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ひとりごと〜リターンズ〜
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2001年12月31日(月)
21世紀、1年目の総括

昨年同様大西家で年越し。

俺が買ってきた秋田土産の「古酒の隠し酒の由利正宗」
            「天寿の純米吟醸」

そして、大西家にあった「雪下香梅」これは、確か新潟の大吟醸?

これらを飲みながら紅白歌合戦を眺め、適当に語らう。
今年は大西君も眠りにつかず、割と普通のテンションだ。


そして、この一年を振り返る。

特に大きな問題も起こらず、(入院したぐらいか)
充実した良い年だったなぁ・・・と思う。

日記を書き始めるという無謀なこともしてしまったけれど・・・。
ま、なんとか、全日分埋まったし、良いかね?
(日記をその日に書いていない、なんて突っ込みは禁止)

初志貫徹・・・すばらしい言葉だ。

さて、2002年はどんな日記になっていくのだろうか・・・?




2001年12月30日(日)
今日は例年通り大掃除をしました。(ウソ)

ラーメンを食べて解散となった・・・・はずなのだが、
何故か不思議なことに我が家にまでついて来ている大東君。

前日、彼女に振られたらしく、俺に色々喋りたい。。。とかいってついてきたのだが・・・。


寝てるやん。
そっこーで寝てるやん。

目が覚めてからも床暖房の魔力に絡めとられてしばらく動けない俺たち二人。

そのうち、動き出した大東君。

「帰るわ・・・」
「おう・・・」

なんだか妙にけだるい。

大東君を送り出した後、またゴロゴロし始める俺。

そして・・・

大掃除はどこかへ行った・・・。(こらこら)





2001年12月29日(土)
山人たちの集い

サークルのメンバーとは通常忘年会をやらない。
新年会と言う形をとることが多い。

何故なら、年末年始の休みを利用して山に行く人間が多く、忘年会の時期には人が集まらないし、
山に行ってる人間がいるのに、その年を忘れてしまうのは良くない、という考えに基づいている。

今年はたまたま年末の方がたくさん集まれそうだったが、
あえて「忘年会」ではなく「定例会」という名称を使った。
確かにやってることはいっしょなのだ。

昼間岩登りをして、夜には飲み会をやる。
それだけだ。

まぁ、いつもとの違いといえば、年末なので一年を振り返って各自の活動を報告する程度だろうか。
俺にとっての報告は、立花と堀金。
二人の1年生を皆にお披露目することだ。

奇しくも、今日は初めて二人の一年生が揃って岩場に来られた日でもある。
キャラクターが正反対だと思われていた二人は、案外うまくやっているようで、
いや、案外どころか、俺たちが一年生の頃よりもずっと意気投合しているかもしれない。

うーん、いいコンビになるかもしれない。。。

飲み会の席でも、関西と長野という出身地の別を感じさせないテンポのいいトークを披露してくれた。
ていうか・・・・
いつからお前ら漫才コンビを結成したんだ・・・・?

そんなテンションで、気が付いたら居酒屋での1次会、喫茶店での2次会が終了していた。


余談ではあるが、今日もラーメンを食べた。
梅田、阪急東通商店街のあたりに「一番らーめん」という店がある。
この店のびっくりラーメンというのが、むちゃくちゃうまいというわけではないが、
180円という脅威の安さで提供されている。

大東君と百田君、名取さんと4人でラーメンを食べた後、解散となった。






2001年12月28日(金)
寒き遠方より А峺造蠅覆透明に近いブルー」

直江津駅は野洲と同様待合室が開いていた。
それはそれは、今までにない不思議な夜を過ごしたものだが・・・
ここではカット。

朝一番の電車にのり、富山方面へ向かう。
途中、鉄道マニアたちの間では人気の高い(?)筒石という駅にも停車。
ここはトンネルの中にあるという非常に珍しい駅だ。
が、俺は別に鉄道好きでもなんでもないので、「ふ〜ん、そうなんだー。」程度で終わってしまう。

電車の中で、4年近く読めないでいた村上龍の「限りなく透明に近いブルー」を読み終える。
ずっと読めないままだったので、他にすることがなければ流石に読むだろう・・・と言うわけだ。
村上流は人によってかなり評価が別れる。
好きだって言う人はかなりハマるらしいし、合わない人は読めないとまで言う。

俺は、どうも合わないらしい。
文章における語彙、表現力はやはり凄いと思う。
が。
何故だろう?
何故なんだかわからないが、いくら読んでも先へ進まない。
もしかしたら他の著書には読みやすいものもあるのかもしれないが・・・
この本のこの印象が俺の中でのこの著者に対するイメージとして定着してしまった。

と。
そうこうしてるうちに夕方には京都に到着。
せっかくだから、行きと同じ様にいつものラーメン屋に寄る。

秋田で行った何軒かのラーメン屋もおいしかったが、ここではやはり食いなれた味が感じられる。
夏頃から、旅の前後には必ず食べていた味だ。
このラーメンを食べると帰って来た気がする・・・。

京都〜大阪までまだ帰らなければならないというのに、だ。

温かいラーメンと餃子とご飯を物凄い勢いで腹いっぱい食べて。
ふぅと一息ついた時にやっと、寒き遠方より帰って来たのだなぁ・・・と実感することが出来た。





2001年12月27日(木)
寒き遠方より Φ△蠅亘摸線で

昼過ぎ、秋田を出発した。
以前、太平洋側から帰ったことがあり、来る時は内陸を北上してきたので、
今回は北陸線経由で帰ることにした。
時刻表によると、実はこれが最短らしい。

14時35分 酒田着。

次に乗る電車まで1時間近くあったので外に出てみた。

と、なんとなく駅の様子に見覚えがある。
売店の場所、待合室の場所・・・。
外に出てみて、左に曲がると、コンビニとパン屋さんが一体化した店がある。
パン屋さんで買ったパンは店内でそのまま食える。
俺はここでパンを買って食った記憶が・・・ある。

駅の待合室で、電車を待ちながら新田次郎の「風雪の北鎌尾根」を読んでいた記憶もある。

どうやら、3年と7ヶ月前、白神山地へ行った帰りに通ったようだ。
俺は、あの時の記憶として、「仙台から太平洋側をヒッチハイクして東京へ行った」ことしか覚えていなかった。
が、東能代から仙台へ至るために、この駅を経由していたらしい。

駅を出てからも、遠くに見えるダイエーに見覚えがあり、そちらの方へ歩いていった自分も思い出せる。

今回はそちらではなく、駅を出てまっすぐ北へ向かった。
なんとなく日本海が見たかったのだ。
1時間以内に行って戻って来られるかどうかはわからないが、とにかく歩く。
電車の中から見えたの海の方がきっと綺麗なのだろうけど、思いつきだから仕方がない。

