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ひとりごと〜リターンズ〜
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2002年01月31日(木)
あけてびっくり、なんじゃぁこりゃぁ!!

夕方頃、俺は非常にそわそわしていた。
就職先からは、1月中に配属先が決定すると聞いていたのだが、まだ連絡が来ない。
何度も何度もメールチェックするのだが、メールはまだ来ない。
しかもこういう時に限ってネットに繋がらなかったりするし。

今日はもう来ないのだろう・・・と諦めていた頃、携帯電話が「月下の夜想曲」を奏でる。
夜9時。
就職先の採用チームの代表番号だ。

「夜分にすいませんね」
といいつつ、少し急ぎ気味で用件を伝えてこられる。
恐らく、今日中まだ他にも何人か電話しなくてはいけないのだろう。

彼曰く。
「配属先決定いたしました。
 本当にこれがいいことなのかどうかはまだちょっとわからないんですが・・・」
軽くもったいぶった後で、キッパリサラッと口にしたその店名は・・・











(続く)
























嘘嘘、続きません。

その店名は、比較的近所のあの店舗だった。
以前就職活動の過程で見学にも行った店舗で、当時の店長にもあったことがある。
(多分今年もあの人が店長なのだろう。)

一瞬呆気にとられ、すぐに持ち直す、この間恐らく0.2秒ほど。

「はい、わかりました。」
後はいつもどおりの余裕を取り戻して、会話をおさめた。

むぅ・・・・あそこだったら自転車で通えてしまうじゃないか。
ということは実家住まい継続か・・・・むぅ・・・。

ま、ララと離れなくて済むのはちょっぴり嬉しいが、(←バカ)
その他の色々なことを考えると他地域に行きたかった様な気もするってのが本音だなー。
いや、実際関東以東へ行くであろうとタカをくくっていたので拍子抜けだったりします。

はぁ。
って、おい、そこ!喜ぶな!!
はぁ・・・。

ま、いいや、1年目は金ためよう・・・・。



2002年01月30日(水)
ムーンライトながら

往路のムーンライトながら(上り)は随分とガラガラだった。
が、
復路は指定席も自由席も結構な込み具合。
理由はよくわからんが指定席とってて良かった。

ムーンライトながらは午前6時50分頃大垣に着く。
ここまで来ると電車の乗り継ぎもいいので、かなり関西圏に帰って来た気がする。
(注:大垣は本当は関西ではありません。)

そして・・・・京都には9時に到着した。

この間、大東君と会った時に、俺が以前よく言っていたラーメン屋「なか房」の話になった。
大東君を連れて行ったら、彼はいたく気に入ってしまったしょっちゅう通っているらしい。
で、大東君が言うには、あの店には、近所の学生はみんな行ってるんじゃないか、ということだ。
知らない間にそんなに人気になっていたのか・・・。
学生の口コミというのは恐ろしいものだ。

そして、当然のように突然ラーメンを食べたくなった俺は京都で途中下車をする。

・・・・が。
この時間、まだ開いてないよな。。。
今から鞍馬口まで向かっても・・・・まだ時間早いよな・・・。

仕方がないので朝食は京都駅近くの新福采館(ここも美味いと有名)に決定。
一度行ってみたい、行ってみたいと思ったまま行ってないままだった。

が・・・・。

「水曜定休日」

ギャグのような展開に唖然。

更に仕方がないので、そのすぐ近く(というか隣)にあるラーメン屋に入店。
あえて名前は出しません。

何故なら・・・・あまり美味しくなかったから・・・・。(涙)



2002年01月29日(火)
伊豆の城山(じょうやま) 

何故か民宿で目覚める俺と百田君。
テントまで入った大荷物を持って来といて何故こんなところに泊まっているのか?
思わぬ臨時収入で1万円を手にした(♪)俺と、社会人の百田君。
この二人、実は民宿等に泊まった経験が少ないので、相場を知らなかった。
が、なんか色々調べてるうちに4000円で素泊まりできることがわかったので、それなら・・・
と奮発したのだ。

朝になって、有給を取って来る予定だった木下君から電話が入る。
昨夜から体調を崩し、来られそうにない・・・・とのことだ。

「なんの為に有給取ったかわからんから行きたいんやけどなぁ」
食中毒で来るなって。
きっと身体を休めなさいと言う天の啓示ですよ。

そういうわけで、今日から合流して3人で登る予定だったのがまたもや百田君と二人。

今日は昨日と違って奥の方にある岩場を散策してそこら辺を登ったが・・・
いまいち、どれがどの岩かよくわからん。
ルートの割り出しに時間をとられて、思ったほどたくさんは登れなかった。


そして、帰る時間がやってきた。
少々慌しく温泉に入ったら、百田君は新幹線に乗ってさっさと帰ってしまった。
明日も仕事か、頑張れよー。

そして俺は、深夜1時50分沼津発のムーンライトながらで帰るために暇つぶしを開始する。

先ずは夕食から食いに行くかねー、と沼津駅周辺をうろつく。
「1月一杯で移転するため、1が31日までは全品20%オフ」
との張り紙を発見。
よし、ここに決めた!



