初日 最新 目次 MAIL


ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
MAIL

My追加

2001年10月31日(水)
サークル拡大中・・・

先日、学生課の人から電話があった。
ボルダリングウォールの件で色々と連絡を取り合った人だったのだが、
その人から、うちのサークルに興味をもつ学生が現れたとの連絡を頂いた。

それが確か2日前。
電話したのも2日前。

「じゃ、2日後大学で会いましょう」
と言って電話を切った。

その日が今日。
相手は昼休み都合が良いと指定してきた。
昼休みと言えば1時間程度。
決して長い時間ではないので、こちらとしては食事を奢ってでも、
サークルの説明を一通り、そして彼自身のことを色々聞きたかった。

が、実際あった彼はどうやら急いでいるらしい。

「簡単にどんな活動しているか教えてもらえますか?」

2日前にも電話で聞いたその台詞は、どうやら本当に簡単に聞きたかったものらしい。
別に卒業した俺がわざわざ大学にまで赴く必要はなかったのかもしれない。

いや、相手の人となりが見たかったのだ、と自分に言い聞かせ、
ご要望どおりの“簡単な”説明をはじめる。



「それでどうだったんですか?」
「可もなく、不可もなく・・・かな」

数時間後、京都の某クライミング事務で俺と山名君は話し合っていた。
当然議題はその1年生について。
可もなく不可もなく・・・今後の動静に期待といったところ、としか言いようがなかったのだ。

話しているうちに、話題は大学に設置されていた人工壁の話やサークルの話にも及んだ。
その時、それを聞いていたらしいお兄さんが話し掛けてくる。
どうやらジムの従業員らしいが・・・・

「○○大学ですか?実は僕も・・・」

世間は狭いものである。



<次回予告>

ついに読んだ。
柳美里さんの、あの作品を。

どうしてここまで遅くなったのだろう?

買ったのは確か9月の中旬頃ではなかったか?


次回
「ゴールドラッシュ」

世の中、金なのか!?。



2001年10月30日(火)
ララの観察 その

バイトから帰って来たのは夜だった。
昨夜会っていないので約2日ぶりに見るララは、
ほんの少しだけ大きくなっているような気がした。
東京に行っている間も4日間でだいぶ大きくなったように見えた。

と、必ずしも気のせいばかりではない。
何と言ってもまだまだララは第1次成長期の真っただ中なのだ。
それに、一昨日までは出来なかったことが出来るようになったらしい。

低い台の上、つまりコタツの上ぐらいの高さのものに飛びつくことが出来るようになったのだ。
歯もそこそこ強くなったらしく、前よりも積極的にガムを噛むようになってきた。

これだけだったらかなり褒めるに値することだろう。
帰って来た母親に、今まで見たことないぐらい申し訳なさそうな顔で

「大変や、マウスのコード噛み切ってまいよった」

とさえ言われなければ。

なるほど、ララは上記の二つの新技能を生かしてかような行為を働いたわけか。
ま、しょうがないか。
前からマウスに興味を抱いてるみたいでやばいな、とは思っていたし。
しょうがないしょうがない。

「ごめんな」

母親よ、あんたが謝る必要はない。
むしろこれは俺の過失だ。
マウス以外にも噛まれて困るものをララの前から排除するか、
もしくはララを外に出す件をそろそろ真剣に考えねばならない。
そんなことで謝るぐらいなら、他のもっと俺が日頃怒っている様々な件について反省してくれ。
(そして2度と同じ過ちを犯すんじゃない。)

若干愚痴が入ったな、まぁそれは置いといて。

そんなわけでマウスなしの生活になってしまった。
数日中には何とかする予定だが、その間はマウスなしで何とかするしかあるまい。
しかし、まぁ何とかなるものなのだと感心中。

ショートカットキー万歳。



<次回予告>

昼休み、大学へ行く。
当サークルに興味を持つ1年生と会い、話をする。

午後、京都のクライミングジムへ行く。
山名君とともに登る。
そしてまた、面白げな出会いが・・・・。

次回
「サークル拡大中」

もう、どうにも止まらない。



2001年10月29日(月)
眠さ最高潮

昨夜、旅(?)の疲れが取れていないと言うのに徹夜してしまった。
日記書いたりとか、その他色々である。

お蔭でその頭でバイトに行ったら、かつてない眠さを味わうことになった。
やはり人間ほんの少しでもきちんと睡眠をとらなくてはいけない。
疲れているときはなおさらだ。

深く深く反省しながら、眠い目をこすりこすり仕事に向かう。
全然はかどりません。


因みに今日の眠さを示すエピソードを一つ。

朝、家を出る前に、俺は大体新聞で天気予報をチェックする。
テレビを見ながら朝食をとったりするのが好きではないので、
朝からテレビのニュースを見ていることなどは滅多にない。
かといって177に電話するのも面倒くさい。
新聞ならば即座にその日の天気を調べることが出来る、からだ。