30分以上歩いて、そろそろ戻ろうかどうしよかと考えていたら、少し高いところを走る道路を発見した。
この坂を登って見えなかったら諦めよう・・・。
そんな想いとは裏腹に、俺は坂を駆け上がっていた。

坂の上からは、確かに海が見えた。
船がたくさん並んでいて、建物がいくつか見える。
酒田の港なのだろう。
思ったほど美しくも感動的でもなかったが、それは海だった。
ちゃんと地図を見たり人に聞いたりすればもっと早く辿り着けただろうに・・・
随分遠回りをしてしまった。
が、ともかく海についたんだ。

かなり意味不明な達成感を胸に、村上行きの電車がまつ酒田駅へと向かって、
乗り遅れない様に帰りはダッシュしていたのだった。




2001年12月26日(水)
寒き遠方より ヅ賃湖湯煙旅情

田沢湖は、秋田県内でも岩手寄りの山間にある。
スキー場や温泉で有名なようだ。

るるぶ秋田などを見ても、冬の秋田に見物するところはあまりない。
唯一楽しめそうだったのが温泉だった。
温泉宿に泊まっても良かったのだが、今回は秋田市内から日帰りで行くことに。

電車の本数などを考えると朝一番に出なければ間に合わないらしい。

そして辿り着いたJR田沢湖駅。
下りた瞬間に秋田市内とはまた違う肌寒さを感じる。
これは・・・北国の、というよりは冬山の寒さ?

温泉に温まりに来たのか湯冷めしに来たのかわからねーなー。

寒いのが嫌いな俺はブツブツ言いながら更にバスに乗る。
途中、電話予約で呼び寄せた旅館のバスに乗り換え、温泉「鶴の湯」に到着する。
辺りは真っ白く綺麗な雪景色で、鼻をつく硫黄州。

ああ、雪を見ながらの温泉。。。なんて風流なんだろう。。。

さっきまでと言ってることが逆である。
ゲンキンこのうえない。

しかし、寒い中入る温泉というのは本当に気持ちの良いものだ。
効能の違うお湯が3〜4あり、順番に漬かっていく。
一々服を着脱しなくてはならないのが面倒だったが、
日帰りだったので泊り客のような浴衣はない。

ああ。。。浴衣。。。なんて便利そうなんだろう。。。


時刻表調べによると、温泉には3〜4時間しか滞在できない予定だった。
長い時間かけてくる割には慌しいな・・・と思っていたが、
実際には風呂に入る時間なんて知れてるんだよなぁ。

でも、こういう温泉宿に2〜3泊して、
特に何をするでもなく、辺りを散歩したり、湯に浸かったりするだけ・・・ていうのもいいなぁ。
いつかそういうのもしてみたい、と思いましたとさ。




2001年12月25日(火)
寒き遠方より ぁ崙撻ムチラーメン」

秋田駅から歩いてすぐのところにある「アトリオン」。
その地下一階に、秋田県産品売り場はあった。
秋田名物きりたんぽ、秋田の酒、他にも秋田銘菓など、一通りのお土産が売られていた。

「あるんだろうなぁー」と思って、やっぱりあったのが「なまはげキティ」。
まぁ北海道の「クリオネキティ」とかに比べりゃ無理ないけどさ・・・。

山名君、大東君と一緒に食う予定のきりたんぽ。
実家に買って帰るきりたんぽ。
あ、実家に買う分は兄夫婦の人数もいれとこう。年末年始なら一緒に食う機会もあるだろう。
後は、実家と、兄夫婦に秋田銘菓。
親父に日本酒。
あ、山名君、大東君と鍋食うときに酒もあった方がいいね。
そして、大西君には・・・日本酒でいいかな?

そうだ、昨年同様大晦日に飲むのなら、秋田の酒を持って帰るのもいいかもしれない。
せっかくだからメールで希望を聞いてみよう。
ここにいる間に返事が返ってきたら、それを買って帰るという事で・・・。

俺的には、大西君のことだから

 峺た目が不思議な奴」◆嵬樵阿珍しい奴」
という混乱させる返事か、

「清酒」ぁ崗特顱
という大雑把な返事が来るかどちらかだと思っていた。
が、返って来た返事(しかも結構早かった)は、

「ヅ啓の純米吟醸の夢幻境
 Ω甜鬚留し酒の由利正宗」

・・・・。
銘柄指定してきやがった。
はじめから知ってたとは思えない。
こいつ・・・研究室のパソコンを使ってネットで検索しやがったな。
しかも、判定基準は上記の,△世隼廚錣譴襪里世・・・。

結果、Δ楼導阿△辰気衄見できた。
イ蓮ΑΑμ憾原はないまでも、天寿の純米吟醸が発見できたのでそれで手を打った。

これだけの土産を全部実家に送ったら郵送費だけで1800円以上取られてしまった。
ち・・・・
着払いにしておけばよかったかも・・・・。


夕食に、ラーメンを食べようと、秋田大学近くのラーメン屋さんが多い通りを歩いていたのだが、
大学が冬休みに入ったためか、どこもかしこもお休み。

1件だけ開いていたラーメン屋さんに入り、メニューにある「豚キムチラーメン」とやらを注文。
これが・・・思ったよりも美味しかった。
そういえば、インスタントラーメンだが、スーパー○ップの豚キムチラーメンも好きだ。
あれは「変なラーメン〜」と思って食ってみたら旨かった。
それでスーパーカッ○の他の奴も食べてみたけど他のは美味しくなかった・・・。
そんなこともあったな。

って、カップラーメンはどうでもいい。
このお店の話だ。

後、餃子も食べてみた。イカ入り、エビ入り、肉入りの3種類を食べてみたが、
一番美味しかったのはエビかな。イカはあんまり合わなかった。
肉入りは、、、、敢えて食べるほどの味ではなかったかもしれない。

そうそう、豚キムチラーメンは味噌味が合うみたいですね。



2001年12月24日(月)
寒き遠方より 秋田といえば、きりたんぽ。

午後から梓ちゃんのお宅へお邪魔した。
待ち構えていたのは、梓ちゃんの妹、郷子ちゃん(仮名)の作ったシュトーレン(合ってる?)。
彼女はお菓子作りが趣味の中学生らしい。

うむ、旨い。
身内にお菓子作る人なんていないから、手作りという言葉だけで既に喜んでる俺。

姉妹は今、俺が貸したドラクエ7に苦戦していた。
別にお菓子を食わせてもらったからではなく、助言する俺。
というか、ドラクエに関しては、俺はちょっとウルサイ・・・て今日はやめとこう。

そんな風に遊んだ後、家族の方と一緒にきりたんぽ鍋の夕食をご馳走になった。
以前11月、梓ちゃんが関西に来た時にも食べたきりたんぽ鍋だが、
秋田に来て食べるとなんだかより一層秋田の味がした(?)。
これが、この家の家庭の味なのだろうか?

