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ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
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2001年11月30日(金)
身体を休めるのも仕事のうちよ・・・。

「充実しすぎて危険な日々。」

そんな不思議な言葉を投げかけてくれた奴がいる。
おお、確かに今の俺、そんな感じかもしれない。
日々色々なことがあり、楽しすぎて休むことすら忘れていた。
正確にはわかっちゃいるけど休んでられない。

主には岩登りに行って、後輩と戯れて、
自分もレベルアップせんとそれなりに頑張って、
そうやって遊んでたらお金がなくなるから、
そのためにもバイトしてお金を稼いで、
遊びやバイトで疲れた身体で帰ってみたらララが遊んで欲しそうにしてて、
一緒に遊んで疲れた身体で更にドラクエやって・・・・。

ほとんど破滅的な生活としか言いようがないかもしれない。

こういうのを刹那的享楽思考というのだろうか?

昨日のバイトはまさに危険度最高潮という感じだったので、
家に帰る途中には今日行くはずだった人工壁の予定をキャンセルしていた。

一緒に行くように言っていた山名君も風邪気味だったので調度良い。


・・・・。

ということで、目覚めたのは10時過ぎ。
あ〜、随分寝たな・・・寝すぎだ。

でもいいや。
今日はダラダラして過ごすと決めたのだから。

今日は何して過ごそうかなー。
ドラクエして、ララと遊んで、ドラクエして、喪中につき年賀欠礼の手紙を書いて
ドラクエして、ララのえさを買って、ドラクエして、靴を買って、ドラクエして、
お昼にはドンキーで食事して、さらにドラクエをする。

そんな生活もいいよねー。

あ、半ば以上実現してる。

夜遅く今まさに天空の剣が手にはいらんというところで、
「ララに会いに」来た客人と楽しく遊んでいたら寝るのが遅くなったけど、
そんなのは些細なことだ。

明日は土曜日でバイトで、でも明後日はまた休みで(休むの)・・・

11月最後の日はこんな感じでした。



2001年11月29日(木)
本日は父の誕生日

そう、タイトルの通り本日は父親の誕生日だった。

が、家に帰ったときには日付が変わっていた。

そもそも今朝はいつもより1時間早くバイトに出かけたのだが、
帰って来たのもその様に遅かった。

どうやら13.5時間も働いてしまったらしい。
今月はたくさん現場にも行ったが、
今日の内業がもっとも儲かったようだ。


帰りの電車で疲れ果てて寝てしまい、地下鉄鶴橋駅で下車しそこない、
次の今里駅で降りて駅員に
「近鉄今里駅は何処ですか!?」
聞いたところ何とか終電までには辿り着けそうな場所だった。

そんな小話が入ってしまうぐらい、
今日は心底疲れるまで働いた。

ゆえにこの程度の長さの日記で許してもらえるものと信じる。

ではまた。






2001年11月28日(水)
藤原氏と私

よく一緒に岩登りに行く藤原さん。
彼は我がサークルのコーチであるとともに俺のバイト先の社員さんでもある。
大学を卒業してしまって基本的に暇な俺は、
岩登り等の予定が入っていない時は基本的にバイトすることにしている。

遊ぶためには資金が必要だからだ。

何度か書いたかもしれないが、うちのバイト先にシフトというものはありえない。
中にはシフトどころか毎日働くのが当たり前の人々もいるにはいるが、
基本的には自由契約状態。
すなわち、

「明日あいてるんですが仕事ありませんか?」
という電話が主となっている。
また、仕事中に「明日も来られる?」という誘いがはいることもまた多い。
今日などもその感じだった。

藤原氏「今日何時までいける?(何時まで残って仕事できる?の意)」
俺  「ん〜、別に決めてませんけど・・・」

いつもなら、

藤原氏「じゃ、○時までにしとこか。」

早くても遅くても大体適当な時間を決める。というか決め付ける。
が、今日の藤原さんは違った。

「悪いけど・・・できるだけ頼むわ・・・・。」
出来るところまではやれ、多少遅くなっても頼む・・・と。

この人から、「悪いけど頼む」なんて言われたら断れないな。
むしろ「やれ」と言われたほうが「無理です」と切り返せるのに。

そんなわけで
「明日はいつもより1時間早く来てくれないか?」
というのも受けてしまった。
どうやら納品が近くてやばいらしいのだ。

こっちもその分稼げるからいいのだが。

帰りがけに藤原さんの言ったことには、

「遅うまでがんばってくれるなぁ、この借りはいつか返すぜ!」

いや、こっちの方が日頃から借りだらけなんですけどね。
そこまで言うなら明日も朝から頑張りますかねー。








2001年11月27日(火)

久々に髭を剃ってみた。

10月下旬に内定者会があったため剃らざるをえず、
しかしその後は、
バイトでも現場作業が続いたり、
プライベートでも山に行くことが多かったりで、
別に髭を剃らなくてもいい日々だった。

でも、なんとなくちょっとうっとおしかったので鼻の下だけは先日剃った。
こうするとまた顔の印象が微妙に違うから面白い。
(因みに鼻の下を残す、というのは前回やって、あまり変わらなかった。)

で、今度はとうとう顎鬚も剃ることにした。

多方面で、

「その髭やらしい。」

といわれまくったことも多少は響いていたかもしれないが、
やはり今週のバイトは室内業務が多いから、というのが主な理由だ。

剃ってみると、自分でも少し若返ったかな?
という気がしないでもない。

だからってもちろん幼く見えるということではない。
歳相応に帰って来ただけだ。


朝から意外な抵抗を見せる髭を剃るのに時間をかけていると
家を出る時間に微妙に遅れた。

いつもどおりの電車にきちんと乗れたのだが・・・・
なのに何故か2〜3分の遅刻(ダッシュ含む)。

「1ヶ月ぶりの髭剃りだったので遅刻しました。」
という素敵にマヌケな言い訳を用意しておいたのに、
なんかあんまり気にされてない。

・・・・面白くない、仕方ないから普通に働こう。



2001年11月26日(月)
筋肉痛の治らぬうちに。

昨日までの岡山遠征による筋肉痛が激しく身体を痛めつける。

というか、昨夜は疲れていたのに床暖房の上で寝てしまった。
これで疲れがとれるはずがない。
起きたら身体はだるいし喉はカラカラだ。
おまけに眠くて意識朦朧。
ってほとんど風邪をひいた時の状態だな。

寝ぼけ眼で荷物を準備して家を出る。

親「また山行くんか?」
俺「おぅ」
親「今日帰ってくるんか?」
俺「おぅ(うるせーな)」

微妙にタイミングをずらして祖母にも見つかった。
祖母「また行くんか?」
俺「おぅ」
祖母「帰ってくるんか?」
俺「おぅ(そんな一生帰ってこないみたいな言い方・・・)」


というわけで昨日帰って来たばかりなのに性懲りもなく山の格好で出かけた俺。
昨日よりはずっとコンパクトな軽装だったのに、
こんな時に限って電車で出会う大西君(仮名:本人はこの名、不服らしい)に

「アホみたいに大きい荷物持ってる奴おると思たらお前やった。」
と言われる始末。

日帰りで岩登りに行くだけの荷物なのだが、
一般の方々にはやはり大荷物に見えるらしい。

ま、いつもどおり気にしないが。


で、電車に揺られながらも立ったまま寝そうになる俺。
1年生が来なければ恐らく今日は岩場になんて行かなかっただろう。

百田君が1年生との連絡に手間取って何故か俺が連絡役になったり、
それでも連絡が取れなかったのは1年生が携帯電話を紛失したからだったり、
そこら辺の事情で1年生を1時間も待ちぼうけさせたり・・・・

集合するまでに既に色々なことがあったが、
基本的には割といつもの日常だ。

連休関係の大騒ぎも終わったし、年末に向けてまた明日からはバイトやね〜。



2001年11月25日(日)
週末に集結、岡山備中町!(後編)

テントでの目覚めは何故かみんな早い。
やはり特殊な環境であるだけによく眠れないのだろうか?
特に早いのは藤原さん。
この人の早いのはいつものことだ。

「もう寝よう。これ、明日片付けたらええやろ?」
いいながら置きっ放しにしていた鍋やなんかを1人片付け始めている・・・。

ちょっと、藤原さん!
あなた一番偉いんだから、こんなに早くからひとりで洗い物なんかしないでくださいよ!!
慌てて加勢する俺。

他の皆も後に続いてぞろぞろ起きてくる。
あー、お蔭で寒いしもっとゆっくり寝てたいって誘惑から解放されたわー。


食事の後は、昨日の続き。
皆で岩登りだ。
今日は一日登って夕方、日が暮れたら関西に向かって帰るぞー。

岡山から神戸だから、それでも十分早く帰られるのだ。

しかし・・・。
昨日から感じているのだが、岡山の岩場って妙に難しくないっすか?