今朝もそのようにした。

「夕方から降水確率80%?
 じゃぁ傘もっていかなあかんなぁ。」

この時、まともな思考能力を持って空を眺めていれば、
新聞が如何様な予報を伝えようともそれが間違っていることが分かるだろう。

そう、それは昨日の新聞だったのだ。

今日の正しい予報は、降水確率0%。
ただ1人傘を持って電車に乗る私の姿は他の乗客からはどう映っただろうか?

こんな眠さでも、バイト先で里中さんに

「おぅ、明日現場行くか?」

と言われた時には、

「行きます行きます。」

と即答していたのだった。



2001年10月28日(日)
西東京〜羽田〜大阪

羽田空港を出発する便が遅れている。
6時離陸のはずが15分前になってもまだ搭乗できない。

これではせっかく長澤さんが急いで送ってくれた意味がない。
長澤さんは昨夜突然「泊めてください」というメールを送った俺を快く引き受けてくれ、
なおかつ長澤さんのお母さんには美味しい食事(朝昼兼用)まで用意していただけたのだ。
その上羽田空港まで車で送ってもらってしまった。

因みにお忘れかも知れないが長澤さんは夏、山小屋のバイトで一緒だった人だ。
下山したのは我々よりだいぶ遅い、10月3日。
その頃にはかなり寒く、雪も降っていたと言う。

ということは彼が下山してからは、まだ1ヶ月も過ぎていないことになる。
いやー、凄い人もいたもんだ。


そして、昨夜横浜で焼き鳥を食べた後、
長澤さんの住む西東京市まで車で送ってくれたのはたくちちだった。

こうして考えると今回の関東旅行(?)は全部が全部、
色々な人にお世話になることで成り立ったたのだった。

あてにしていなかったと言えば嘘になるが、
関東での時間を有意義に過ごせ、今こうして無事に羽田で飛行機を待っていられるのも、
ここまでお世話になった皆様のおかげであるということは決して忘れてはいけない。
俺はとりわけ大学に入った頃からこういう形で誰かの世話になることが多かった。

人は1人では生きてはいけない。
色々な人に迷惑をかけ、色々な人の世話になって生きている。

よく言われることだが、それをこうして実感できている俺は結構幸運なのかもしれない。


しょうがねぇ、時間もあることだしちょっと実家への土産でも買ってくるかね。



2001年10月27日(土)
町田〜東白楽〜西東京市

「お兄ちゃん起きて〜〜〜!!」
んー。。。
もうちょっと寝かせて・・・・。

流石に疲れていたのだろう。
いつもは人の家では早く目が覚めるのだが、昨夜遅かったことなどもあり、
なかなか起きる気になれない。

馬淵さんの子供二人が遊べ遊べと寄って来るのだが・・・・すまん、もうちょっとだけ寝かせてくれ〜。

馬淵さんは、やはり変わっていなかった。
4年前は便利屋さん、今はプログラマ。
仕事柄ちょっと太ったかもしれない。
この4年の間に家を建てた。

そんな些細な違いはあるけれど、
その本質は4年前、薄汚い格好をして東京の道路で立ち尽くしていた俺を拾ってくれた、
あの頃の馬淵さんと少しも変わっていなかった。

そして、はじめて会った奥さんや二人の子供も、
馬淵さんを見れば想像が付く様な、
気さくでさっぱりしていて楽しい人たちだった。

昼頃目覚めた俺は、この家族と一緒に昼ごはんをご馳走になり、
一緒に公園で遊び、家族の楽しい時間に混ぜてもらっていた。

確かに、東京に来て観光らしい観光は何ひとつしていないけど、
こういう人たちと一緒に、普通の時間を過ごせただけでも価値はあったな。

なんだか今回東京に来たのはこういう人たちに会うためだったような気がした。


楽しい時間と言うのはすぐに過ぎるもので、気が付いたらもう出発する時間になっていた。

今日は夕方からオリーブ、たくちちと横浜で焼き鳥を喰う約束の日だったのだ。


「またこっちの方に来ることがあったら連絡してね。」
馬淵さん本人ではなく、昨夜始めて会った奥さんからもそう言ってもらえたのが嬉しかった。

いやー、でもさー、
あんたらそんなこと言ってたら俺はまた本当に来ますぜ?