じゃぁ、我が家で食べればどんな味がするのだろうか?


俺は、明日、きりたんぽを家に買って帰ることを決定した。




2001年12月23日(日)
寒き遠方より ◆崟蕕叛蘓劼凌星し」

秋田では映画の公開される時期が微妙に遅い。
そのため、今まで見たい見たいと思っていて見られないでいた「千と千尋の神隠し」がまだ上映されていたのだ。

ハクが「ヒカルの碁」に出てくる塔矢アキラ(だっけ?)そっくりだとか、そういうのはどうでもいい話で。
あ、独楽彦にも似てるかもしれない。(←瑠璃丸伝)、ってそれもどうでもいい。

ああいう映画って子供だけでなく大人も楽しめるのが良いね。
いや、もしかしたら、大人の方が楽しんでいるのかもしれない。
そして、忘れてしまってた小さな頃のことを思い出すのかもしれない。

で、俺は俺で幼少の頃に思いを馳せてみたけれど・・・・

特に何も思い出しませんでしたね。(をい)

ま、でも。
とりあえず見たかったけど見ないままの映画を一つ消化。
ちゃんと映画館で見られて良かった。



2001年12月22日(土)
寒き遠方より .縫蘰酥撻蕁璽瓮

秋田での俺の住処、というか宿泊先は市内でも割といい場所にあるビジネスホテル。
素泊まりで一泊3500円。
風呂は室内にはないが、浴場はきちんと存在する。
本当はユースホステルにでも泊まれればもっと安かったかもしれないし、
秋田市内を離れれば2000円台の宿もあるのだが・・・

まぁ、辺鄙な所にいって交通費が無駄にかかるよりは良いか、とこちらにした。

ホテルの中は、まぁ良くもなく、悪くもない。
値段相応といったところだろう。
よく考えたら俺はまともに旅行らしいなどと言うものをしたことがあまりないかもしれない。
1人で旅に出る場合は、駅で寝ることが多いし、それ以外は山が多い。
(バイトで現場に行く場合は論外である。)

そして、このホテルの割と近くに、そのラーメン屋さんはあった。

梓ちゃんに見せてもらった秋田市内ラーメンガイドブックの写真を見ていて、
「これ!」
と思ったラーメン屋さんだ。

凍って滑りやすくなっている道を歩き、その店へと辿り着く。
店は地元の人がよく通うらしく、なかなかの繁盛振り。
お昼時だった事もあるが、常に待っている人がいたのだ。

ここのお奨めは・・・ニラ南蛮ラーメン?
え?
こってりとあっさりが選べる?
「こってり」と即答する俺。
どうやら最近の俺はこってりラーメンが好きらしい。

ニラ南蛮のこってりなスープ。
ん、想像通りの味だ。

嬉しくなって全部飲んでしまう。

全国ラーメン食べ歩き・・・・そういうのも楽しいかもしれない。
今度やてみようかなぁ・・・。(いつ?)



2001年12月21日(金)
寒き遠方へ 秋田到着。

目覚めた時には駅は開いていた。
始発にはまだ時間があるが、待合室は開いているようだ。
始発の前に、売店も開く。
昨日の経験を生かして、朝食からしっかりと買い込み、口に入れる。

秋田行きの各駅停車に乗り、乗り換えがないので余裕かまして車内で寝る。
昨日から考えてみれば、一番寒かったのは野洲〜米原間電車内だったかもしれない。
東北に来るに連れて寒くなるかと思えば、気温に対して車内の暖房も気合が入るので、
電車に乗ってしまえば、厚着している俺などは暑くて汗が出るくらいだ。

今回は駅で寝ることなども想定して、
日頃周りの皆が知らないくらい厚着をしている。
アクリルの長袖シャツ(下着)に長袖Tシャツ、薄めのフリースに、ヤッケ。
おまけに帽子やマフラーまでしていたのだから、暖房効いた車内では暑くない方がおかしいかもしれない。
あ、寝るときには、もう一着厚めのフリースを着込んだっけ・・・ごわごわして動きにくかったなぁ。

新庄駅から秋田駅まで、駅数のわりに長時間電車に揺られた末、ようやく電車の旅が終わった。
午前9時半。
一つ前の駅に比べると随分都会の駅に見える秋田駅に到着。

今回は珍しく山登りでも何でもない、ただの旅行。

しかし・・・・この時期、雪積もってるけど、どっか見るところあるのか?秋田??




2001年12月20日(木)
寒き遠方へ ◆岼Δ靴討眛呂ない」

午前0時10分。
京都の例のラーメン屋で腹ごしらえをした後、近くの山名君宅へ寄った俺。
そこで大東君が22時ごろに来ると聞いたので、せっかくだからとしばらく待っていたのだが・・・。

・・・こねぇ。
時間にいいかげんなアイツを待ってどうするつもりだったんだろう・・・俺・・・。

しかたなく山名宅を出て、京都駅に着いたのが23時過ぎ。
0時過ぎに京都駅の改札に入り、0時10分の電車で行ける所まで行く。
そして青春18切符をフル活用するという悪巧み。
ほら、18切符って当日ならば乗り放題だから・・・。

と思ったのだが、23時を過ぎると窓口は閉まっている。
諦めて、普通料金で切符を買い電車に乗る。

ということで辿り着いたのが、ここ、野洲駅。
今日はここでステーションビバーク。(一部地域では駅寝というらしい)
意外にも待合室が夜通し開いていたので夜風を凌ぐことが出来たが、
逆に、椅子があって寝袋をひくことができず、安眠はできなかった。

5時半に窓口が開き、念願の青春18切符を購入。
もっと前に買っておけばよかったなぁ。


今回の目的地は秋田。
本当は北陸線まわりで行けば早いのだが、せっかくだから旅を満喫しようと、太平洋側を回ることに。
野洲からは東海道本線を名古屋まで。
名古屋からは浜松などを経由して東京まで。
東京から、東北本線、奥羽本線と乗り継いで山形を通り、秋田に至る計画だ。