2002年01月28日(月)
伊豆の城山(じょうやま) 

話は昨日の朝にさかのぼる。
JRの駅で、駄目もとで聞いてみた。

「今夜大垣からでるムーンライトながらの指定席空いてますか?」
なんと余裕であった。
むっちゃ出かけるつもりやった俺は、大きい荷物を持って引き返し、
夜、改めて出発したのだった。


夜間快速のムーンライトながらがAM3時前に沼津に着。
沼津でしばし寒い思いをしながら始発を待ち、三島へ。
三島から伊豆箱根鉄道で大仁へ。

大仁駅を出たら、そこには温泉の噴水(?)のようなものがあり、
伊豆の踊り子のたて看板のようなものがあり、妙に風情を感じる。

百田君との待ち合わせ時間は午前9時半。
俺は、それまでの約3時間以上、日当たりの悪い駅前で、
「新撰組血風録」を読んだり、座って仮眠を取ったり、
微妙に日が差してきたところへ日光浴に行ったり・・・淋しく過ごした。

天気は物凄くよく、目指す城山は駅を出て振り返れば綺麗にそびえている。
あの平らな奴が南壁だろうか?
百田君と合流したら先ずあれを登るのだろうか。
そんなことを考えながら、寒さを紛らわせるために、また無意味に歩き回る。

こうやって待ってる間にも、これから他所の町の学校へ行くために、
駅から電車に乗っていく高校生たちや、
逆によその町から電車に乗って来たと思しき高校生たちが前を通り過ぎていく。

彼らの目に、俺はどう映っているのやら。
我ながら怪しいやつだなぁとは思う。

早く来てくれ・・・百田・・・俺は暇だ・・・・。



2002年01月27日(日)
伊豆の城山(じょうやま) 

今日から伊豆、城山へ岩登りに行く。

珍しく連休の百田君は新幹線で明日の朝、伊豆に到着する。
有給取った木下君はあさっての朝、新幹線でとうちゃくする。

俺は新幹線代がもったいないので鈍行で行く。

だから・・・・今日出発になったのだ。

そして1人でテントを張って寝る。。。と。。。


大仁町は結構、普通の町らしい。
特に田舎で、キャンプに適している、とか言うわけではないらしい。
なんだか難儀しそうな予感だな。。。

ということで行ってくる!!









2002年01月26日(土)
ララの観察 その

今週はちょっとバイトしすぎた。
4月に入社するまでは、バイトと遊びの比率を3対7ぐらいにしようと考えている。
ということで今日は休みだ。(強引)

ときに身体を休めると言うことは必要なことだが・・・・。

それはそれで暇なことでもある。

母親の教育のために手を出さなかった、ララの散歩。
今日はちょっとやってみようか。

って、ララ?
なんか話に聞いていたほど走らないぞ、こいつ。
どうしたのだろう、俺が気に入らないのか?

なんか足の様子がへんなんだが。。。

後で聞いた話だと、親父が昨夕散歩に連れて行ったときコケたらしい。
親父ではなくララが、である。

それで右足を打ち身したらしい。

どうりであさから大人しいと思った。
どうりで歩きたがらないと思った。

犬は喋れないから、そういった様子から気付いてやらねばならんのだな。
なかなかに難しいものよ。







2002年01月25日(金)
腹痛・・・・しかも・・・・

今日、おなかを壊したと言ったら出来すぎだろうか?

しかし、そうなのだ。

原因は明らかに、昨日のあれだろう。

朝から何度トイレに駆け込んだだろう。

そうして俺は誓った。
もう2度とビックリマンチョコには手を出さないと。

そしてこれは何度目の誓いだったのだろう・・・・・。



2002年01月24日(木)
とある工事現場の話

うちのバイト先では、現場に行くと夕食には1000円の食事手当てがつく。

領収書は必要だが、これで何を食べようが、自由だ。

「1000円ってことは、ビックリマンチョコ16個ぐらいですかね?」
「そうやな、面白そうやからやってみたら?」

で、やった俺って一体・・・・。

力一杯栄養が偏りそうだし、なにより太りそうなのだが・・・・。

ていうか、里中さんが個人的に買った2個と合わせて18個をレジに並べた時の姿・・・。
ある意味凄いもんがあったわ・・・・。


ところでビックリマンチョコって3個も食えば気持ち的にはおなか一杯ですね。
気合で全部食ったけど。



2002年01月23日(水)
とある工事現場の話

ネタのような話を実践してしまった。
先ず、やや汚い話になるのを前もって宣言しておきます。
許してくれ。




俺は、ここ数日便秘気味だった。
夕方頃、現場で作業中に、物凄くトイレに行きたくなった。
もうすぐ終わる時間だったので我慢していた。

出張所へ帰ったら一目散にトイレに駆け込んだ。
ここで出しておかないと、また便秘が継続してしまう。
それは避けなくてはならない。

そして用を足してから気が付いた。


「紙がない!!!」

こんな漫画みたいな事体が実際に、しかも自分に起こるとは思わなかった。
幸い、俺の叫び声から、里中さんがトイレットペーパーをドアの前においてくれたおかげで事なきをえたが・・・・

世の中何があるかわからないものね。



2002年01月22日(火)
とある工事現場の話

今日は昨日とはうってかわって良い天気。

が、同時に寒くもある。
でもそんなことは問題ではない。

今日からは、俺にとって本格的に仕事が始まった。
昨日の分はほとんど仕事がなくて同じだけの給料がもらえてしまうのだが、
俺にとってはすることないほうが苦痛だった。

ということで、頑張っていこうか!?