関西では初心者レベルと言われているグレードのルート、
俺や倉林君は最近だったら余裕で登れるはずなのだが・・・。

「これ、絶対やばいって!!」
どうもボルトの感覚が広くて、グランドフォール(地面まで落ちてしまうこと)を意識してしまう。
今まで短いボルト間隔に慣れてしまっていたのだ、情けないことに。

藤原さんはいつもどおり登っているように見えるが・・・
いや、それでもやはりいつもより1〜2ランク下のルートで手間取っている。

立花や藤山、宮内さんに至ってはほとんど登れない。
しかし俺は立花に対してだけは容赦しなかった。

「もう無理ッス!」
「まだいける!もうちょっと頑張れ。」

このやり取りを後5回ぐらい繰り返した。
が、それでも登れなかったり・・・。
俺も最近はなんか厳しい先輩になってきたのかもしれない。

「じゃ、次はがんばろーな。」
「今度また人工壁連れて行って下さいよ!」
俺はこいつのこういう減らず口が好きだ。
よし、またビシビシしばいて、もとい、しごいてやる!


そして夕方には撤退。
帰り道、来た時は宮内さん(元ドライバー)しか運転しなかったが、
帰りは藤山や藤原さんも運転する。
神戸方面に戻ってきた時に、高速から下りるのに「しあわせの村」というところへ来てしまった。

「なんやこれは!?」
「何がしあわせやねん!?」
「しあわせになれるんか!?」
「ていうか、駐車料金がどーのこーの書いてあるけど、入ったら駐車せなあかんのか!?」

結局、どうやら通り抜ける分には駐車料金は必要ないようでした。
が、駐車券を取らないと入場できないから話がややこしいんだ!!!

といったところで、綺麗な落ちもつかないまま。
岡山備中クライミングツアーはこれにて終了。

めでたし、めでたし?





2001年11月24日(土)
週末に集結、岡山備中町!(前編)

岡山県備中町はクライミングの町で有名だ。
というのは半分嘘。
クライミングを通じて町おこしを企てている、というのが真相。

だから、まぁクライマーには有名だ。
今年もこの町でコンペがあったらしいが、それは我々とはあまり関係のない世界のこと。

11月20日の日記でも書いたとおり、
倉林君の進言で広島での岩登りから、岡山備中町での岩登りへと計画変更された今週末。

計画変更のかいあり、
関西からは宮内さん、藤原さん、藤山君、俺、立花君、の5人。
岡山で、丸亀から来た倉林君と合流して総勢6人でクライミングが出来ることになった。

現地には「備中クライミング広場」とか言う看板も立ててあり、
現地のクライミングを利用した町おこし・・・というのがかなりよくわかる。

しっかりとした駐車場、そしてキャンプ場が存在し、一旦荷物を置いたら早速みんなで岩に向かう。

この中で、藤原さんは大学時代から数えて10年以上の経験をつんだベテランクライマー。
(クライマー全体から見れば中級者レベル。
 だが我々から見れば雲の上のレベルだ。)
倉林君と俺は1年以上の経験、やっと初級者を脱した程度。
藤山君はワンゲル出身なので、クライミングは一応やってるが、ほとんどやってない。
いわば、素人同然。
宮内さんと立花君は今年始めた、素人そのもの。

こんなメンバーなのでなかなかみんなでガンガン登る。。。というのは無理だったが、
それぞれのレベルにマッチした、それぞれに楽しいクライミングが出来たのではないだろうか?


夜は、俺、藤山、宮内さん、倉林君の持ってきたテントで寝る。
今日は家からガスコンロやなんかも持ってきたので、
いつになくまともなキャンプモードである。

みんなで、ビールなんかを片手に、
現地のスーパーで買った野菜や肉を使って鍋をして食べる。
これはなかなかおいしかった。
鍋はやはり大人数でつつくのが一番うまい。(最近も書いたような気がするな。)

そうそう、こういう時の食材はきちんと現地で買いましょう。
ちゃんと土地にお金を落としてこないと・・・町おこしの意味がないでしょう?
(だから?って言われても・・・・)




<予告>

備中の岩場は難しい。

自信を失う俺と倉林君。
いつもどおり、悠然と登り続ける藤原氏。
なかなか思うように登れないでいる藤山君。
案外力強く登るが体力のついてこないミヤッチ。
そして期待の立花君。

6人の戦いは今日も続く。

そして、夕方には・・・・・

次回
「週末に集結、岡山備中町!(後編)」

あー、明日は筋肉痛だな。






2001年11月23日(金)
DQ4な1日。

(昨夜からの続き。)

そういうわけで今日は1日することがなくなった。
正確に言えば明日の準備などがあるのだが、
そんなものはトルネコが冒険してる合間にちょこちょこっとやったら終わった。

やはり面倒なことは先に片付けて楽しいことを力一杯楽しむのが良い。
それが俺のやり方だ。

そんな感じでぶっ通し(と言ってもちょこちょこ休憩したか)でやってたら、
もう第5章まで(全5章です)辿り着いてしまった。

こんなに早かったっけ・・・?

ていうか小学生の頃はそんなにゲームのやり方を分かっていなかったのか?

ま、いいか。

ゲームそのものに対する感想としては、
昨年出たドラクエ擦鮠絏鵑襪發里任老茲靴討覆ったということだろうか。

ドラクエ靴SFCでリメイクされた時は随分と感動して、
FCで3回はクリアしているのにまた2回ぐらいやってしまったけれど、
今回はそれ程でもないかも。

3Dマップや、仲間との会話システムはドラクエ犬箸个辰舛衢珊腓靴討い襪、
それすらも擦離轡好謄爐鬚修里泙浣用した様に見えてしまう。

と、マイナスイメージばかり書いているが・・・・

結局一度着手したらなかなか離れられない俺、
今日ゲームを終了した時には
「プレイ時間18時間半」
だった。

因みに2時間ほどうたた寝タイムが含まれます。
あしからず。


<次回予告>

関西から5人。
香川は丸亀から1人。

合計六人の勇士が岡山は備中町へと集まった。

クライミング暦10年以上が1人。
1年以上が2人。
ほとんどやってないけど1年以上が1人。
自然壁3回目が1人。
自然壁今回初体験が1人。

アンバランスなパーティーの、愉快で楽しい岩登り体験記。

次回
「週末に集結、岡山備中町!(前編)」

ていうかちゃんと辿り着けるのか?



2001年11月22日(木)
購入!DQ4!!

今日は何の日?ルッル〜♪

思わず歌ってしまいそうなテンションでバイトを終えると、
大阪で百田君と待ち合わせ、明後日からの岡山行きの打ち合わせ等をパッパと済ませた。
結局手に入らなかったルート図を百田君から貸してもらい、
ザイル、ハーネス等必要な道具も立花たちの為に貸してもらった。

とにかくそういうこと。
こんな話はそれぐらいでいい。

今日のメインはこの後、この後。


お金がないのは百も承知。
でも、ないなりに使っちまうポイントも実はあるのだ。

え?今日は母親の誕生日だって?
そんなこと急に思い出しても・・・。
いいや、駅で「雪苺娘(ゆきいちご)」でも買っていこう。
何も買わないでおこうかと思ったけどこういう時、
形だけでも何かを贈っておくのは後々何かと役に立つ予定だ。(腹黒?)


