人として暮らすチャンセル(カム・ウソン)と女形のコンギル(イ・ジュンギ)は、一座の花形です。ある事件のため、二人は田舎町を出て、国一番の芸人になろうと都である漢陽にやってきます。漢陽は、暴君で知られる王ヨンサングン(チャン・ジニョン)の噂で持ちきりでした。キーセン上がりの王の愛妾ノクス(カン・ソンヨン)との話を絡め、面白おかしく大道芸を繰り広げる彼らは町で大評判に。それを聞きつけた王の重臣たちに捕らえられたチャンセルたちは、王の前で芸を披露し、王を笑わせたら許しを貰えることに。コンギルの妖艶さが気にいったこともあり、王は彼らの芸に笑いをもらします。王の言いつけで、宮廷で生活することになった一座ですが・・・。

まず大道芸が素晴らしい!サムルノリの音に合わせてのコントを絡めての綱渡りは大変躍動感があり、ウソンの張りがあって声量のある、少し高めの声にも聞き惚れます。ほとんどスタントなしで、ウソンとジュンギが演じていたそうですが、これはあっぱれ。色鮮やかな衣装を身にまとい、やはり華やかな色彩の街中や宮廷での芸の宴には、目を見張る物があります。

主要人物三人には、それぞれ見せ場も与えキャラ立ちも明確です。チャンセルとコンギルの関係は、京劇が舞台の「覇王別姫」の二人を彷彿させるものがあります。方や国の伝統芸能の継承、方や折々の時勢の風刺など、自分でネタを作る底辺の大道芸です。京劇ももちろん素晴らしいのですが、自分の四肢とおつむが全て飯の種という自由自在さを、チャンセルとコンギルから感じました。裸一貫で生き抜けるたくましさですね。兄弟のような、親友のような、あるいは男女の愛のような感情もあったのかも知れませんが、私は性的な匂いは感じず、兄弟的な縁の深さを感じました。

当時の旅芸人というと、最下層にあたると思います。しかしチャンセルは権力や金の力に屈することのない、気骨溢れた男です。誰にも縛られず、己の大切な人は何があっても守り、芸に関しては頑固なプライド見せるその様子は、失くす物のない人間の強さと自由さ、そして彼の闊達な人柄を表しています。演じるウソンはとにかく芸達者。男気溢れるチャンセルを、とても魅力的に演じています。

対する王は、常に名君の誉れ高かった父親と比べられ、幼い時に母と死に別れた(それも残酷な理由)ことが原因で、今でいうアダルトチルドレンのような人です。それに最高権力が加わるのですから、幼稚で暴力的なとんでもない男なのですが、その背景を知ると、彼に同情心が沸いてきます。権力者の孤独と不自由な立場は、最下層のチャンセルと皮肉な対比になっています。演じるジニョンは、暴君的に振舞う時の狂気、コンギルを知ってからの、幼い時分の愛を取り戻したいかのような病んだ部分を的確に演じ分け、秀逸です。

コンギルはその美貌で同性をも魅了します。彼には妖艶さよりも母性を感じました。王が眠る時流した涙をぬぐう彼。王にはそんな人はいなかったのでしょう。愛妾のノクスは王の権力を愛しているわけで、王自身を愛しているのではなかったでしょう。王の涙など、見た事もなかったかも。最後まで王の行く末を案じる老重臣には、王に対する心からの忠誠心があったでしょうが、それもやはり王自身ではなく、その立場を重んじていたから。王の寂しさや辛さを察したのは、コンギルが初めてだったのだと思います。

自分も孤児同然だったはずのコンギルの母性的な与える愛は、どこから来たのでしょうか?コンギルとチャンセルが同室で眠る時、そっとチャンセルがコンギルに布団を掛け直します。その時そっと目を見開いたコンギルは、この暖かい心を、王にも感じて欲しいと願ったのではないでしょうか。コンギルをこのような優しい男に育てたのは、影になり日向になりコンギルと暮らしてきた、チャンセルだったように感じました。

チャンセルにその自覚はなかったはずで、一見チャンセルの方がコンギルへの思いが強いような印象ですが、チャンセル以上にコンギルにとっては、チャンセルはなくてはならない存在だったはず。それを随所に張り巡らせ演出が心憎いです。

少々ツメが甘いと感じたのは、王の造形です。あれでは少し精神に異常をきたした人のようです。そうではなく、まともな精神状態に描いていたら、彼の行いにもっと震え怯えた感覚が残るはずで、より狂気が感じられたでしょう。あの様子では仕方ないような、同情心が沸いてきて、重臣の方が悪く描かれていた気がします。主君に逆らう家来の無念さや辛さも描き、ただのわからずやではなく、本当の意味での冷酷無残な国王として描けば、もっとコンギルに執着した部分も盛り上がったと思います。とはいえ、これでも充分に満足していますが。

数奇な運命を辿るこの三人のラストは、やはり張りのあるチャンセルの大道芸の始まりを告げる声でスタートしました。この演出に、私も息を吹き返したようなコンギルと同じく、生命力を感じました。一世一代とも言える二人の芸に心躍らし、哀しい末路にも爽快感とカタルシスを感じさせました。もう一人、王の愛を取られ、あれこれ策略をめぐらせたノクスが、愛妾として男をとろかすプロとして、最後に見せた女の意地にもグッと来ました。彼女もまた高級娼婦のようなキーセンの出で、最下層の人。人品や格は出身層にあらじ、その心栄えに全て有りと言うことで。


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