2002年01月21日(月)
とある工事現場の話

昨夜は移動だけで終わったが、今日からは本格的に現場作業だ。

雨は降っているが、作業はする。

が・・・・。
今日は俺はすることがなかったので、基本的にはぼーーーっとしていた。
時々は里中さんが写真撮るのを手伝ったりもしたが、それも稀。

本当にすることがなかった。

ボーっとしてると眠くなってくるし、眠そうなのがわかるのだろう。

現場監督っぽい人に。

「おい、寝てて倒れて怪我すんなよ!」
といわれてしまった。

失礼な、そんな阿呆なことはしませんよ。
眠かったのは認めますけどね・・・・。



2002年01月20日(日)
初登り2002

足首をいたわって、ということもあり、今年はまだ一度も登っていなかった。
今日が2002年始めてのクライミングと言うことになる。

藤原さんや、藤原さんの職場のバイト数名と行く予定だった岩登りは・・・
藤原さんの仕事が終わらなかったため中止。

以前から声を掛けていた河村君(仮名)には俺から誤り、
仕方がないので二人でいつもの烏帽子岩に行くことになった。

JR道場駅に着いた丁度その時、不吉に振動する俺の携帯。

・・・・。

しょうがない。
河村君も工学部なんだから、発表だ、レポートだで忙しいんだ。
かなり遅れそうだって言うのも、ちゃんと連絡あったし、しょうがない。

で、何故か行き先はクラックス大阪に変わっていた。
待ち時間にボルダリングなどが出来ること、パンプ大阪の場所を河村氏が知らないことなどが理由だ。

・・・・。
ま、いいか。

結局今年の初のぼりも人工壁の、しかもボルダリングから始まったのだった。


夕方、早めに切り上げてバイト先へ向かう。
出発したのは夜の9時過ぎ。
俺と里中さんは現場の仕事に向けて、名古屋へと走る!(明日へ続く。)



2002年01月19日(土)
次週の予定

来週以降の予定です。

先ず、明日1月20日は、
バイト先の藤原さんや、他のバイトの人々と岩登りに行く予定・・・
だったのだが・・・。

夜、メールチェックしたら藤原さんからメールが入っており、

「仕事は終わりそうなのですが、ぎりぎりになりそうなので。。。」

中止と言うのだ。

仕方がないので、もう1人別の人と、いつもいく烏帽子岩に行くことに・・・

それを夕方4時ぐらいで切り上げ、家に帰ると6時ぐらい?
バイト先に向かい、8時ごろ?
バイト先から名古屋の出張所に向かって出発します。
その後、木曜日までは名古屋で仕事。
金、土は大阪で内業して、日曜日からは百田君、木下君と岩登りするために、
伊豆の城山へ行く。

と言う感じで、来週以降は随分予定がつまっているので・・・。
日記が更新されなくても淋しがらないように。

ではまた。



2002年01月18日(金)
2日目

昨夜はやはり疲れていたのか、布団に入ったらすぐ寝てしまった。
藤原さんはその後も働いていたらしい。

今朝も、疲れが取れていなかったのか、7時半を過ぎても目が覚めなかった。
結局起きて動き出したのは8時20分頃。
藤原さんは既に働いていた。
一体何者だ?

まぁ、いい。
とりあえず俺は朝飯を買いに行く。
藤原さんの分もなんか買ってきましょうか?

「俺はええよ、これがあるから。」
といいながらなんかジュースを見せる。
バナナ味の豆乳飲料、200ml入り。

足りるのかよ・・・・本当何者だ??


超人だな・・・この人。
俺は9時間ぐらい寝てまだ眠いと言うのに・・・。

しかし・・・それだけしても仕事はけりがつかなかった。

明後日は藤原さんたちと岩登りに行く予定。
天気が微妙なのもあるが、藤原さんの仕事しだいでは中止になる可能性もある。

頼む・・・明日行く人たち。。。終わらせてやってくれ!!!




2002年01月17日(木)
バイト先近況。

この時期、バイト先は忙しくなる。
藤原さんは最近特に忙しいようで、俺も仕事に困ることがない。
が、逆に一度行くとなかなか離してくれないと言う問題もある。

今日も随分と仕事がたくさんあって、
しかも納期が近いので随分遅くまで働いていた。
9時半頃だったか?

仕事が終わったころに、藤原さんが俺ともう1人のバイトを飯に誘ってくれた。

ロイヤルホストでハンバーグを食べるのって久々かもしれない。
しかも藤原さんが奢ってくれた。
ああ、なんてありがたいこと・・・・。

と食後に思ったときには11時近くになっていた。
今から1時間半かけて帰って、明日また7時半に起きて出てくる・・・。
めんどいなぁ・・・・。
と思っていたら。

「え?帰るつもりやったん?」
ああ、そうか。
忘れていたが内のバイト先には宿泊施設があったんだ。

家に帰って布団に辿り着けず床で寝るよりはよっぽど良いか。

って・・・いうことは明日も朝早くから働くのでしょうか?
いや、そんなことは深く考えず、とにかく今日は寝るんだ・・・・zzzz。



2002年01月16日(水)
テレビの怪

最近テレビの調子が悪い。

実家で使っているこのテレビはかれこれ5年ぐらいになるのだろうか、買ってから。
画面はワイドで、結構でかい(何インチかはしらん)。
ビデオはもちろんのこと、最近ではケーブルテレビも搭載されて、
かなり使いみちはアップしている。
今期は俺が気合入れてドラマを見る予定なので、活躍の機会も更にあがりそうだ。