2001年10月26日(金)
新宿〜渋谷〜亀戸〜町田


本当は今日解散で羽田から大阪へ帰るはずだった。
が、ちょっと内定先の会社に無理を言って帰りの航空券をOPENチケットにしてもらった。
どうせ本来は暇な身だ。
せっかく東京に来たのにこのまま帰るなんて法はない。

お前1人だけ卑怯だぞー、と言って羽田へ向かう他の奴らをにこやかに送り出し、
さて、俺はこれからどうしよう、と少し悩む。
が、新宿駅に到着した時には既に心は決まっていた。

渋谷へ行こう。

理由?
そんな大したもんはない。
強いて言うなら、
大好きなサウンドノベル「街」(PS専用ソフト)の舞台が渋谷だったから。
それだけで十分だろう。

せっかくだから新宿〜渋谷間はあえて山手線外回りに乗った。
どうせ暇なんだから一周しようかという魂胆だ。
途中面白そうなところがあればそこで乗り越し清算して降りてもいい。
ま、結局渋谷まで半分ぐらいは居眠りしてたけどさ。

渋谷の街を適度にぶらついていると、
以前ゲームの中で見た「鍋島松涛公園」にたどりついた。
ここがあそこなのかー。
なんて1人で妙な満足感に浸りながら公園のベンチでまったりしていると・・・・

ボタッ

・・・・・。
カラスに糞を引っ掛けられた。
どうやらここは俺が長居するべき場所ではないらしい。
こんな街さっさと出てってやるぜ!!
(といいつつもまだ街をうろちょろする。ハチ公ぐらいは見ておかないと)

と、そこに携帯電話着信。

「ひ〜さ〜し〜ぶ〜り〜!!」
電話向こうから聞こえてきたのは馬淵さん(仮名)の元気な声。
今晩一晩泊めて貰おうとメールで連絡をとっていたのだが、電話で話すのも凄く久しぶり。

馬淵さんと出会ったのは4年前の9月。
俺は小樽から大阪までヒッチハイクで帰るという無謀と言うかアホな事をしていた。
果てしない東京砂漠で1時間から2時間待ち続け、ついに乗せてくれたのがこの馬淵さんだった。
別れ際に電話番号を教えてもらい、
それが縁で年賀状交換やメール交換をするようになった。

「いつか東京に来たら泊まりにおいで。社交辞令じゃなくて本当にね」
いつかの年賀状にそんなことを書いてくれていたので、今回本当にお邪魔してみた。
というわけで、実は今回会うのは4年ぶりにして2回目。
なのに、厚かましくも家までお邪魔してしまうと言うのだ。

馬淵さんは現在プログラマーの仕事をしており町田の家にすんでいる。
今日は打ち合わせで亀戸まで行くのでそこで落ち合おうと言うことになった。

久々の再会になるが、久々という気があまりしない。
電話で喋っただけでも、あまり気を使わない人であるところは変わっていない。
流石に大阪土産は持ってきたけれど、なくても全然気にしないんだろうなぁ。

なんとなく嬉しくなってきた。
合流するにはまだ時間がある。
亀戸までのルートを調べてできるだけゆっくり行くかな。



2001年10月25日(木)
大阪〜羽田〜新宿

内定者会というものがあって、大阪伊丹から飛行機に乗り、東京まで行った。
場所は新宿の某ホテル。
今回の内定者会は地域別。
北海道組みは北海道で、
東京組みと大阪組は東京でそれぞれ行なうことになっていた。
(大阪組4人しかいないから東京と合同。)
8月下旬に北海道で行なわれた時よりも、人数が手ごろだったので随分やりやすかった。

グループディスカッション、懇親会、解散後の2次会と続いて、
なんだかそれぞれの人間の性格が以前よりもよく見えてくる。
明るい人、おとなしい人、プラス思考にマイナス思考。
若くして既に人生の楽しみを見失った奴や、それに対して希望を説く奴。
だんだんとみんな素の顔を見せ始めた。
面白い。
人間の個性が現れてくる時と言うのはやはりいつも面白い。