昨夜眠れなかった俺は、昼頃、随分暖かくなってきた熱海行き各駅停車の中で眠っていた。
ふと、目が覚めた時、目の前には妙に綺麗な富士山が見えた。

これは・・・看板?
と、かなり間抜けなことを考えてしまうぐらい綺麗な富士山だった。
青空に浮かぶ積雪した富士、ではなく。
雲がかかっているのだが、その雲のかかり方が完璧すぎるぐらい完璧なのだ。

しばし、富士山に見とれた後で、「あ、カメラ用意してねー」ことに気が付く俺。
現地に到着してから買えばいいかなー、なんて思っていたのに・・・失敗。

その後も、不思議なくらいに乗り継ぎが成功しまくった。
15分以上電車を待った駅はないのではないだろうか?
そう思うぐらいにうまいこと乗り継げた。

そんな状態で、しかも、欲しい時に売店はない。

気が付けば、俺は朝からご飯を食べてないままじゃないか。
確か・・・朝、寒さをしのぐために野洲駅周辺でやっと見つけた板チョコと缶コーヒーを口にした以来、
ずっと飲まず食わす・・・。

その間、空腹を紛らわすためではないが唯川恵の「愛しても届かない」を読む。
そして、すぐに読み終わる。
山男を愛した、とある女性の物語。
例によって山男は遭難して死んでしまう・・・わけではなく。(笑)
まぁ、なかなかよかったんじゃないですかね、男の読む本かどうかはともかく。(苦笑)

気が付けば電車は、山形県の新庄駅に到達していた。
今日はこの駅の軒下を借りて寝る予定だ。

しかし、何も食べずに寝たらきっと凍死してしまう。(なわけないか)
ていうかそれ以前に眠れないに違いない。
近所を散策した俺は、ラーメン屋さん?を発見。
「駅前ラーメン700円」というのぼりを見て、「これは喰っとかな!!」と即決。

店内にも「駅前ラーメン 話の種にどうぞ」とある。

「駅前ラーメンひとつ」
「え?駅前ラーメン、納豆入ってますよ?」

俺の発音から、関西人であることを読み取っての質問なのだろうか?
納豆は食える、というかご飯にかけるのは好きだが・・・・
しかし納豆の入ったラーメンって旨いのか?

「それ、美味しいんですか?」
「うー・・・ん・・・好きな人は好きですね。納豆は大丈夫ですか?」

出てきたのは、普通のラーメンに納豆をかき混ぜたものが乗っている。
納豆ラーメンと聞いて麺に絡み付いてくる納豆の図を想像したが、
スープに混ざった納豆は当然絡みついてくるはずもなく、わざわざレンゲですくったほどだ。

ま。不味くはないが、無茶苦茶旨いというほどでも・・・。
確かに話の種にはなったわな。

そして、その後。
俺は人気のなくなった駅の軒下で、東北らしく積もった雪を見ながら寝袋の準備をするのだった。



2001年12月19日(水)
寒き遠方へ ―佝直前

ということで今日は手抜きバージョンです。

今から行きます!

最初の目的地は京都市上京区。

次に野洲。

そして睡眠。

始発にて・・・・いけるとこまで。

詳しくは、神のみぞ知る。


とりあえず目指すは東北!

ではまた!!
(注:エライ短いですけど、予告編ではありません。)



2001年12月18日(火)
2001年、忘年会! 其の二

・・・・・。

よく寝た・・・・。

今何時・・・・?

え?10時半(注:AMです)?
まだそんなもんか・・・。

ZZZ・・・。

13時半?

ZZZ・・・・。


14時半??

ZZZ・・・・。


15時半??

あの・・・・みんなそろそろ起きようよ・・・・。
朝4時ごろまでカラオケやって、
その後も6時半頃まで起きて(←無理やり)喋ってたから眠いのはわかるけど・・。
そらなんぼなんでも寝すぎでしょう?

朝は寒いから気温が上ってから帰るつもりが・・・。
なんか再び気温が下がりはじめる時間まで長居してしまった。(をいをい)

ともかく、これが二日にわたる忘年会、二日目の全貌だ。(・・・。)


そして俺は帰路につく。
帰りの電車で「イヌを飼ったら読む本」を蛍光マーカー片手に読みながら。

この本を母親に読ませてちょっとでもマシな飼主にしなくては・・・。
なんとなくほったらかしにされたその本を父親が読んでそうな気もするが・・・。
できればそれだけは避けたい事態というものだ・・・・。

ていうかララも大変だな・・・。



2001年12月17日(月)
2001年、忘年会! 其の一

今日はちょっとした忘年会である。
参加人数は3人。。。

こぢんまりとしすぎじゃないか!!
しかしまぁ、それは問題ない。
こぢんまりとしてても十分盛り上がれるメンバーなのだから。


場所は京都某所の「こがんこ」。
入ったら・・・・超にぎやか。
ていうか・・・・うるさい。

大学生どもが盛り上がるのは、まぁ一種の風物詩だが(年中)、
やかましい大学生どもが二グループ別々にいるその真ん中に挟まれると・・・
これは結構しんどいもんがある。

挙句の果てに、その2グループの奴らが合同で

グループA代表「え?○○大学!?」
グループB代表「あ、こっちも○○大学!!」
グループA代表「嘘!?何回生?2回生?なんや、後輩か!?」

って騒がれた日にゃぁ・・・。

俺ももうちょっとで「てめぇら、これ以上うちの出身大学の名をおとしめるんじゃねぇ!」
って叫びたくなるところだったよ。(危)

幸い、感じのいい店員さんの計らいで静かなテーブル席に移動させてもらったが・・・

やはりうちの大学には腐るほど学生がいて半分以上が腐っている、
ていうのは本当だったんだな。
俺もある意味では腐ってる学生の一部だったが・・・。

ああ嘆かわしい。


2次会には、The Lock up(このお店の京都版)へ行った。

なんかお店の中の雰囲気・・・面白くていいぞ。
しかも面白いだけじゃなくて、ちゃんと店員の躾が行き届いているし・・・。
アトラクションの時間を逃したのだけが非常に残念だった。
今度行く時には8時前か10時前には・・・必ず・・・!!



2001年12月16日(日)
12月のLove song

掲示板に大西君の書き込みでもありましたが、
MALICE MIZERが2001年をもって活動を休止するそうですね。

そういえば、ここ数ヶ月は発売されるCDの情報すら得ていなかったけれど・・・・
元ヴォーカルのGackt氏が紅白歌合戦に出ることなど考えると、
なんだか運命というものを感じます。


というわけで、今日は風邪の治療も考えて家で過ごしましたが、
一度だけ外出しました。

Gackt氏のNewシングル「12月のラブソング」を購入してきました。
いいね、ジャケットが。
こういうの好きだわ。
でも12月のラブソングを12月中旬に出すなよ・・・覚えた頃には1月だぜ・・・?