・・・・が、時々調子が悪くなるのだ。

映らなくなる。
全然。
音は聞こえる。

主に、テレビをつけてすぐが不安定のようだ。
この時適度に電源をオン・オフするとすぐに治る、時もある。
大体はそうなのだ。

が、今日はすこぶる調子が悪かった。

何が何でも画面が映らなかった。
楽しみにしていた「ロングラブレター・漂流教室」の時間になっても治らない。
しかたないので音だけで楽しんでいた。

バイトで遅くなって見られなくなったときのために、一応ビデオも回っている。
好奇心が働いたのでそのままにしていた。
こういうとき、ビデオはちゃんと映っているのだろうか・・・と。

結論は○。
後で確認したらきちんと映っていました。

どういう原理かは知らんが・・・・
ま、他チャンネル撮ってても電源切ってても映るんだから当然っちゃぁ当然かな。

10時ごろ、また電源切ったりつけたり色々試していたら、
何の脈絡もなく突然クリアに映り始めた。

・・・・結局何が原因なわけ?

よくわからんが、「続・平成夫婦茶碗」は無事見られました。とさ。



2002年01月15日(火)
レンタルビデオCDショップ。

最近何をどれぐらい日記に書いて、何をどれぐらい人に話したかを記憶していない。
もっとも難しいのは日記をも読んでいる友人との会話であったこと。(該当者3〜4人)
「○○の時○○なことがあってさー」
「ああ、書いてたね。」

基本的に、一度言ったことを繰り返さぬようにはしてるつもりだが、
日記に至ってはさすがに覚えてはいない。
しかも、相手はリアルタイムで読んでるわけではないんで、
俺自身忘れている1年前の事象を持ち出してくることもある。
これは相当驚く。

「なんでそんなことを!?」
「読んだ」
「。。。」

いや、そんなことはどうでもよく。
なんでこんな話を始めたかと言うと、

我が家の近くにはレンタルビデオCDショップがない。
2軒程あったんだがどちらも潰れてしまった。
と言うことを既に日記で書いたかどうか忘れてしまったのだ。
で、バックナンバーを確認するのもめんどいので。。。
壮大な言い訳に踏み切ったと言う次第。

そんなわけで、今日はバイトを休みにして午後から隣町のレンタルCDショップに行ってきた。

かれこれ5ヶ月ちょっと行ってなかったし、
バイト先の里中さんの分も頼まれたりしていたので計20枚ぐらいのシングルを借りてきた。
笑えるのは、「波乗りジョニー」と「白い恋人たち」を同時に借りてることとか?
季節感無茶苦茶で御座います。

あ、後は帰ってこれを編集して、今日中に返さないと・・・・。
当日に返す料金は1泊二日よりも安いと信じているのだが。。。本当かな?
(ただ単に明日行く時間がなさそうだっていうのもあるが)

この店、午前2時まで空いてるのが助かるわ。
今後もっと利用するかも・・・・?(って3月までか。)



2002年01月14日(月)
続・完治せぬ足首


バイト先で藤原さんに久々に会った。
足首のことについて、少し話した。

大概長いし、もう慢性化してるのは間違いなさそうだ。

「もう、治らないと思ってそういうものだと思ったら?
 みんな故障を抱えながらがんばってるよ。」

みんなってことはないと思うんですが・・・。
でも正直それは俺も思っていたところだ。

今まで、約4ヶ月は足の痛いのを耐えながら岩登りやなんかもやってきた。
(それが悪化した原因であるのは間違いないが。)
が、ここ2週間以上、クライミングを完璧に控えている。
相方がいなかったとか、そういうつっこみは禁止ですが。

でも、それってつまり、我慢したら多少は痛いけど出来るってことよね?
藤原さんの意見にも一理あるのだ。

とにかく、どちらにせよ、後1週間、次の日曜日(あ。1週間きってる)は、
出来るだけ足を使わないように気をつける。

それ以降は。。。開き直る?(をい)
また、そん時考えたらいいやんねー。



2002年01月13日(日)
大阪梅田でミーティング


百田君、大東君と大阪は梅田でミーティング・・・・
はい、いつもどおりですね。
大して面白くとも何ともないか??

えっと、一応、その前後に、ちょっと大阪の、街をぶらついて見ました。
せっかく行くんだからそれなりには歩いとかないと損かなと(?)。

今日の戦利品、てただの買い物の結果だが。
・CDR50枚。
・CDファイルケース。(名称がよく分からんがそういうの。12枚入るのが4冊セット)

・・・・そんなもんか。
先日来CDRを切らしていたから、この機会に補充しておいた。
これでしばらくはもつぞー。



2002年01月12日(土)
足首優先。

足首の治療に専念すると言うのは面倒だ。
要するに、あまり使わないようにしなければならない。

バイトには行くし、そのためには電車にも乗ってるから、全く使わないのは不可能。
が、岩登りを控えたり、犬の散歩を控えたりはしている。
よく考えたら、まだララを散歩に連れて行ったことは一度もないぞ。

あー、さっさと足治んないかなぁ。
って、慌ててもしょうがないっすね、はいすみません・・・。



2002年01月11日(金)
完治せぬ足首

今日も鍼治療に行ってきた。
3回目か・・・?