ってそんな話は更にどうでもいいんだって。


そんなどうでもいい紆余曲折たちを経て、ついに予約していた店でドラクエ4を購入した。
何故コンビニで買わずにゲーム屋で予約したのかって?
某FFみたいにコンビニで予約したら人形とかバンダナがもらえるのならそうしたが、
ドラクエはそういうのがついてこない。
まして、ゲーム屋で予約したら1割引されるとかなら、ちょっと遠くても予約するでしょう?

そんな感じぃ(語尾上がりで)。みたいな(更に語尾上がり)。


こうして小学生の頃、その青春(?)をかけたドラクエ4を手にして、
俺は実家へと凱旋した。

なんと幸運なことか、明日から3連休を使って岩登りにいくはずだった予定は、
明後日からの2連休のみを使っていくことになったので明日はあいている。

ふふふ・・・・。
今からドラクエとともに過ごすエンドレスな夜が始まるのね・・・。
狂ったようにゲームばかりする・・・という表現があるが・・・
俺はドラクエの前に座ると・・・・狂うのだ。

文句あるか?!


<次回予告>

今日はどんな予定が入っているのですか?

当初の予定では関西にいないはずだった。

が、計画は2転3転した。
本当は残念なところなのだが、
俺にとっては一つ喜ぶべきところがあった。

ドラクエだ。


次回
「DQ4な1日。」

ドラクエのやりすぎは、あなたの健康を損なう恐れがあります。
ご注意ください。




2001年11月21日(水)
「赤本」

バイトが終わってすぐ、俺は何かにせかされるように大阪梅田へ向かった。


そこらへんに売ってない本
     ↓
大きな本屋さんで買うべし
     ↓
梅田の紀伊国屋書店に行こう

俺の中ではこういう図式が出来上がっている。

バイトが終わったのは7時前だったし、
紀伊国屋書店は確かもっと遅い時間までやってたと思うのだけれど、
何故か俺の直感が急げと言っていた。

ほどなく、大阪に着き、いつも行く紀伊国屋書店へ向かう。

・・・・。

「本日店休日」

・・・・・。

思わず漫画チックな悲鳴をあげたり、
誰かにナレーションチックな突っ込みを入れてもらったりしたいところなのだが、
何故か今日に限って俺の頭は素早く回転した。

「ならば旭屋書店へ行けばよい」

実は旭屋書店へ1人で行ったことはない。
1人で大阪梅田をうろつくことというのも、就職活動以外ではなかった。

が、以前友達に連れられていったおぼろげな記憶をたよりに進んでみると・・・

奇跡とばかりに一発で辿り着いた。

「おお!すげえ!!!」

大阪人にとって、それがそんなに凄いことであるはずはないのだが、
大阪に住んでいながら大阪を知らない俺。
そんな俺をご存知の方ならこの状況の凄さを良くわかってもらえるはずだ。

目指す本は「日本のフリークライミングルート集」。
連休で行くことになった岡山は備中町のクライミングエリアのルート図を手に入れるため、
以前から欲しかったこの「赤本」とも通称される赤いカバーの本を探していたのだ。

すぐさま「山コーナー」を発見したが、求める本だけが見つからなかった。

これは一体・・・?

と悩む時間も勿体ない。
時計は19時40分を回っている。
山関係の書籍なら山道具屋を回ればいいではないか。

またもや天啓の如く脳裏に閃いた考えを実行すべく走り出す俺。

今まで道を間違えず行ったことのない「ロッジ」「IBS」なる山道具屋を目指し走り出す。
途中「Book1st」なる書店も見つけたが、
営業時間が10時ごろまでであるのを確認して「後回しだ!」。

ここまで機転を利かし、今日は初めて両山道具屋に迷わず辿り着いた。

が、どちらでも・・・

「置いてませんね。」
「大きな書店に行ってみては?」

・・・・・大きな書店お休みでした・・・。


恐らく紀伊国屋に行けば全て解決するのだろうが、
今週末必要な本なので出来れば今日中に手に入れたい。
手に入らなければ・・・何か別の手段を考じよう。

え?ああ、Book1st?
もちろんありませんでした・・・。

もしかして誰かが俺に「岡山行くな」とか言って邪魔してるのか?
とか考えてしまうぐらい全てがうまくいかぬ。

が、そんなものに屈してたまるか。
必ず何とかしてみせるぜ!


<次回予告>

お金がないない、言ってますが。
計画的な衝動買いも、時にはします。

ドラクエには・・・・そんな魔力が潜んでいます。

わざわざ予約してしまった俺の真意とは?

何故コンビニで買わないんだ!?

ていうか、店員愛想なさすぎ!!

次回
「購入!DQ4!!」

思い出せ!あの日の感動!!!



2001年11月20日(火)
二転三転・・・。

今週末は三連休である。
藤原さんとサークルのメンバーとで広島の方の岩登りに行こうと思っていたが、
藤原さんの仕事の関係上むりっぽくなってきた。

それでは、関東在住の木下君を担ぎ出して残りのメンバーで湯河原へ行こう、となった。
これが一昨日ぐらいの話。
そしたら昨日、藤山君から電話があって、

「もしかしたら。。。行けなくなるかも知れなくて。。。
 そのことをちょっと頭に入れておいて欲しいんですが。。。」

。。。。
ダメだこりゃ。
こういう口調で、「やっぱり行ける事になったよ♪」といった奴はほとんどいない。

仕方ない、交通費の問題もあるし、諦めて近郊の岩場で我慢しよう。
社会人の参加者を逃せば、
俺が1年生二人の為に余分に出してやらねばならない交通費の比率が増える。
それは困る。

と、その様に考えながらバイトしていると昼休みに倉林君から電話が入った。

「じゃぁ、24日から一泊二日で岡山あたりにすればええんやない?」

それならば香川在住の倉林君にも余裕で参加できる。
なるほど、ええ考えや!

それからが大変だった。
参加者の人々に連絡をとり、必要なものをリストアップし、さらに連絡する。
立場上一番暇なのが俺になり、俺が立ち回らざるを得なくなる。
無職になって、以前より忙しくなった気さえする。

というより、人間同士のつながりを考えると、
藤原さん、倉林君、藤山君、1年生二人。
といった感じで俺を間に挟まないと連絡をとりにくい組み合わせなのだ。

藤原さんが動いてくれれば1年生以外とは連絡を取れるはずだが・・・・
藤原さんが動くはずもない。

結局俺がやるしかないのさ。
ま、いいや、楽しいから、やっちゃぇ。

こんな考えだと後々後輩が育たないような気もするけど、
まだまだ一番最初だからやっといてやろう。

でも頼むから春までには・・・1年生(その頃は2年生)たちにもそれぞれ独立していて欲しいものだ。


<次回予告>

・・・・。
何故だ?
何故見つからない?

紀伊国屋、旭屋書店、Book1st、ロッジ、IBS。

探すところは探したが、どこでも手に入らなかった。

一体何がいけないっていうんだ!?

次回
「赤本」

行っとくけど、大学受験するわけじゃないよ!



2001年11月19日(月)
新人歓迎の会

今日は我がサークル新人歓迎会。
昼、夜の2部構成で、
昼は烏帽子岩にて岩登り。
夜は四条河原町にて飲み会、という非常に当サークルらしいメニューになっている。

昼の部では期待の1年生のデビュー戦。
クライミングブランク1年と3/4、復活の第一戦となった。

まだまだたくさん岩場に連れて行かないと、
来年四月以降1年生同士で山に行かすのは不安な気もするが、
それをやるのが俺の使命だと心得ている。

なんとかしてみせようじゃないか!