当然今日のBGMはこれで、後は一日(と言っても起きたの昼過ぎだけど)日記書いたり、
カレーを作ったり、ララと遊んだりして過ごしました。

カレーが辛すぎて、俺と親父にはぴったりだったけど、
母親と祖母には辛そうだったというのは余談な話。


今日CDショップへ行って気付いたこと。

大黒摩季がいつのまにかアルバム出してる!
岡本真夜様が12月21日にシングルを出すって?!
あ、宇多田ヒカルもシングルを・・・・これは流石に知ってた。
三木どーざんも新曲を・・・・これはどうでもいい。

ああ、しばらくレンタルCD屋さん行ってない!
近所のレンタルCD屋さんが全滅したのも原因のひとつだが・・・
いかん、このままでは・・・どうにもならんけど、どうにかしなくては!

よし、年明けに・・・・(予定=未定)



2001年12月15日(土)
風邪?

ちょっと風邪をひいたかもしれない。
くしゃみに鼻水からはじまったから、なんだいつものことだ、と思っていたが、
(どうやら鼻炎持ち?らしい)
鼻水が尋常な量じゃない。

外出時に箱のティッシュを持ちあるかなければならないのじゃないか?
なんて思ってしまうほどでもある。

偶然にも昨日でバイトは終了にして今日からは冬休み(自分で勝手に決めた)だから良かったが。

最近それにしても足の捻挫(大東君に言わせれば「靭帯痛めたんちゃうか?」)も治らないし、
おとなしくしてるいい機会かもしれない。

しかし、一つだけ問題がある。

最近実家に帰ってきてから増えてきた体重。
これを何とかするには食事の量を減らして運動するしかないのは分かっている。

が、しっかりと栄養をとって休養する風邪の一般的な治療法とはあまりにも相反しているのではないか?

これは難問。









2001年12月14日(金)
仕事おさめ

今日のバイトは俺にとっては早くも今年の仕事納め。
後は来週は友達と焼肉くいに行ったり、東北方面に旅立ったり、
その次の週には帰って来て、でもバイト先はもう年末で仕事終わってたり・・・。

そういうわけなので今日はたくさん働くつもりだったのだが、
朝、1時間ほど寝坊してしまう。
こんなんではいかん、と思いながら会社に電話して1時間遅く行くことにしてもらう。
滅多にないことなので、特に何も言われなかった。
(今週の月曜日もなんだかんだで間に合ったしね。)

俺の中での仕事納め(?)も終わり、意気揚揚と家に帰る。
それなりに疲れていて、今日はゆっくりと眠れそうだ。

と、帰ったら義姉が遊びに来ていた。
兄貴夫婦は近所に住んでいるのだが、どうやら今日は兄貴の帰りが遅いらしい。
兄貴の仕事も不定期なので時々その様に遅くなることもある。

夕食を済ませたら、母親がララの方を指差す。
「今日は遊んだってくれへんの?」

非常に心外だ。

あれほど飼主は母親であり、面倒を見るのはあんたの役目だと言ったはずなのに、
そこら辺を理解していない。

ララの運動に必要な分「遊んでやる」のはあんたの仕事。
俺は自分が楽しいから「遊んでもらってる」だけ。

そこらへんを勘違いされては困る。
大体俺はいつもいつも家にいるわけじゃねぇんだよ。

しかし、そこで俺の言い分を聞きもせずにララを出してくる母親。
俺を見たら一目散によってくるララ。

お前らグルか、と思いつつも、
自分の方に寄って来ると嬉しいのでつい遊んでしまう俺。

阿呆数珠繋ぎか・・・。



2001年12月13日(木)
高ぇラーメンだ

床暖房の魔力から逃れられずにいた俺と大東君。
しばらく床でゴロゴロしていたがついに移動。

今日は、天気がよければ星田にある人工壁を登りに行くつもりだったが・・・
雨のため昨日中止を決定した。
晴れだったらそこにははじめていくことになったのに・・・残念だ。
ということで雨だったら、午後から山名君と二人で京都の室内壁を登りに行くつもりだったが・・・
なんとなくしんどいので中止。

しかし折角一日開いていたので山名君の家に行って遊ぶくらいはしよう、ということになった。
大東君もバイトがなくて暇なはずなのだが、何らかの用事が入ったらしく帰宅。

山名君宅は、以前俺が住んでいたところに近い。
ということは例のラーメン屋「なか房」にも近いということだ。
山名君も最近はよく来るらしい。
一番安い定食(唐揚、ご飯、ラーメンのセットで650円)しか注文しないらしいので、
「たまには“でっかいチキンカツ定食(600円、ミニラーメンつきで700円)”でも食べてみたら?
 ミニラーメンの100円ぐらい出したるし。」
という俺の言葉に乗せられて山名君はチキンカツ定食、俺はトンカツ定食+ミニラーメン(800円)を注文。

今日はもっぱらラーメンを食いにきたようのものだな・・・
往復の交通費+ラーメン代。
高ぇラーメンだ・・・・

そう思いながら、出てきたトンカツをほおばる。
うむ、いつもどおりだ、旨い。
二切れ目を口に運ぶ。
固い!?

なんだ、この固さは!?


食後、お金を払いながら大将に言う。
「今日のトンカツ、ちょっと固かったっすよ?」

「あ、固かった?多分いつもより分厚かったからやわ、ごめんな!」

いや、多分原因はチキンカツとトンカツを同時に挙げたから油の温度が下がったのだと思うのだが、
それはまぁ、どうでもいい。
それよりも問題は、この大将の笑顔だ。
こんな笑顔で答えられたら許さざるをえないぢゃないか。

「また来ますわ!」
そん時はちゃんと揚げてな、と言外の意味を含ませながら。

またって・・・今度はいつ来られるかわからへんけど。

大将も
「待ってます!」
一際元気な笑顔で返す。

たとえここのラーメンがまずくても、俺はまた来るかもしれない。



2001年12月12日(水)
植木職人、参上

バイトが終わる頃に大東君から電話が入った。

「こないだ借りたシュラフ(寝袋)今日返しに行ってもええか?」

それだけのはずが何故か泊まっていくことに。
別にええけどさ。

夜の10時ごろ現れると言っていた彼は10時半、
俺が「ハンドク!」の最終回を真剣に見ていたときにやってきた。

随分遅かったな?