「まだ治らない。」

そういうと、なんだか先生も今日は念入りにやってくれた・・・様な気がする。

帰ってみると、いつもより長く時間が過ぎていた。
なんとなくマシになったような気がしなくもないけど・・・・

「まだ痛むようでしたら、火曜日ぐらいにまた来てください。」


ここまで来たら、完全に治るまで通うしかないな・・・。

ところで鍼灸院って保険が効かない場合が多いらしい。
一回3000円の出費はかなり痛い。

って、実家にいる分には、この歳になっても、医療費なんかは親が出してくれる。
本当は自分で出したいのだが、
他にお金をつかいたい(使っちまってもうない。)、
ので素直に親のすねをかじっている。

まぁ・・・・働き始めるまでは。。。なぁ?
(誰かうんと言ってくれ!!”)



2002年01月10日(木)
起床の方法。

お正月ボケですっかり朝に弱くなっている。
まぁ、朝弱くなるのは毎冬のことなのだが、
それにしてもここ数日は恐ろしく酷かった。

これではいかん。
今日からバイトが始まる。(ていうか今日から行き始める。)
のだから、きちんと起きる習慣を取り戻さないと。

きちんと早寝して、早く起きる・・・のが普通だが、
常に最悪の事態を想定して(?)
夜更かししても、きちんと起きる。
そういうリハビリをやってみよう。
(別にそのためにわざわざ夜更かししたわけではなくて、
 昨夜は、やしきたかじんの番組に松山千春が出てて、それが終わったら、  
 8万長者が始まったからそれも見てしまって・・・それだけなのだが。)

先ず、以前は携帯のアラームと、目覚まし時計、家の電話のアラームを、
それぞれ5分ずつぐらいずらしてセットしていた。

が、今回はこれを携帯電話一つでやってみようと思い立ったのだ。

我が携帯電話のアラーム機能は、
全部で10件設定できるようになっている。

もうお分かりかな?

今日は7時半に起きる予定で、最悪でも8時に起きないと間に合わない予定だった。

ので、
朝7時00分
 7時10分
 7時15分
 7時20分
 7時25分
 7時30分
 7時35分
 7時45分
 7時50分
 8時00分

にセットし、それぞれ別の着メロを設定した。

起きては止め、寝る。
起きては止め、また寝る。

この繰り返しが何度か続き・・・。

7時35分のアラームを最後に、起きて活動を開始しましたとさ。

効果的かもしれんが。。。。効率的ではないかも。
特に、他の家族が寝てる時間に起きる時には使えない方法かも。
(いや、むしろこの方が親が真剣に起こしてくれていいかも。
 いやいや、自分ひとりで起きなければ意味がないんだって、リハビリなんだから)

ごっつぅ目覚めは良くなかったけど、遅刻せず、
むしろ余裕をもってバイト先に到着しましたとさ。

ちゃんちゃん。



2002年01月09日(水)
勤務地関連、中間報告。

1月中には配属先が決まるようです。
業態は、ほぼ間違いなくB.D.(←頭文字ね)でしょう。
場所は、どうやら九州はないようです。
    関西も・・・・可能性は低そうです。
    関東、東北、北海道、のどこかですな。

で、1月一杯には店舗名まで決定されるらしい。
       
ので、勤務地が決まったら、部屋探し、引越し等々。
それ関連でまた面談もあるらしく・・・・。
2月20日、オリエンテーションとやらで東京へ行きます。

そして・・・・

3月27日から5日間、北海道の某所で研修に入ります。
           コンビニもないような所で缶詰です。
4月1日、そのままの流れで入社式。
  2日 
  3日 と公休で、
4月4日からは事業所配属。

ということは・・・・3月20日〜25日ぐらいの間には引越しを終えておかないと。

以上、今日の面談でわかった情報です。

これは・・・ちょっと忙しくなってくる兆し?
ああ、なんか今朝久々にスーツに袖を通してから、なんだか体がうずうずしている。
暇な正月も(長かったなー)これで終り、明日からはバイトも始まる。

いそがしいと元気が出てくるって。。。ちょっとそんな性分かもしれない。
そしてそのうち疲れが溜まるのさ、むぅ。



2002年01月08日(火)
人の家ってなんか落ち着きますよね。

昨夜、丁度日付が変わって少し経った頃。
山名君と俺は部室を出て近所のカラオケボックスに向かった。

昨日、山名君はパチンコで3000円をもとでに9万円稼いだらしい。

「これからカラオケフリータイム行きませんか?奢りますよ。」
大東君は誰ぞに呼び出されて既にいない。
山名君と二人で朝までカラオケ・・・?
持つのか・・・?テンション・・・?

しかし、まぁ、せっかくだから行っとこうか・・・。

と、部室の鍵を管理人室に返し、出かける俺たち。
どうも、この時リサーチ不足だったというのに気付いておくべきだった。
一度管理人室に返した鍵は翌朝管理人が現れるまで取り返すことは出来ないのに・・・
(つまりそういう構造なんです、管理人室。)

そして、部室の近所のカラオケボックスに到着。
これでここが閉まってた・・・とかいうと安易にオチが着いてくれるのだが、
残念ながらそうでもない。

中に入って、
「フリータイムで二人。」
「すいません、フリータイムはまだ始まってないんですよ・・・」
と言いながら壁の張り紙を指差す店員。

え?
冬休みの特別料金・・・?
フリータイムは1月7日までの間実施しておりません?
今日は日付変わって1月8日じゃないか!ていう大人気ない突っ込みは聞かないんですね。はい、すいません。

「・・・・とりあえず寒いし、向かいのなか卯でうどんでも食うか?」
「そうっすね。」

引っ張った割に、この程度のオチだったりします。
(落ちてないっちゅぅ突っ込み厳禁!!)