夜の部では、もう1人の1年生立花君はもちろん、仲良しの某山岳系サークルからも1人招待した。
更に大東君の彼女の飛び入り参加のお蔭でかなりの盛り上がりを見せた。

大学1年生の時以来行っていなかった、四条河原町下ルにある「地球屋」だったが、
この間の俺の卒業祝い以来定着しつつある。

すっかりいい気分になって帰宅してみると午前一時。
これは明日のバイトにい支障を来たす前に眠らなくては。
といったところで今日はおしまい。



2001年11月18日(日)
紅葉物語Αヾ惷、実家、兄夫婦

紅葉を見に来た梓ちゃんは午後、関空より秋田に向かって帰っていった。
伊丹から帰るはずだったが、少し遅い時間に出る関空からの飛行機に予定変更。

帰りたくなさそうな雰囲気全開だったが・・・まぁ、しょうがないな。

そして実家に帰る道すがら、
俺の頭の中では既に別の計画が頭を悩ませていた。

今週末、藤原さんや他数名で広島の山へ岩登りに行こうと言っていた計画。
これが、どうやら藤原さんの仕事の都合で変更せざるをえなくなったのだ。
藤原さん・・・あれだけドタキャン禁止だって行ったのに・・・。
というか俺的には「ドタキャン禁止」ということで、
「無理やったら早めに言ってくださいね、仕事やったらしょうがないから」
といったつもりだったのだが。。。伝わってなかったな、やっぱり。

この件をなんとかしなくてはいけない。
俺は一番暇な身分ということで何故か必然的に幹事に仕立て上げられているし・・・。
まぁ、確かにメンバー全員と連絡がとれるのは俺だけだ、という問題もあったが。

まぁいいや、なんとかなるだろう。


家に帰ったら、母親がおらず、
「ばんめしは中華でも行こか?」
という父親。

幼い時から家族で食事に行くといえばこの中華料理屋だった。
いいタイミングで兄貴夫婦も遊びに来たので、一緒に行くことになった。

まぁ、週末のことは忘れて、とりあえず今日は家族で食事ってことですねー。




2001年11月17日(土)
紅葉物語ァ〆

確かに昨日は随分歩いた(というか自転車をこいだ)。
が、それだけが理由なのか?
この程度、以前は全然なんともなかったはずなのだが・・・・

しかし現実は厳しかった。
朝はなかなか起きられなかったし、起きてからも随分眠たかった。

昼過ぎぐらいには京都に戻り、確か、東山方面の寺をいくつか拝観した。
正確な寺の名前も覚えてないほど疲れていたのかと言われるとつらいが、
真面目に何処回ったっけ・・・という感じだ。
それとも連日の観光で感動が薄れてしまっているのだろうか?

ま、ともかくそんなこんなで、俺はどうやら疲れてしまっていたらしい。
むぅ・・・ちょっとショック。
俺ももう歳かなぁ・・・。
いつまでも若いつもりだったし、実際年齢もまだまだ20代前半なんだが・・・。


そして、夕方。
夜には清水寺、その他の夜間特別拝観見に行く予定にしていた。
が、その前に、梓ちゃんと同じく白馬岳で夏一緒だった仲村君と会うことになっていた。
集合場所は京都駅大階段前・・・・。
なんて効率の悪い待ち合わせ場所・・・・。
しかも仲村君は携帯電話を持っていない。

すれ違うこと数時間・・・。
やっと会えて、楽しくお話したのはいいけれど、結局夜間特別拝観は見られなくなっていた。
まぁ・・・しょうがないか。





<予告>

本当はまだ帰りたくない。
身体全体からそんな雰囲気を放つ梓嬢。

そしてそれを無理やり(?)関空から送り出す俺。

実家に帰って待っていたものは、
藤原さんのドタキャンの残務処理、代替計画立案、
そして親父と兄夫婦との夕食だった。

次回
「紅葉物語Αヾ惷、実家、兄夫婦」

休暇終了、これからまた忙しくなっちまうなー





2001年11月16日(金)
紅葉物語ぁ〔斉香物語

朝、早起きして奈良へ向かった俺たち。
今日は今日とて奈良は明日香村の紅葉を見ようということになった。
飛鳥といえば、俺ら大阪府民にとっては遠足スポット。

小学校から、個人的に行ったのを含めれば・・・・6〜7回は行っているのではないだろうか?

悪いけど大阪の観光名所なんかよりよっぽど知ってるよ。

近鉄飛鳥駅から、今回ははじめての試みとして自転車をレンタル。
一度やってみたかったんだ、これ。

なぜって、歩くのは好きだけど、梓ちゃんも俺も一箇所に長く留まってゆっくり見るタイプ。
移動時間を削られればそれに越したことはあるまい。

コースとしては、

猿石→鬼の俎、鬼の雪隠→橘寺→川原寺→石舞台古墳→酒舟石→飛鳥寺→高松塚古墳。

こうやって並べてみると盛りだくさんだな。
実際、猿石、鬼の俎、鬼の雪隠、石舞台古墳、酒舟石なんてほとんど見るところがないので、
割とさらさらっと通り抜けたものだったが。

長時間楽しめたのは橘寺。
聖徳太子の生まれた寺・・・というのは間違い。
聖徳太子の生まれた地に建立された寺、というのが正解らしい。

この寺にしても、他の寺にしても、飛鳥では随分とお寺の雰囲気がいい。
文化遺産にも数えられそうな仏像に、ほとんど目の前まで近寄れる。

「仏像に手を触れないでください。」

とはあるものの、柵などが設けられているわけではない。
そんなに観光客を信用してもいいのか?
と思うのだが、実際そこに仏像が残っているのだから、今までそれでやってこられたのだろう。
このあたりとは随分京都とは違うな・・・と思った。

俺はもともと大阪でも山一つ隔てれば奈良、というところに住んでいるためか、
この奈良の雰囲気は結構好きだ。
もしかしたら、京都、大阪、神戸、奈良、と並べられても奈良が一番自分と合うかもしれない。


おっと、橘寺の話だったか。
橘寺というと、二面石と本堂の仏像だけ見て帰る人が多そうだが、
この寺は他にも色々な建物があり、そのほとんどが拝観可能だ。
しかも、かなり中まで入れるし、特に中に見張りがいるわけでもないので、
かなりのびのびした気分で拝観できる。
この、観光客を信用しきった態度が、逆に観光客を悪事から遠のかせるのかもしれない。
が・・・
まぁ、しかし事が起こってからでは遅いのが防犯というものだから、
この件に関してはこれぐらいにしておこう。

後、面白かったのは川原寺。
これは・・・みなさん行ってるのに気付いてない人が多いのではないだろうか?
ほら、橘寺の向かいにあって、だだっ広い公園になってて、
お寺(?)の柱の基礎みたいなやつだけが埋まってるところ。

わかんねぇかなぁ?

まぁいいや。
ともかく、そこが川原寺遺跡。
そこには、もちろん川原寺ってのもあって、
今回初めてそのお寺の方に入ってみた。

なんか普通のお庭みたいになってて・・・・。
これ、本当に拝観できるのか?
なんかさっきお爺さんがコンビニの袋もって入って来たけど・・・
ああ、あっち側は家になってるのね、なるほどなるほど。
あ、なんかテレビもついてるのが見える。
生活観漂うなぁ。
という感じだったのだが、入ってすぐ正面の壁に

「本堂拝観希望の方は声を掛けてください。
 住職の説明つき 150円」
というような意味のことが書いてあった。

・・・・。
ちょっと・・・声かけにくい雰囲気。
しかし、意を決して声を掛けて・・・・

見る前に近寄ったら向こうから出てきた。

あ、さっきのお爺さん。
着替えてる。
住職さんだったんだ。(考えてみれば当然か)

御住職、拝観させてくれと頼めば、中へどうぞと扉を開ける。

中には、本尊と思しき十一面観音像(だっけ?)と四天王(こっちは確実)の姿。

そして座れと勧める住職。

「あの・・・・拝観料は?」
「そんなに慌てなさんな、ものには順序というものがあります」

というような内容を流暢な奈良言葉で話される。
俺でも少し理解し難く、梓ちゃんには半分も理解できてない模様。

「は、はぁ」
「さて、まさしくここはお寺です。お寺に来たからには先ずはお参りをして下さい。」
「は、はぁ・・・」

よく分からないなりに、しかしご尤もだと思いながらお祈りを、もといお参りをする。

「終わりましたか?こちらには朱印を押しに参られる方もいらっしゃいますが、
 こちらは必要ですか?」
「い、いえ・・・」
「それでは300円頂きます。」
「??」

はい?