「今日は泊まるつもりやったから自転車で来た。1時間ぐらいかかったわ。」
車で20分ぐらいかかるから・・・そんなもんだわな。
ていうか自転車で来るて・・・お前何もんやねん。
いや、晴れてたらやるかもしれんが。。。外は曇りえで、明日は雨かも知れんのに・・・。

ともかくこいつはこういうやつなのだ。
本当は明日バイトがあったらうちに泊まっている場合ではないのだが。
彼のバイトは最近は植木職人(の手伝い)。
雨の日は休みになるのだ。

この間までは、農家でバイトしていたと思ったらそちらもやめたわけではないらしい。

ともかく、泥臭いバイトが多い奴だ。
こいつが4月から新聞記者に内定しているというからまた不思議だ。

いや、不思議ではないかもしれない。
案外いい記者になるのではないか?
そんな気も、する。



2001年12月11日(火)
12月の金沢(後編)

当然のことながら、金沢では冬になると雪が降る。
土石流災害の危険区域を調査するバイトでは、雪が積もってしまうと作業が出来ない。
そういうわけで緊急に現場へとかりだされてきたわけだが・・・。
今回の主な任務はナビ。
ほとんどの箇所が写真の取り直し程度だったので、
里中さんが
「ここ、ちょっと写真とってくるから車ん中で待っとって」
といってさささっと出て行って戻ってくる、そんなんばっかし。

お蔭で俺は随分楽をさせてもらった。

現場の往復の車の中、社員さんも運転だけしていては退屈だし、眠くもなる。
社員さんによって色々な暇つぶしの方法がある。
喋りに明け暮れる人、ラジオを聴く人、カセットテープを聴く人・・・・。

里中さんは大体テープ派だ。
しかもテープを流しながら歌う系。
因みに俺もそっち系。
男二人が車の中で熱唱している姿は異様かもしれない。


だがしかし。
今回俺は聞いているだけだった。
何故か俺は小学校高学年から高校3年生ぐらいまで、音楽を聴く習慣がなかった。
そのため、その頃の音楽の知識が非常に乏しい。
今回里中さんが用意してきたのは彼が大学生時代のテープ。
ということは俺の中学から高校時代に相当する。

ガビーン、ついていけん。

ちょっと、たまには昔(いや、そんな大昔じゃなくて)の音楽も聴いてみないといかんなぁ・・・。


流石に今日の夜は帰って早く寝ましたとさ。



2001年12月10日(月)
12月の金沢(前編)


寝坊した。

朝、5時にアラームをセットして、5時半には家を出る予定・・・だったのだが。
何故だかめが覚めたのは6時。

母親曰く「5時に起こしたったけど起きひんかったやろ」。
5時に起きるのが目的ではない。
5時半に家を出るのが目的なのだ。

そんなことはどうでもよく。

6時に起きた俺はダッシュで着替え、準備をすませ駅へと飛ぶ(ように走る。)。
駅には6時13分着。
大阪港までおよそ50分なのでこの調子だと7時過ぎにはつける。
時刻表には無常にも次の電車の時刻は6時20分と記載されている。

・・・・。
遅刻覚悟。
最悪7時半に大阪港のバイト先から出発できれば良いのだが・・・・

今日、明日と金沢の現場へ行くことになっている。

前回遣り残した箇所をやる・・・ということであるし、
大体金沢一泊二日なんていったら移動時間だけでも往復8〜9時間はかかる。
要するに俺にとっては楽な仕事なのだ。

が・・・。
金沢に到着してからも、朝の眠気はなかなか引かなかった。
夕方ぐらいにはあまり眠そうなので、「寝とってええぞ。」とまで言われてしまった。

週末のガンダムが後をひいているのだろうか?
遊びで疲れを残して仕事に支障をきたすなどあってはならんことだ。
たとえアルバイトであっても金をもらっている以上はプロ意識をもって働くべし。
そんなことを考えながら明日も金沢でのバイトは・・・続く!


追記:
 どうやらアラームは5時にセットされていなかったらしい。
 6時にセットされており、しかも音が最小だった。
 それにしてもよく7時半に間に合ったものだ。
 その点だけは、偉いぞ、俺!




2001年12月09日(日)
週末の1年戦争(後編)



眠い・・・・けど・・・・起きなくては・・・・。

ランバ・ラル特攻の続きから見なくてはいけないんだ・・・・。
死闘!ホワイトベース!(だっけ)から続きを見なくてはいけないんだ・・・。

30分の2度寝(予定の範囲内)から目覚め、簡単な朝食をすまし、駅へダッシュ。
タイミングよく来ていた電車に飛び乗り(駆け込み乗車は危険ですのでやめましょう)、
1度の乗換えを含んで約1時間の電車の旅を爆睡のうちに過ごす。

一応朝の7時50分ぐらいだったので、

「起きてたら返事をくれ、すぐ近くのコンビニにいる。」

彼にも色々事情がありそうなのでいきなり部屋に押しかけるのは良くないかもしれない。
メールを送った直後、後ろから肩をつかまれた。

・・・・なんだ、とっくに起きてそこにいたのか。

一分一秒が惜しいので藤山宅までまたダッシュ。
最後の1話だけ見られないなんて寒い事態だけは避けたい。

・・・・別に後で個人的にレンタルビデオ屋で借りて来てもいい話なのだが・・・。

ともかくせっかくだから可能ならば今回全部見てしまおう。


そういえば、結局この上映会って俺しか来てないけど・・・・?

「レンタルビデオ屋で一本100円セールやっててん」

それで分かった。
とりあえず前から見たかった(本人曰く)ガンダム11巻をかりたはいいけど、
せっかくだから誰かを誘って見よう。
そして、見そうな奴がここにいた・・・・と。

悪かったな。(否定できない。)
とにかく一分一秒も無駄には出来ないんだ、さっさと続きを見るぞ!

こんな状態で見るのだから、睡魔が襲ってこない方がおかしい。
今日飲んだ珈琲の数、カウント不能。
そんだけたくさん珈琲飲んでも、10巻頃・・・・えーっと、3時〜4時くらいかな?
その頃には二人とも意識朦朧状態で辛うじて起きている様なものだった。

「シャリア・ブルっていつの間に死んだ?」
「・・・・巻き戻すか?」
「・・・別にいい」

そんなタイミングがそれぞれに少しずつあったものの、
お互いにやばい時はテンションを上げつつ、励ましあって最後まで辿り着いたのだった。

「じゃ、次はZガンダムね」

そう言い交わしながら、藤山宅の前で俺たちは別れた。


よく考えたらファーストガンダムってテレビ版放映当時は人気がなかったらしく、
本当は52話ぐらいある話が43話で打ち切られているらしい。
・・・・ってぇことはその他のガンダムってもっと巻数多いんじゃないのか?