うどん食べて、2時間だけカラオケ行ったら午前4時。
始発の列車が走り出すにはまだ早いが、部室には入れない。

そういえば山名君、家には入れなかったら夜はどうしてるの???

「友達の家に泊めて貰ってます。」
「俺もちょっと始発の時間まで行っても良い?」
「別にいいと思いますよ。」

というわけで厚かましくもそんな時間にお邪魔しちゃいました。
散らかってるんだけど、部屋事体は広い。
まるで山名君の部屋のよう。。。というかそこは山名君と同じアパート。
コタツに入ってくつろいでいると・・・・

眠ってしまった。

目覚めたのは・・・・10時ごろ・・・・。

家主も山名君も爆睡中・・・。

俺もまだ眠い・・・。

もっかい寝よう・・・・。


こうして・・・また一日が無駄に過ぎていく・・・。
これもまた一つの生活・・・。






2002年01月07日(月)
そしてまた、きりたんぽ鍋

うちの大学では、体育会の部室棟が建て直されるとかで、
山名君の所属するサークル等では、部室の引越しが行なわれていた。

で、山名君は実家に下宿の鍵を忘れたらしく、
彼の家でやる予定のきりたんぽ鍋大会を、引越し後の旧部室でやることになった。
何故って・・・。
新部室は時間外使用許可(通称徹夜届の提出)ができないからだ。

引越し終了の部室には・・・何もなく、広くて閑散として・・・
いたらよかったのだが。

残念ながら、広いその部室にはガラクタやごみ、埃で一杯だった。

しかし、場所がないのならば仕方がない。
雨風の入らない屋外でやってると思えばいいんだ・・・・。

大東君、俺、山名君の3人で囲むきりたんぽ鍋。
そして、秋田から買ってきた鳥海山(日本酒)。
食べ始めると環境なんて忘れてしまい、むしろ地べたにマットをひいて
鍋を囲んでいると言う状況が快適にすら感じられるのだ。

「ところでパキスタンって何しに行くん?」
「今行ったら面白いかなぁと思って。」
「そもそも行けるのか?」
「一筆書かされるらしいけど、行けるのはいけるらしいで。」

責任逃れの一筆か、まぁ当然だな。

昨日のパキスタントーク、これで終了です。
え?
止めないのかって?

云うこと、きかへんきかへん。
無事に帰ってくるのを祈るしかないでしょう。

まぁ・・・大丈夫だろうう。な?



2002年01月06日(日)
七親等の血族

ある日、突然奴は来た。

母「今日、そこのおっちゃんから電話あってんけど」
そこのって・・・ああ、はいはい、親戚のね。

母「円ちゃん(仮名)がパソコン貸してくれって。」
俺「は?」
母「パソコンみたいなでかいもん貸されへん、云うたら、使わせてくれて。」

えっと・・・・、ああ、遠い親戚の彼ね。
そこのおっさんから見ると孫に当たる。
あのおっさんが、母親の従兄に当たるらしいから・・・・。
じゃぁ円君は俺の・・・えっと七親等の血族になるのか?
確か小学校ぐらいの時公民で習った話によると、
六親等の血族、4親等の姻族までが親戚ってことになるらしい。
それってぇことは、俺にとっては親戚でもなんでもなくなるわけだな?

どうでもいいけど、祖父に頼まず直接頼んでこいよ・・・。
でもまぁ、別にメール見るために使うぐらいなら構わないのだが。

やがてうちに来た円。

どうやら、一時プロバイダを休止してるために自分家では使えないらしい。
うちにきてhotmailのメールをチェックしながら話す円。

ここ10ヶ月ほど、アジアを放浪してきたらしい。
ほう。。。

で、費用は?

は?
祖父母が出してくれた?

大東君みたいに自分で全部バイトして言ってる奴なんかを知ってると、
やっぱりちょっと違う、と感じられるな。

いや、多分大東君にこの話すると、プチギレるな、あいつ、きっと。


まぁ、、、別に出してくれるってもんはどんどん利用しなさいってのが俺の主義だ
が。

なんて言ってて、気が付いたらもう1月。
4月から社会人ってことは、執行猶予は後3ヶ月足らず。
海外に遊びに行くなら今のうちかにゃぁ。
しかし・・・・パキスタン行きたかったけど今から行くのもなぁ・・・。

え?
大東君パキスタン行くって!?
ちょっと、止めとけって!!!!!!

明日、大東君たちときりたんぽ鍋を囲みます。
その時詳しい話を聞いてきますんで!!

待て次号!!







2002年01月05日(土)
鍼治療

足首の関節を患ってはや5ヶ月(?)。
とあるところから「捻挫には鍼治療が効く」という情報を聞きつけて、
もはや藁にもすがる思いで駆け込んでみた。

うちの近所にある、鍼灸院。
どうやら俺が知らなかっただけのようで、そこは昔から鍼灸院だったらしい。
でも・・・。
どう見ても普通の家です。
ちょっと古めの看板が出てて、扉には「診療中」のプレートがかかってるけど、水分汚れている。
云われてみれば・・・・確かに以前からあったかもしれないが、
自分が来ることは考えたこともなかったので気にとめていなかったのだろう。

病院なのだったら普通に中に入ったら受付があるはず・・・
だが、なんか普通の家の様にしか見えないので、少々中に入るのがためらわれる。
試しに軽くインターホンを押しながら・・・

「ま、いいや。」
と扉を開け

「すいませーん」
声をかける。

中から出てきたのは、ランニングシャツ(今時!)に白髪のお爺さん。
・・・・
しまった。もうちょっと色々調べればよかったか?
と思いながらも事情を説明する。

「じゃぁ、ちょっと待っててください。」
中に入って待ってろと言うことか?
とりあえず中の様子をうかがうと・・・・普通の家?
しかも結構散らかってる・・・。
これは・・・やばめ?(なにが?)