「300円頂きます。」

ああ、もしかして拝観料?
俺ぁまたてっきりはんこ押してもらうなら300円かと思った。
二人で300円ってぇことね、はいはいどうぞ。

そして住職のありがたいお話が始まる。
なんかはじめのほうで一発ギャグが飛んでいたが、俺はすぐに反応できなかった。
まさかそういうギャグが飛んでくるとは思わなかったからだ。

住職曰く。
「飛鳥に来たら地面に埋まってるものばかりで、下ばかり見て帰ります。 
 人によていろいろな感想をもたれますが、よかったというひともいれば。。。」

ふむふむ。

「あ、スカでした、という人もいらっしゃいます。」

はい?

「わかりませんでしたか?そちらの人は分かったようですね、後で教えたげてくださいね、
 そんなことはもう二度といいませんから。」

ここでやっと意味を理解した俺。

この後も住職のマイペースでドンドン話は続くが、
やはり言葉が流暢過ぎてあまり理解できない。

そして、一通りの話が終わったら、
「さて、後はご自由に仏像の方を拝観してください。
 ただし、重文(重要文化財)に指定されておりますので手は触れないこと、フラッシュはたかないこと、
 以上は守ってくださいね。
 後先程の話でもっと詳しく聞きたければ、私も喋るのが仕事ですから一晩かけてでも喋りますよ。」

いらんいらん、いやおもろいけど・・・・

と、こんな感じの川原寺。
機会があったら行ってみたらいいっすよ。

いやいや、新たな発見の多い飛鳥観光でした。

追記。

先日のフグの件ですが・・・
通天閣に行った時、謎が解明されたと書きました。
奈良の帰りに大阪により、通天閣を見に新世界へ行ったのですが・・・・
通天閣は時間切れで見られなかったのだが、フグはそこにいた。

「あ、これこれ!!」

確かに、道頓堀で見たのと同じフグの巨大な奴がいる。
ああ・・・そうか・・・・ここが本店だったのか・・・。

しかし・・・・観光客って・・・この間のカニ道楽、食いだおれといい、
こういうの写真に撮るものなんですね・・・。
ちょっとビックリでした。


<予告>

歳をとったな・・・と思う。

昨日あれだけ歩いただけで、
耐え切れないこの眠気。
そんなに疲れた気はしなかったのだが、身体は正直だった。

若いな・・・・と思った仲村君との再会。


次回
「紅葉物語ァ〆弌

見逃した!夜間特別拝観!!




2001年11月15日(木)
紅葉物語 そして紅葉へ・・・

今日という今日は紅葉を見に行くのだ!
昨夜現れたみさきを入れて総勢5人。
曼朱院、実相院と、ついに紅葉を見学するコースを回り始める!

をを、ついに紅葉見学ツアーの始まりだ。
さすがに紅葉してきているだけのことはあって多少は肌寒くなっている。

が、まぁ、そんなことはどうでもいい。
ともかく紅葉なんだ。

いや、別に紅葉にそんな深い思い入れがあるわけではないのだが、
本懐が遂げられると「いよいよ」という気持ちも高まってくる。
どちらも言ったことのない寺だったので、見所は満載。

大人数(?)で回るのも、それはそれで楽しいものだ。

夜にはみんなで鍋をつつくことになっていた。
これも寒くなってくる季節にはありがたい企画・・・・
ていうかいつもみんなで鍋か焼肉かどっちかを食べてるような気もするけど、
大人数で集まる時はそういうのが一番楽しいのよな。

そして夕食の段階になって登場するきよ。(準備の段階からいましたね、はい。)

このためだけに神戸からやってくるその根性は見上げたものだ。
交通費を含めればなかなか高い鍋になったかもしれないが・・・
まぁ、鍋は人間が増えれば増えるほど楽しいものよ。

(そういや以前すげぇ人数で鍋を囲んだこともあったっけ・・・
 確かに旨かったけど・・・・
 あの時は収集がつかなかったな。)

やっぱ鍋っていいですね!(紅葉についてのレポートが少ない?すまん!)



<予告>

紅葉の京都を回る計画のはずが、
紅葉の関西を回る計画へと移行。

もとより、関西には滅多に来られない人なのでそれは仕方がない。

何度も回った明日香村に新たな発見。
川原寺の住職は楽しいぜ!!

「紅葉物語ぁ〔斉香物語」

ところで通天閣よ、せめて後2時間空けててくれ。



2001年11月14日(水)
紅葉物語◆仝学!ラーメン記念館!!

昨日訪れたのがサントリーの蒸留工場なら、
今日訪れたのは池田市にある、インスタントラーメン発明記念館。
これも、「紅葉が見たい」と遥々秋田からやってきた梓ちゃんの希望だ。

効用見てないやん!
ちゅぅつっこみは禁止。
まぁ、紅葉があまり進んでなかったから調度良かったという説もあるが・・・・。

場所は、確か阪急池田市駅から歩いてすぐ。
・・・・。
すぐのはず・・・・。

何故か・・・・。
たくさん時間がかかったが・・・・。

ただ、「チキンラーメン手作り体験」を午後から予約してあり、
その時間よりだいぶ早めについてしまう予定だったから、タイムリーといえばタイムリーだったかも。

ラーメン記念館、一回には日清のチキンラーメンから最近のラーメンに至るまで、
様々なラーメンの紹介や、CMのビデオ放映など、様々に楽しめる。
昔のCMは・・・面白いね。
自分が知ってて懐かしい奴はもちろんのこと、みたことないやつも、
それぞれの時代が反映されててかなり楽しめます。
時間の大半はこれに費やしていたのではないだろうか?

チキンラーメンの手作りが終わってから、
「タイで売られているカップヌードル」を食すことにした。
これはタイで実際に発売されているもので、多分日本ではここでしか食えないものなのだろう。
確か、トムヤンクン味とかなんとか・・・。

食ってみた。

辛い。
でも旨い。

これ、近所に売ってたら毎日食うかも。(なんていったらあなたの味覚はおかしい、といわれることうけあい。)


ラーメン記念館を出たあとは、せっかくだから大阪の街中も見ていくことに。
それで道頓堀に行った・・・・はいいけど・・・・
そこ・・・
梓・・・・
もしかして・・・・かに道楽のカニをカメラに収めてませんか?

あ・・・・グリコの看板も・・・・。
くいだおれ人形も・・・・・写真撮ってる・・・・。

挙句の果てには・・・・。

「このフグ、もっと大きいと思ってたのに・・・・。」
・・・・そうなのか?

その謎は数日後、通天閣を見に新世界へ行った時解消されるのだったが・・・。
それはまた後の話。

<予告>

集まった人間は5人。
曼殊院、実相院にて紅葉を満喫!?

多少の寒さは歯牙にもかけず、
案外染まったもみじに感嘆。

鍋を食べる時には6人になっていたこの不思議!

次回
「紅葉物語 そして紅葉へ・・・」

高い鍋だねぇ〜。





2001年11月13日(火)
紅葉物語 仝学!山崎蒸留所!!