・・・・マジでまたやるのか?



・・・・・やってやろうじゃねぇか!!(やっぱり懲りない人)













2001年12月08日(土)
週末の1年戦争(前編)





それは一通のメールから始まった。

「えー、土曜日にガンダム全11巻上映会を行なうつもりですが、いかが?」

藤山君、俺は君の事を多少は阿呆だと思っていたが、
それでもまだマシな方だと信じていたんだよ・・・。

全11巻、1本のビデオに4話分入っているとして、およそ25分×4=100分。
100分×11巻で1100分で。。。大体18時間以上かかるんじゃないか?
18時間てあんた・・・朝の9時に見始めても翌朝3時までかかるんですぜ?
それ土曜日中に終わらんやん!!

「何故そんなことを思いついたの?」
「他に誰が来るの?」
ってなことを聞く前にそんな計算をしていた俺。


残念ながら、藤山君にも色々と事情があって泊りがけで見ることは出来ないらしい。
しょうがないので2日間に分けて見ることになった。

そして、これも家庭の事情(?)で、夜の7時までには、俺は帰ったほうがいいらしい。
なんだかよくわからんが、それなら6時過ぎには帰路に着いた方が無難なのだろうな。
んじゃぁ、、、
二日とも朝の9時から見始めたらいいのかな?

「いや、1本75分ぐらいやから、75×11で825分、13〜14時間ぐらいで終わるよ。」

ああ、それなら10時からで大丈夫やね、おーけー、おーけー。


ということで、今朝近鉄の某駅にて待ち合わせ、
近所のコンビニで昼ごはんのカップヌードル、珈琲のつまみの菓子をかい藤山宅へ。

万全の体制でビデオに向かい、ちょっと嫌な予感がしたのでテープチェック。


「・・・あ、2巻以降は一本95分〜100分入ってる!」

・・・・。
ってことは初期の計算復活か。
今日10時に来ちゃったから、5巻まで見られたらいいところかな?

・・・・ってことは残り6巻を1日で、しかも夕方までに見るためには・・・・・

「・・・・わーったよ・・・明日は朝8時に来るよ」


8時間休憩なしでテレビ画面に集中して、翌日も早起きするって・・・
下手なバイトよりもしんどいかも。

因みに、帰ってからララと遊んだ上に夜中の2時半までドラクエやってたのはかなり余談。




2001年12月07日(金)
腹いっぱい

いつもの様に百田君と山名君、3人で人工壁を登りに行ったその帰り。

梅田で食事をして帰ろうということになっていたのだが、

夕方ぐらいにふと思いついた俺と百田君。

「山名君の後輩も呼んでみようか?百てぃーのおごりで。」

え?俺?俺はいいの、働いてないからおごれません。


俺ら3人+山名君の後輩の2年生1名で食事をする予定になっ・・・・

と、その時当の2年生川端君(仮名)から電話が入った。

「1年生も連れてっていいですか?」

断れるはずがない。
百田君、ちょっと辛そうな顔をするが、でも笑顔で承諾。
偉いぞ、川端君、よくやった。

そして更に合流した大東君とあわせて計6人で、某トンカツ屋さんへ入る。

百田「僕よりたくさん食べたらおごったげるわ。」

・・・・。
百田君・・・・本気モードだね・・・。

確かに彼は上背はあるほうである。
が、どちらかというと痩せ型であるし、たくさん食いそうには見えない。
しかし・・・その実はココイチのカレー1300g完食の記録を持つ男である。

さてこのトンカツ屋、
キャベツ、ご飯、味噌汁に関してはおかわり自由である。
ようするにここら辺をどれぐらいおかわり出来るか、という挑戦なのだ。
昔は大東君、百田君、木下君と4人でこういうの良くやったなぁ・・・。
おまけにたくさん奢ってくれる先輩がいたから・・・。

そこではたと気付く。
そうか、百田君はその先輩に奢ってもらった分を、
今まで後輩がいなかったためにどこにも返せないでいた、
それをここで別サークルとはいえ可愛い後輩たちにご馳走することで返そうとした、
のかもしれない。

おかずより前におひつと茶碗だけが運ばれてくる。
えい、とばかりに自らの手で全員の茶碗に飯を盛り始める百田君。
たちまちおひつは空になる。
(おひつと言っても6人で二つ。一つに3人前ぐらいしか入っていないのだ。)

そして、たちまち空になる百田君と大東君の茶碗。

やれやれ・・・・。
諦めて付き合うことにした俺の茶碗も少し遅れて空になる。

唖然・・・・。
残り3人もそれなりに食べはじめるが、全くと言っていいほどついてこられてない。


「すいませーん、ごはんおかわりくださーい。」

最初のおかわりを叫んだ時、まだおかずは来ていなかった・・・・。

後輩諸君。
奢ってもらった食事は残してはいけない。
君たちは体育会系のために、そこらへんは分かっているだろう。
それを利用して、こういうイジメまがいのことをする(ちょっと言い過ぎた、百田。)奴もいることは覚えておこうね。

約1時間半。
店内の一部にかなり異様な雰囲気を漂わせていた俺たちの食事会は終わった。
もうあの店にはいけない気がする・・・。
そんなことは決してないと思うけど・・・・。

ちょっと調子に乗りすぎだったかもしれませんね。


そうそう、ララの写真館を開設しました♪



2001年12月06日(木)
長電話。

バイトから帰って疲れ果てた身体。
これはもう、即寝しかないな・・・・
という状態でパソコンに向かう。

スキャナが使えるようになって嬉しくてしょうがない。

よし、ララの写真をアップするぞ!