どう見ても普通の家の廊下に見えるところで待たされること数分。
俺にはどうしても壁に貼ってある、「料金表」の様なものの中から
「初診料・・・1500円」
「鍼治療・・・3500円」
「検査料・・・1000円」
の文字が気になってしょうがない。
電話では確かに「健康保険は利きませんよ」と云われていたが・・・
じゃぁ、単純に5〜6千円も取られるのか?
そんなことを考える。

やがて診察室?に通されると、そこは思ったより片付いていた。(今片付けただろう!?)
間単に状況を説明すると、爺さん、もとい先生が手書きで一つ一つ埋めていく。
(そういえば先生、いつの間に白衣を着たんですか?)
どうでもいいけどカルテぐらいもうちょっと綺麗な字で・・・いや、言うまい。(←云ってる)

痛いのが足首であると説明すると、

「じゃ、ズボンを脱いでもらいましょうか」
そんな、まいっちんぐ!(古)
という冗談は置いといて、何故足首でズボンを?と一瞬思ったが、
痛いのが足首だといっても、きっと太もも辺りからなんか色々つながってるんだろう。(何が?)
と勝手に解釈して言われたとおりにする俺。

その間にも鍼の準備をしている先生。

「鍼てされたことありますか?」
「小さい頃してもらったことあるらしいですけど、記憶はありません。」
「成程」

何がなるほどなのかわからんが、とにかくなるほどを多用する人だ。

「小児鍼と大人のとはまた違いますからね」
「痛いんですか?」
「まぁ、少しは」

をいをい、痛くしないでくれよ・・・。
しかし、治療そのものはあっという間に終わる。
一度、両方の足首から太もも辺りまでの数箇所に鍼を刺していき、
少したったら外し始める。

「捻挫そのものには鍼は一番効くんです。
 本当に治る人は一度の治療ですぐに治ったりします。
 でもちょっと時間が経ってるので、慢性化しているかもしれません。
 2〜3日様子を見て、痛かったらまた来てください。」

そんな風に語る先生の頭の後ろの壁には、
彼がちゃんとした医師であることを表す証書のようなものが張られている。

それによると、彼は大正15年鳥取に生まれ、昭和47年に免許を取ったらしい。
ってぇことは・・・もう77歳ぐらいっすか?
そう考えると随分若く見えるから不思議なものだ。

あ、料金は3000円で済んだので思ったよりは安かったと言わざるを得ない。

そのかわり帰りに薬局で温湿布かって帰ったけどね。
前の外科医は「冷湿布でも張っておいて悪いことはないはず」と語ったが、
今回は、

「捻挫してすぐの頃は熱をもっているので、冷湿布の方がいいんです。 
 すこし経つと冷やすと痛むようになるので、そしたら恩湿布に変えた方がいいですね」
と説明してくれた。

温湿布の箱にもその様に説明してあった。
どうやら俺は数ヶ月も間違った治療をし続けていたらしい!!



2002年01月04日(金)
正月もそろそろ終りでしょ?

暇だ。
あまりにも暇なので、電話帳で近所の鍼灸院を探してみた。
足首の捻挫に良く効く、という話を聞いたからだ。
うちの近所にそんなもんあったかな・・・?
首を傾げながらページをめくると、これが結構たくさんあるんだ。

残念ながら、知り合いに鍼灸院に良く通う人なんて効いたことがないので、
とりあえず本当にうちの近所から、手当たり次第に電話をかけてみる。
1月4日といえばそろそろ一般の会社でも仕事が始まっていたりもするはず・・・
と思ったのだが、残念ながら全滅。

どうも、明日からか、月曜日から、というところが多いようだ。

仕方がないな。
それでは、今日する予定のことが半分以上終わってしまった・・・・。
そもそも正午前に目覚めた時点で1日の半分が終わっているのだから(←計算おかしい?)、
それはもう色々と損しているようなものだ。

が、残念ながら、友人どもは帰省したり、風邪引いたり、スキー行ったりで不在だらけ。
1人でなんかしようかな?
そうだ、レンタルCD屋さんにでも行こう♪
と思ったら、駅前の店は潰れているし、良く考えたら借りる金もあまりない。

むむむむむ・・・・・。

これは・・・・。

つまり・・・・。

暇だ。
(エンドレス)




2002年01月03日(木)
年始のカニ鍋

昨日がきりたんぽ鍋で、今夜はカニ鍋だった。
一体うちの親は何を考えて生きているのだろうか。
と、そんなことはどうでもよい。
むしろ、きりたんぽ鍋にカニを入れられなくて良かったと感じるべきか。

何故かうちの家族はカニが好きらしい。
年末年始。
寒い時期になると必ず1〜2回はカニ鍋がやってくる。
(贅沢ですか?はい、すいません・・・。)

なんかしらんが、親父の知人で北海道から送ってくれる人がいるとかいないとか。

俺はカニ鍋と言うのが、実はそれ程好きではない。
もっとも、臭いを嗅いだだけでジンマシンが出る人の様に嫌いなわけではない。
食べた感じ、不味いとは思わないし、そこそこ美味しいんじゃないかとも思う。

が。
ただ一つ問題点がある。

面倒くさい。

以上。

カニにも色々な食べ方があると思う。
その中で、自分の家で鍋に入れるというのは、かなり面倒な部類に入るのじゃないだろうか?
もちろん、先に述べたように最低でも年一回カニを食す家庭なのだから、
カニバサミ、カニフォーク(それぞれ本当にそういう名前なのかどうかは不問)もあるのだが、
それでも、食べてる時間とほじくってる時間とどっちが長いねん!と思ってしまうのは俺だけか?