梓ちゃん(仮名)という名前をご記憶だろうか?
夏休み、白馬岳でバイトしていた時一緒だった、秋田県出身の大学生だ。

彼女は自称、無類の関西マニア。
今回、わざわざ大学を休んで、京都の紅葉を見るためにやってきたのだ。
京都の紅葉・・・と言ってもまだまだ微妙な時期。
完全に見ごろ・・・というほどでもないのだが、
もともとこの時期に来る予定で、来てしまったのだから仕方がない。

じゃ、とりあえず行きたいところは?

え?
山崎にある・・・サントリーの・・・工場??


それと紅葉となんの関係がある?などと言ってはいけない。
だって、それはそれで面白そうじゃないっすか。(をい)
それに、確かに関西にこないと見られないものでは・・・ある。

というわけで、今日は先ずサントリー山崎蒸留所を見学に行った。

中ではウイスキーの蒸留過程等を順をおって見学させてもらえ、
しかも試飲までさせてもらえるのだ。(そっちのが目的か?)

今回試飲させて貰えたのは、
「響」の水割り(!!)と、
「角ビン」をCCレモンで割ったもの、
それに「なっちゃんグレープ」だったが、
俺が飲んだのは角ビンCCレモン割りと、響水割り。

CCレモンは言われてみればサントリーのジュース。
焼酎じゃあるまいし、ウイスキーをこんなもので割るなんて・・・・
あ、案外いける。

なるほどなるほど・・・。
そして、響の水割り。
こちらは、「究極の水割り」とかなんか言ってたっけ?
確か、氷をグラス一杯に入れて、ウイスキーを注ぎ、13回転半かき混ぜ、
水を入れたらまた3回転半かき混ぜてできあがり・・・・だったかな?
水にもなにかこだわりがあったような・・・・忘れた。

え?味?
ああ、えっと、飲みやすかったですよ。(それは味か?)

しかし、関西に住んでいながら、こんなところに来ようとは思ったこともなかった。
結構奥が深いな・・・関西・・・・。(をいをい)


<予告>

明日訪れるは、池田市のインスタントラーメン発明記念館。

昔のCM、チキンラーメン製作体験、
色々と楽しめましたとさ。

それにしてもどうして到着までにあんなに時間がかかったのか?

梓ちゃんの道頓堀での意表をついた行動にも注目!!

次回
「紅葉物語◆仝学!ラーメン記念館!!」

紅葉見てないやん・・・・ちゅぅ突っ込みは厳禁!!




2001年11月12日(月)
ララの観察 その

仔犬というのは産まれて2ヵ月後に1回、3ヵ月後に1回、といった具合に、
予防注射を打ってもらわなくてはいけないらしい。

狂犬病の予防接種はとても有名で、しかも重要。
これはどうやら人間に感染するから、ということらしい。

それ以外にも、詳しくは忘れたがなんか7種類ぐらいの病気に対するワクチンを注射する。

今日はその為に動物病院を訪れたのだ。
うちのララはまだ、あまり外に出たことがない。
と、いうよりも3ヶ月目の予防注射を終えるまでは外に出してはいかんらしいのだ。

そのため、母親の運転する車の助手席に抱いて乗せてやった時にはかなり興奮していた。

注射そのものは一瞬で終わった。

「え?もう終わったんですか?」
俺が聞いてしまったぐらい早かった。

実際は、注射よりも仔犬を飼う時の注意点などを聞いている時間のほうが長かった。
終わって、やたら狭い駐車場から車を出そうとしているとき、
親父から電話が入った。

「車の駐車も犬の注射もうまいこといったか?」


家に帰ったララはいつもと変わらぬ、
いや、いつも以上のやんちゃぶりを発揮していた。
身体も随分大きくなってきたし、走るのも速くなってきた。
妙に賢くなって来た気もするし、歯も鋭くなってきた。

家の中でララと遊んでやりながら考えた。

来月もう一度予防接種をしたらやっと外に出してやることができるらしい。
注射後1週間ぐらいしてからしか外に出してはいけないので、
大体クリスマス頃になる、と獣医の先生は言っていた。

それまでこいつはこの家の中でしか走り回れないのか。
そろそろ狭く感じているのだろうなぁ。
早く外を散歩させてやりたいな。

遊び終わった頃には俺の方が疲れて眠ってしまっていた。


<予告>

京都の秋の紅葉を見るために、
遠く秋田からやって来た者あり。

何故かは知らずサントリーの工場見学に行くことに。

究極の水割りとやらはいかなる味なのか!?

次回
「紅葉物語 仝学!山崎蒸留所!!」

紅葉は・・・・まだ早かったか?



2001年11月11日(日)
失望と希望

いつものように百田君と二人で岩登りに赴く。
が、本来、今日は二人と言う予定ではなかった。

1年生や、最近知り合った川村君(仮名)と来る予定だったのだが、
それぞれに簿記検定やバイト、研究室の急用などでキャンセルになってしまったのだ。

非常に残念である。
と、言わざるをえまい。
が、言っても詮無いことでもある。

いつもの烏帽子岩の近くの道路には、
いつも以上のおびただしい数の車がとめられており、
それを見ただけでもかなりやる気をなくすものがあった。

実際に岩場にたどり着くと、予想通り物凄い数のクライマーたち。

・・・・。
これはやばい。
もしかしたらUSJに行ってアトラクション待ってるほうが早いんじゃね-かと思うぐらい、
(それは流石に言いすぎか。)
力一杯やる気をなくしたが、それでも百田君は何本かは登った。

俺は、まぁなかなか治らない足首の捻挫を懸念して控えておいた。


折角誘った奴らは誰も来ないし、
岩場には人がたくさんで登れたもんではない。
どうしたもんかねぇ。

なんてため息をつきながら梅田で百田君と珈琲を飲んでいるとメールが入った。

「今日はどこへ行ったんですか?いい天気だったしね。うらやましー!」
急用で来られなくなった川村君からだ。

なんだかこれを見て百田君と二人、とても幸せな気持ちになれた。
誘ったかいがあったってものだ、よし、また声をかけよう。
こういうちょっとした心遣いと言うものは、とてもよく相手に伝わるものです。

よし、とりあえず新人歓迎会の計画から立てていくか!?



2001年11月10日(土)
金沢六日間 Σ晋里大阪で・・・

金沢六日間と称して始まったこのシリーズだが、
残念ながら6日目は看板に偽りあり、となった。

何故なら昨日の時点で大阪に帰ってしまっているからだ。

が、まぁ、書いてしまったものはしょうがない。

ここはバイト先で金沢の現場で取ってきたデータを元にして内業したから、
金沢の続きってことに強引にしておこう。

え?
今日の仕事?
スケッチの清書って言うこの世で俺が最も苦手な仕事です。
詳しくは聞くな。

そんな仕事をしてる時に、大東君から3回も携帯に電話がかかってきたら、
流石にちょっと早く帰っちゃおうかな、なんて思っちゃいます。

「さっきの電話の御用事なぁに?」
口ずさみながら電話を掛けるが、大東君はでやしない。

もう、僕のことは必要じゃなくなったんだね・・・。
というかきっと、出て欲しい時に出られなかったのだろう。

ま、しょうがない。
こういうことも、よくある。




2001年11月09日(金)
金沢六日間 ゼ存宗?華麗なる週末

今日で5日目である。
今日の仕事の進み具合で華麗なる週末を迎えられるかどうかが決まる。

。。。。ハズだった。

大体今日一杯で仕事を終えて明日の朝帰る・・・予定だった。


実際には昼にはもう大阪へ向かって車は走っていた。
最後の渓流を調査し終えたのが今日の朝。

実は昨日ごろ会社からの電話で里中さんは土曜日に会社にいなければならないことになったのだ。
ということは、当然金曜日中には帰らなくてはならないわけで。。。

かくして、華麗なる週末を迎えるために必死で頑張っていた俺たちだったが、

結局、必死で頑張らなければ全てを終えることが出来ない状態に陥っていた。

なんだかなぁ。。。。



<次回予告>金沢六日間 Σ晋里大阪で・・・(仮題)