しかしなんとなくわかる。
これもきっとまだまだ、上っ面の部分でしかないのだ。
一人一人を理解するには、もっと一人一人と良く話さなければ無理だろう。

ま、長い奴とは長い付き合いになるかもしれない。
ゆっくりやってきゃぁいいやね。



2001年10月24日(水)
マクドミーティング

バイト中に電話がかかってきた。
大東君からだ。

数日前から、積もる話もあるし、サークルの新入生歓迎会もやらないかんし、
一度会ってゆっくり話をしようぜ、ということになっていた。

が、一昨日、昨日とせっかくの予定が諸所の事情により中止になってしまっていた。

しばらくは無理かな?
と思っていた矢先に入った電話だったので早速会う場所を決める。


大東君の家と我が家は、まぁそれ程遠くはない。
車で30分かからないのではないだろうか?

車でやってくる大東君、電車で帰ってくる俺。
二人が最も合流しやすい、駅から近くの大通りに面したマクドナルドを面会場所にした。
昼飯にまともなものを喰っていなくて腹が減っていたので、
ついついバリューセットのLなんぞを注文してしまう。

「えらいリッチなもん頼んでるなぁ」

ナイスタイミングで後ろから怪しい男が大東君だ。


二人で1〜2時間ほど近況、今後、はたまた他愛もないことについて話し合い、別れた。


ところでこのマクドナルド、夜の8時過ぎだというのにこの空席の数はなんだろうか?
うちの近所には落ち着いてゆっくりできる店がないのか、などと考えていたのだが、
まさか自転車で10〜15分のこのマクドがこんなにゆっくりできる店だとは考えもしなかった。

家にいるのが面倒になったらここに避難しよう。

ひそかに心に決めた。

夜は11時まで営業しているらしい・・・・。



2001年10月23日(火)
嘘つきは泥棒の始まり。

突然だがうちのバイト先には色々面白い人がいる。
事務の古谷さん(仮名)は、天然系のキャラを持った素敵な女性である。

今日、コピーをとっている時に突然話し掛けられた。

「あいのり出るって本当?」

え?
誰が・・・?

え・・・?
俺が・・・・?

はい!?


あ、でもそういえば数日前里中さんたちと冗談交じりでそんな話してたなー。


プレイバック。

里中さん「おう、ひさしぶりやんけ、お前いつ爐△い里蝓表个襪佑鵝」

 前々から、どうせ半年暇なのだから行って見たらどうだと俺に勧めていた里中さん。
 
俺   「あははは、何行ってるんスか、
     今までしばらく休んでた間に行ってたんスよ〜」

真実は当然そうではなく、日記に記されているとおり山で過ごしていた。

回想終了。


なるほど、ここら辺の会話を聞きつけた誰かが古谷さんにちくったわけか。

と、これだけのことを約0.5秒で考えた俺は、
関西人特有の思考回路で次のリアクションを即座に切り返す。

「もしかしたら、来週あたりの補充メンバーで登場するかもしれませんねー」

あははは〜、冗談ばっかりー。

普通はこれで話が終わるのだが、古谷さんはそんなに甘くはなかった。

「あ、出たんや〜。感動やなー。」

何?
何、感動ってなに???

もしかして・・・・・信じてる???
やばい・・・・と思ったけど、ちょっとだけ面白いので放っておくことにした。
古谷さんはこれから毎週テレビをチェックすることになるのだろうか?
そして、実は出てないってことに気付くのはいつなのだろうか?

ていうかむしろ。
俺、嘘はついてないよね?(汗)



2001年10月22日(月)
『深夜特急』(2)

7月頃に妙に熱い文章で「今読んでます」宣言をした深夜特急。
ついに読み終わりました。
文庫本全6巻(単行本では3巻だったらしい)。

夏休み、自分が旅(というほどでもないか)に出る寸前に読み始め、
主にその旅の合間合間で読んでいた。
そのため、夏以降の日記では文章上で随分と沢木耕太郎氏の影響を受けているかもしれない。

で、全6巻読み終わって改めての感想はというと、特にそういうのは存在しない。
7月26日の日記で書いたようなのが大筋の感想で、
そこからそれるものではないのだ。

というよりも、最初の第1巻が最も鮮烈でありすぎたのかもしれない。
2巻、3巻と読んで行くうちに読者としての本に対する感想よりも、
一旅人としての在り方のようなものについて考えることが多くなっていった。