作業中に電話がかかってきた。
ああ、なんて懐かしい・・・。

中学校の時の友達・・・。
超超超久々に喋ることが出来た。

2,3年ぐらい前から久々に年賀状がくるようになり、
今年は喪中だから、って葉書を贈ったのが届いた、ちゅぅ電話だった。

約8年間。
会ってもなければ電話もしてなかったので、
お互い積もる話はたくさんあった。

気が付けば1時間半ほど経っていたが、まだまだ話せそうだ。

「家、そんな遠くないねんし、今度おいでや」

彼は電車で30分程度のところに住んでいる。
一度会いに行かねばね。


・・・・・。
ってことでララの写真アップ作戦・・・・断念。



2001年12月05日(水)
スキャナ。(2)

先日来、「ドライバはどこだ!?」などとお騒がせしているスキャナ。
最悪、藤山君が発見してくれるのを待つつもりでしたが・・・。

今日のバイトの昼休み・・・。


「スキャナのドライバが欲しい。」
俺が何の脈絡もなくいきなり切り出すのはいつもの通り。
対して、吉城さん(仮名)と池山君の二人が、
パソコンの話題だというだけで目を輝かせて憑いてくるのもいつもの通り。

事情を説明すると、
会社のPCを使ってドライバの手に入りそうなところを検索してくれる。

ここ数日の間に、読者である友人2名から教えてもらった、
また、自分でも発見していたけど見ていなかった発売もとのHPを見る。

英語である。(だから発見してても読む気がしなかったのだが。)

3人寄れば文殊のなんとかで、読み進めてみるが・・・
どうやらここにはドライバはないらしい。
もともとはデジカメやなんかをだしていたのが、
日本法人を興してから、スキャナにも手を広げたようなのだが・・・
その日本法人は撤退してしまったらしいのだ。

打つ手なしか?
と諦めかけた時、吉城さんがドライバのみ手に入るページを見つけてくれた。


夜、帰宅した俺は当然昼間発見したところを一目散にトライする。
確かに・・・別のスキャナ用のドライバだが、十分に使えるらしい。

インストールして、マニュアルとにらめっこしてなんとか使い方を把握。

そして・・・・。

をを!!出た!!!!!

やったぞ!
凄いぞ!!!

とりあえずララの写真でも取り込んでみよう!(そこ「やっぱりか」っていうな!!)

てやってるうちに深夜になってしまった。

結構時間かかるのね。。。スキャナって・・・。

今回取り込んだ画像はまた数日内にサーバにアップして見られるようにします。

請うご期待!!



2001年12月04日(火)
するべき事を数えてみよう。

色々とやりたいこと、やるげきことがあるけれど、
なかなかそれに追いついてこない私の日常。

ちょっと今日は羅列してみましょうか。

・あいてる分の日記を埋める。→もはや無理かもしれない。
・サークルのHPに山行記を記す。→ちょっとだけやってみた。
・トップページを作り直す。→そーいえばFTPをインストールしていない。
・自己紹介のページを・・・→  同 上
・なんか内定先から送られてきてる通信教育 → 添削問題だけでもやるか。
・ドラクエ検、 極めたい。出来れば。
・ララ → 遊びたい、疲れてなければ。
・写真整理 → アルバム購入計画中。最近写真が増えてきたから。
・すきゃなのドライバ探索 → 藤山君待ち。
・喪中の年賀欠礼葉書書き。→昨夜やったけど、枚数足りない分はメールで。
・ダイエット → 実家に帰って以来5キロ近く太ったな。
・トレーニング→ 捻挫以来サボりすぎだと思う。
・バイト → あくまでも遊ぶための手段として金を稼ぐ。
・睡眠 → 足りない・・・・。

総括。
金と時間をくれ!!(無理)



2001年12月03日(月)
ロクスノ

今日、百田君と二人で烏帽子岩に行き、
それぞれに満足の行くクライミングを終えた帰り道。

百田「ロクスノ買った?」

ロクスノとはロック&スノーという雑誌の略である。

昔出ていた「岩と雪」という雑誌の復活版、のつもりだったらしいが・・・
まぁその雰囲気は当時のものとは大分違う。

でもまぁ、現代のクライマーって人々、
それを目指す人々はそれなりにこれを読んでいるのではないだろうか?

定価は980円。
季刊のわりにそれ程高くない。
・・・普通は。

今日の俺の全財産は財布にあった3000円。
これで15日の給料日まで生き抜くはずなのに・・・・。

特に何も考えずに買ってしまった。

ていうか、3000円あっても多分普通に生きていけまい。
ま、いーや、最悪親に借りよう。自宅にすんでる特権だ。(なんか違う)

で、ロクスノ?
貧乏に耐えるだけの価値はありましたよ。

ていうか、金ないんなら、
ドラクエ買ったりとかしなきゃいいじゃんって思った方。
人のたまの贅沢にけちをつけんじゃない。
マジで久々の計画衝動買いなんだから。

・・・・。
眠いらしく書いてることが意味不明だ。
寝よう寝よう・・・・。



2001年12月02日(日)
スキャナ。

昔、NECのパソコンを使っていた時に、
間違ってAT互換機用のパソコンを買ったことがあった。
当時のpcでは接続できなかったので、
調度良いから友人の藤山君に安く売った。

それが、彼が使ってないという話を聞いたので、
冗談交じりで「くれ」といったら割とすぐに「お、やろか?」と返って来た。

「また今度」と口約束で終わるったらもったいないので、
できるだけ素早くつかまえて「じゃ。次の日曜日!!!」と・・・。

それが今日だったのだ。


そこは近鉄西ノ京駅。
今まで彼の家に3回も来ながら、夜ばかりだったので気がつかなかったが、
実はそこは薬師寺、唐招提寺の最寄り駅だったらしい。
彼の家に行くよりも薬師寺に行く方が近いのだから驚き。

と言っても待ち合わせ時間が夕方だったので拝観時間なんぞ終了していた。
駐車場すらも、なんかおっさんが片付けてはるところだった。


そんなこんなでお宅にお邪魔して夕食までご馳走になってしまった。

天ぷらに天つゆ・・・。
言われてみれば普通のことかもしれない。
しかし我が家では醤油以外のものを天ぷらにかけたことはない。

げに恐ろしき、家庭固有の文化の違いよ・・・・。

あ、スキャナですが、
ドライバCD(FDか?)がないため動かなかった。
DLしようとしたけど、これがなかなか発見できない。

VIVITARジャパンという会社のViviscanというスキャナのドライバ・・・。
もし持ってる人、DL先をご存知の方がいたら教えてください。



2001年12月01日(土)
それなりに・・・

一昨日のバイトは大変だった。

が、昨日藤原さんの納品も終わったらしく、
また、今日が土曜日であることも手伝って、みんな早く帰っていく。

ああ・・・もう一人ぼっち・・・。

思った時間は6時半頃。
まだまだ早いやん!
みんなサボりすぎやって!(注・別にさぼってません。)

そんなわけでさっさと帰ってゲームに興じる俺。

この後、翌朝午前3時までDQ4ラストボスとの戦いに興じる。
無事勝利を収めた後もそのままでは終わらない。
それが最近のドラクエ、それが現在の時の流れ。

そうして俺は、明日の朝6時。
やっとこさ地獄の帝王よりも深い眠りにつくことが出来た・・・。