大いなるオチ。
そう、その正体は、俺が今大阪にいることそのものだといっていい。

金沢から帰ってくるはずだった今日、
何故か俺は大阪でいつもどおり室内業務に励むのだった・・・。


次回
「金沢六日間 Σ晋里大阪で・・・」

シリーズ、完結。
まとめて書く日記のつらさよ・・・・。



2001年11月08日(木)
金沢六日間 ぜ駝と体重

ここ数日、コンビニで昼食の買い物をするついでに必ず買っているものがある。
その名はビックリマンチョコ。
それも超元祖の32段って奴だ。

里中さんと二人でなんとなく「買ってみようぜ」言って買ったところ、
いきなりキラキラシール(レアなのか?)が出たせいではまってしまったのだ。

それが金沢に来た初日の話。
2日目以降、買う数は圧倒的に増えている。
昼食の後だけだったのが、夕食の後にもつき、朝食の後にも食べるようになる。

4日目にして色々とやばいことに気が付いてきた。

まず、俺たちが昔買っていたビックリマンチョコは確か30円だった。
が、きょうびは一個60円もするのだ。
60円を10個買うと600円。

・・・どうやら既にそれぐらいは消費してるな。

そして、もう一つの問題。
ビックリマンチョコのチョコはウエハースの間にチョコレートが入り、
チョコレートの間にピーナツがたくさんちりばめられている。
そんなチョコである。

これを毎日食っているのだから、当然・・・・。


と、不安になったので今日久々に体重計に乗った。

・・・・。
案の定増えていた。

今日でビックリマンチョコ食うのやめよう。

・・・・。
やっぱり、買うのは金沢にいる間だけってことにしよう。

いや、でも・・・・。


どうやら重症らしい。



<次回予告>金沢六日間 ゼ存宗?華麗なる週末


努力のかいあり予定より早く日程を消化した我々。

だが、そこに待ち受けていたのは、

大いなるオチだった。


半ばヤケクソになりながらも、
それなりに満足した俺たちは既に次の仕事へ向かって動き出していたのだった。

次回
「金沢六日間 ゼ存宗?華麗なる週末」

男だったら奇跡を信じろ!!



2001年11月07日(水)
金沢六日間 L椹悗参變錣覆觸桔

今回のバイトの予定は月曜日から土曜日までの六日間。
この6日間を金沢の現場で費やす予定だった。

が、里中さんの得てきた情報によると、
火曜日と金曜日は雨が降るため、実際には残りの日程で工程を消化しなければいけない。

俺と里中さんは、出来るだけ損をせずに優雅な週末を過ごすことを考え始めた。

「火曜日が雨って計算だったわけでしょう?
 でも昨日は雨でも少しやったし、金曜日も雨とは限らないじゃないですか?
 雨でもまたやると思うけど・・・。
 ということは金曜日一杯、ないし土曜日の朝で全部終わるんじゃないですか?」

「そしたらかなりゆっくり帰れることになるな」


別にそんなに気合を入れる必要はないのだが、
こうして目標を定めると仕事にも力が入る。

あくまで自己満足でしかないのだが、
現場でダラダラするのは好きではないから、こういう風にするのだ。

ま、そういうお話。


<次回予告>金沢六日間 ぜ駝と体重


仕事中の楽しみは、
喋りと、食事と、おやつ也。

我らが見つけたあのお菓子、
食えば喰うほど深みにはまり、
とうとう体調に変化をきたした・・・・。

次回

「金沢六日間 ぜ駝と体重」

男だったら努力で幸運を掴み取れ!






2001年11月06日(火)
金沢六日間 雨が降ろうと・・・

昨夜は9時ごろにはもう寝ていたのではないだろうか?
否、9時ごろに寝た後11時に起きて寝ぼけ眼であいのりを見た気がしなくもない。

ともかくぐっすり眠ったのだ。
これで今日の現場作業は大丈夫。
さぁ、ドンとこい!

・・・・・。
雨がドンときても・・・・困る。

「これは無理やな・・・。」
里中さんも流石に現場に出る気はなさそうだ。

「そうっすねぇ、でも小雨になったら行けるんじゃないっすか?」
半ば冗談、半ば本気で俺が言う。
そして・・・・
その意見は採用されてしまった。

折角来たのに働けなければ食費の無駄で終わってしまう。
そんなもったいないことが出来るか!!

ということで午前中は結構必死で頑張ったら予想以上の成果を残せた。

8番ラーメンで少し遅い昼食をとっていると、
小雨が急に激しい雨に変わった。
音もすさまじい。

「これ、あられ混じってるんじゃない?」
店の中でおばちゃんが叫んでる。

よく見ると・・・たしかにみぞれだ・・・。
顔を見合す俺と里中さん。

「無理やな。」
「ですよねー。」

この日の午前中は、小雨になって動き出したら大雨になったり、
という不安定な雨の降り方に悩まされ続けたところだったのだ。

やってられるかーー。


<次回予告>金沢六日間 L椹悗参變錣覆觸桔


働く上で必要なもの。
体力、要領、モチベーション。

我らが目指すはただ一つ。

はやく仕事を終わらせて、華麗な週末を迎えることのみ!

俺の実力、見せてやるぜ!!

次回
「金沢六日間 L椹悗参變錣覆觸桔」

男だったら熱血・加速!



2001年11月05日(月)
金沢六日間 〇廚錣娘最

昨夜藤原さんとの岩登りから帰って来た時には既に日付が変わっていた。
その疲れを残したまま、今日からバイトで金沢の土石流調査に向かう。

このような慌しい日程は想像が付いていたので、
錫杖岳に出かける前から、6日間の荷物は用意してあった。

朝7時に会社につけるように、5時半に起き、準備万端で出発。
そして予定通り到着。

どうやら幸先の良いスタートを切れたようだ。


金沢に向かう車中のナビ、現地での作業も滞りなく終わり、宿にたどり着く。

風呂に入ろうかと思ったときに始めて気付く。
歯ブラシも、下着もきちんと用意して合ったのに、
何故かタオルだけは持ってくるのを忘れていた。

宿で借りると150円らしい。
これが1回の金額だとすると6回で恐ろしく高いタオルになってしまう。

コンビニで安いのをひとつ買って来るか・・・・。

そう思って外を見ると激しく雨が降っていた。
幸先の悪いスタートか・・・・。

<次回予告>金沢六日間 雨が降ろうと・・・


ゆっくりと睡眠をとり、体力はばっちり回復。
やる気も十分だった俺だが、
天気は微笑まなかった。

これは木下君の呪いなのか?
それとも天の与えたもうた試練なのか!?

次回
「金沢六日間 雨が降ろうと・・・」

男だったら気合と根性!!




2001年11月04日(日)
初の人工登攀 錫杖岳


確かに、雨は降らなかった。
その天は天気予報を信じてよいかもしれない。

確かに、冬型の気圧配置でかなり冷え込んだ。
それは山間部でも同じだった。
いや、むしろ、山間部でこそ更に冷え込んでいただろう。

が、登攀中に突然振り出した雪。
これは完璧に予報外だ。

まさかそこまで寒くなることは予想していなかったため、
俺も藤原さんも秋山装備できている。
冬山装備で迎え撃つ冬の寒さよりも、
秋山装備で不意に襲われる初冬の寒さの方が寒いのではないか?