それに、そんだけ苦労して殻から出て来た身はごく少量で、食べても無茶苦茶うまいとう言うほどでもなく、
空腹を満たすには、また殻を割る作業に突入しなくてはいけない。
せめて天津甘栗ぐらい殻を割る作業と、中に入ってるものの味のつりあいが取れていれば・・・
と嘆かずにはいられない。

嘆いてばかりも入られないので、少し世間に目を向けると、世間の人もたいそうカニが好きらしい。
社会人の忘年会などと言うとカニ鍋が多いらしいし、
この時期旅行に行く人の中にはわざわざカニを食いに出かける人、というのも多いらしいのだ。

何故、みんなそんなにカニが好きなのだろうか?
そもそも、忘年会や新年会なんかでカニ鍋やったら、盛り下がってしまうじゃないか。


ここまで書いて、ふっと思った。
「お前がカニをそれほど美味いと思わないのは、お前の家のカニの食い方に問題がある。」
等と言われる可能性に思い当たったからだ。

俺には以前、「ソーメン」でカルチャーショックを受けた記憶がある。
   (↑5月頃の日記にも書いたかもしれない)
そんなわけで、うちの家庭のカニの食い方に問題があるといわれればそうじゃないとも言い切れないのだ。
えっと・・・水炊きに、各部バラバラになったカニの足とか胴体とかが入ります。
それぞれ食いやすいように殻に微妙に切れ目が入ってたりとかします。
他の野菜もいつもの水炊き同様入っています。
炊けたら殻を割って、食べます。
ポン酢をつけたい人はつけてください。

・・・・。
文句ある奴かかってこんかい!
(ていうか、間違ってたら教えてね)










2002年01月02日(水)
年始のきりたんぽ鍋

先月秋田へ行ったときのお土産が本日の夕食となった。
きりたんぽ、である。
その材質、製造過程は謎に包まれ、食すと超宇宙的な精力がつくと言う・・・・
のは真っ赤な嘘。
真実は、まぁ、実物を見てくれ。(おいおい)
なんだか米を固めた様な食物です。(やはりてきとー)

秋田にいるときに食したきりたんぽ鍋が美味しかったので、家族にも食わせてみたかったのだ。
うちの実家では、

鍋もの=水炊き

というイメージが定着している。(すき焼きは除く。あれはうちでは鍋物と認識されていないらしい)
どんな食材をもちいて鍋ものにしても、水炊きになってしまうのだ。
だから他所で初めて寄せ鍋を食した時は本当に感動して・・・
おっと、その話はどうでもいい。

ともかく、そんなわけなので、今日の夕食は俺が準備した。
準備、と言っても、きりたんぽのパッケージに全ての方法が書いてある。

曰く。
ゴボウ、鶏肉、スープを鍋にて煮込むべし。
次に、マイタケ、ネギを入れるべし。
そして、きりたんぽ、セリを入れて出来上がり。
ゴボウは笹がき、マイタケは手で適当な大きさにちぎる、ネギは斜めに切る、
きりたんぽは前もってレンジ等で温めておく。

うちの母親は鶏肉が食えない。
そのお蔭で幼少の頃鶏料理を食った記憶がほとんどない。
もちろん、今まで鍋に鶏が入っていたこともない。
が、鶏そのものが嫌なだけで、スープに鶏の味が混ざってようが、
同じ鍋に鶏が入って様が問題ないらしいので、母親用に少し豚を混ぜることで妥協。

と言った感じで、鍋の準備は完成。
部屋の方も、コタツ机を一つ多めに用意し、兄夫婦が来ても大丈夫な様になっている。
せっかくだから、鍋は大勢で囲んだ方が美味しいのではないか・・・ということで呼んであるのだ。

ふぅ・・・。
準備完了して気が付いたこと。

お正月って、暇です。
テレビもわけのわからんスペシャルばっかしで面白くないし、
友人知人もだいたい家で大人しくしてたり帰省してたりです。

今日も、暇で暇でしょうがなかったから鍋の用意をしたようなものだ。
それ以外何をしたかっていわれたら、さて、困ってしまうのぉ・・・・。




2002年01月01日(火)
2002年、今年の提案

今年からはまたちょっと日記の感じを変えてみたい。

昨年末からかなり変わりつつあるように、
毎日毎日あれだけたくさんの日記を書くのは、やはり厳しいものがある。
今はね、暇な時にまとめ書きが出来るから良いのだが、
今年は4月から社会人になるわけだし、ちょっと無理が出てくるだろう。

そこで。

これからは従来の予告編ぐらいの長さの日記を、
そのままその日の日記にしてしまう日も出てくることと思う。
ていうか、今まで予告したはいいけど時間がたちすぎて、
ほとんど内容を覚えてなくて大したもんがかけなかったこともあったんだわ。

ということで、新春早々言い訳から始まってしまった。

今年もよろしく、です。