そんな風に感じられる。

これは少しこの季節の山を舐めていたのかもしれない。
頂上から白いものをかぶった北アルプスの山々を見ながらひとりごちる。

北アルプスの高峰たちは、その頭頂部を白い雪に覆われ、
麓部分を赤く紅葉させ、
その間に当たる部分を見事なグラデーションで彩っていた。


「寒いけど、綺麗やね。写真撮った?」
「こういう景色は写真に撮って後でみたら結構大したことないんですよ。
 しっかりと目に焼き付けておかないと!」
偉そうなことを言っているが、これは単にカメラを下のテラスに置き忘れてきたからに他ならない。

「寒いしすぐ降りようか。」
ほとんど人のいない同ルートを下降し始めたとき、
俺の頭の中では帰りの運転についての悩みで一杯だった。



<次回予告>

朝も早くから家を出て、
7時半に大阪港を出発します。

そして六日間、金沢でバイト。

寒そうだが大丈夫なのだろうか?
そもそも今は当日の午前1時45分なのだが、
きちんと5時半に起きられるのだろうか!?

次回
 「金沢六日間 〇廚錣娘最圈

更新は早くとも1週間後。
まずそんなことはあるまいが。




2001年11月03日(土)
初の人工登攀 運転技術

俺たちは舐めていた。
連休の道路というのはこんなにも渋滞するものだったのか。

午前7時、天保山に集合したのち、
大津SAからは命知らずの藤原さんの命令で運転を変わる事になった。

「高速道路やったら運転できるやろう。」

高速道路には信号もなければ歩行者もいないし、迷子もほぼありえない。
だから、一般道を走るより楽だろうから運転しろというわけだ。
これに関しては後に職業ドライバーのうちの親父が別の意見を述べていた。
が、まぁそのことは忘れよう。

ともかく、そうして極度の緊張のうちに久々の長距離運転が始まったわけだが、
気合とは裏腹にいきなり目に入った「渋滞」の文字。

結局、
「無理せず80キロぐらいではしっていいよ」
との涙がちょちょぎれそうな助け舟も役に立たないほどに、
俺はほとんど高速道路らしい運転をしないまま郡上八幡でおりて藤原さんと交代した。

郡上八幡からは藤原さんの運転だったため、
俺は安心して助手席でくつろがせて貰った。
高山市内をつっきって新穂高温泉郷の方へ向かう途中、
何故か高山市内でこれまた予期せぬ渋滞にあう。

本当なら今日は8ピッチのうち、2〜3ピッチを登って、
(ロープ1本を使って登れる一区切りを1ピッチ)
そこでビバーク(露営)する予定だったのが、
渋滞のせいで着いたら暗くなっていたのと、雨が激しかったという2つの理由のために、
出発を明日の朝とし、今日は近くの無料露天風呂を2つほど巡って車中泊となった。

温泉はやはり良い。
できれば下山後にも時間があれば入りたいものだ。

そして車の中はやはり寒い。
足を伸ばして快適に眠れるというのは良かったが、
ビバーク予定だったのでシュラフ(寝袋)を持ってきていなかったためもんのすごく寒かった。

って、その予定を立てた藤原さんはなぜシュラフを持っているのだろう・・・・。



<次回予告>初の人工登攀 

天気はいい、という予報だった。
冬型の気圧配置、という予報でもあった。

我々は、11月の山をなめていたのかもしれない。


そして、足首の捻挫をも・・・・


次回
「初の人工登攀 錫杖岳」

ま、一応は成功でしょう?






2001年11月02日(金)
初の人工登攀 .▲屮澆隆靄

百田君が二つの「アブミ」を使って前傾している岩を登っていく。
それを下から眺めている俺。
少しでも自分の物にしようと必死だ。

ここは不動岩。
ゴールデンウイーク頃に上多さんとよく来たところだ。

明日から藤原さんと一緒に行く錫杖岳での岩登りに必要なアブミという道具を百田君に借りるため、
そして初めて手にするその道具の使い方を覚えるためだけに、今日は来た。

藤原さんと一緒に行く錫杖岳で行なう登攀では、
もしかして自分の手足だけで登れない難所が出てきたときのために、
アブミという道具を使って突破する事体も考えられる。

アブミというのは馬の鐙(あぶみ)と同じその名が表すとおり、
足を引っ掛け、それを足がかりとして進むための道具である。
使い方としては、アブミ上端の金具を岩場のボルトに引っ掛け、
3〜4段あるプレートに足を乗せる。
2つのアブミを交互に使っていけば、
ボルトが豊富にあるところでは岩に足をつけずとも上まで登れてしまうというわけだ。
(わかりにくいか?)

とまぁ、そんな説明を百田君がし終えた後で、

「じゃ、早速やってみ」

ということになった。
実は2日前山名君と一緒に人工壁に行った時の腕の筋肉痛がまだ残っていた。
あんまり今日やりすぎても、明日のためによくないな・・・。
だから今日は控えるつもりだった。

が、使ったことのない道具を本番でいきなり使うということは避けたかったので、
とりあえずここでアブミを一度使ってみることにした。

・・・・。
さっきの説明だと、アブミは足を乗っけるだけで楽に使えそうに見えますが・・・。

実はこれで結構、上手に使わないと腕の筋肉を使ってしまいます。
もうちょっと練習する時間があればよかったな・・・・

と思ったのだが、残念ながら明日出発なのに荷物の準備がちっとも整っていない。
筋肉痛の上さらに痛めつけた腕をさすりながら、
まだ日は高い不動岩に百田君と山名君を残し、今日は珍しくさっさと帰宅したのだった。




<次回予告>

「高速道路は全部運転してもらうで」
藤原さんはいつもどおり涼しい顔で恐ろしいことを言う。

連休を舐めていたため渋滞に悩む一行。
到着後、予定外の雨にまた悩む。

新穂高温泉で、露天風呂廻りと洒落込むぜ!!!!

次回
「初の人工登攀 運転技術」

君は、生き残ることが出来るか!?
(これ、前に使ったな。)




2001年11月01日(木)
「ゴールドラッシュ」

確かこの本を買ったのは松本駅ではなかっただろうか。
9月の中旬、松本より京都へ戻る時、
電車内での退屈を紛らわすために2冊の本を買ったのだった。

どちらも柳美里さんの著書。
「家族シネマ」と「ゴールドラッシュ」。

よく考えたら、これは読書ペースの遅い俺にとっては随分無謀な買い物だったかもしれない。
いかに鈍行の列車とはいえ、途中の駅ですることもあるだろうし、
列車の座席で眠ることもあるだろう。
要するに旅本来の楽しみを享受する時間もあることを考えれば、
この時買った2冊の本を両方読みきることは考えられなかったわけだ。

実際その日は「家族シネマ」を読み終わるに留まった。

京都に戻ってからは、それまで読みかけだった本を読むなどしており、
「ゴールドラッシュ」にはしばらく手を出さなかった。

その文庫本にしては見た目が少し分厚いというのも、
十分にとっつきにくい要因の一つではあったかもしれない。
(といっても京極某に比べれば当然ものの量ではないのだが。)

そんな風に、読みたくて買ったはずなのに何故か敬遠していたその本を、
先週東京へ行った折に荷物の片隅に混ぜておいた。
東京では読む時間がほとんどなかったが、
帰ってきてから気が向いて読み始めたところ・・・・

これがなかなか止まらない。

一気に最後まで読んでしまった、という訳ではないのだけれど、
読んでない間続きが気になってしょうがなかった。

こういうのは久しぶりだ。

どうやらハマッたな。
巷で噂になっている「命」「魂」「生」も読みたいのだが、
まだまだハードカバーでしか出ていないので手が出ない。

図書館で借りたら?

という意見もあるのだが、借りたら返さなくてはいけないので却下である。
(ジャイアンか俺は)

ということで早く文庫になれなれなれ〜。

<次回予告>初の人工登攀 .▲屮澆隆靄


藤原さんと錫杖岳に行くことが決まった。
それは明日。

そのために必要な「アブミ」とは?
百田君と不動岩で特訓に挑む俺!

その結果、腕は激しい筋肉痛を引き起こす・・・かもしれない。

次回
「初の人工登攀 .▲屮澆隆靄棔

特訓と言えば星○馬!(古)