ま、読みたい人は読んで。
これは無理に勧めるような本じゃないわ。


と、この本を読み終わった今日は月曜日。
夜はテレビで「あいのり」を見ていた。
今さら詳しくは説明しないが、地球一種ラブワゴンの旅。
ついに関ちゃんが帰国したねー。
いやぁ、久々にメンバーが一新されちゃってちょっと淋しいねー。
なんて見てる人にしかわからないネタを書き込んでみる。

詳しく知りたい人は番組HP探して読んでみてください。

(なんでこんなことをここに書いたかって?
 明日への伏線なんですよ!)



2001年10月21日(日)
真夜中の訪問者

昨夜はすっかり夜更かしをしてしまった。
みんなが寝ずしまった後に日記の更新を行なったり、
その間例によってララがじゃれ付いてきたり、
その後例によって風呂で爆睡したり。

本格的な眠りについたのは朝の5時。
ゴルフに出かける父親が起きて着替えていた頃だ。

ん?
ということは、今日は車の教習ないのですね。

ゆっくり寝よう・・・・。



・・・・・寝すぎた。

起きたのは午後2時前。
これは久々にたくさん寝たものだ。


と、昼間これだけたくさん寝ても、やっぱり夜きちんと眠くなる。

明日もバイトあるし、今日の日記でも書いてさっさと寝るか。
えっと、「昨夜はすっかり夜更かしを・・・」

とやってると、携帯がなる。

「後20秒後に行くから、ララ持って出てきて。」

そういえば、さっき2時間ほど前に、
「後で行く。らら見に。」
という非常に簡潔なメールをもらったっけ。

後っていつやねん!
という突っ込みは今さら入れない。
いつものことだから。


会う早々言われたことはこれ。

「狢臉招”は酷いやろう?」

・・・・。
大西君(仮名)は先日、ついにこの日記を発見してしまった。
どうやって探したのか皆目見当をもつかない。

「だってまんまやん」

確かに本名をほんのちょこっともじっただけの名前である。
でも、だってまさか本人が見ることになるなんて思ってなかったんだもん!!

その後、約1時間お互いの近況などについて話したのだが、
どうやら俺の近況については語る必要はあまりなかったらしい。
何を言っても

「ああ、それ書いてたね」

のリアクションが返って来て妙に悔しい思いをする。

酷い時はかなり前に書いた内容で、俺自身忘れているようなことまで知っていた。

お前、どんだけ詳しぅ読んでるねん!!!

「毎日読んでる。ほとんど生活の一部になってるで。」

・・・・・。
忙しい中ご愛読ありがとうございます・・・・。



2001年10月20日(土)
「K」

バイト先で藤原さんが面白そうな漫画を読んでいた。
ちょっと古めの劇画で、今ではブックオフで100円で売られているような本だ。

「K」
世界最強のクライマー、
人は彼のことをK(ケイ)と呼ぶ
だが、国籍も名前も素性も
誰一人、知らない・・・


表紙の説明文を読んでいると、隣にいた奴は、

「ゴルゴ13みたい・・・」
と評した。

あ、確かにそんな感じかも。
でも、よく考えたらゴルゴ13ってまともに読んだことない。
そのうち読んでみなくてはいかんな・・・・。


「藤原さんこれ、借りてっていいですか?」

基本的に、俺は借りた本はすぐに返さないと不安でしょうがない。
本を借りていたという事実ごと忘れてしまったらどうしよう、なんて考える。
今日は土曜日だったので、今日明日で読み月曜日に返すつもりだ。

早く返さなくてはいけないから。というわけでもないのだけれど、
帰りの電車でブックカバーも着けずにその漫画を読みふけってみた。


・・・・面白ぇ。。。。

藤原さん的には
「こんな装備でヒマラヤに行けるか!」
と批判大だった。

無論それはそうだろうが・・・・でも面白ぇ・・・。


ある意味この人デューク東郷よりも強いかもしれない・・・・。
だって・・・・どう考えても人間じゃねぇもん・・・・。
でもこういう漫画が流行ってしまえば・・・・山の世界は更に敬遠されるだろうなぁ・・・。


山を題材にした漫画は数多くあった(らしい)けれど、結局ほとんど成功はしていない。
「K」も昭和63年発行の漫画だが1巻で終わっている。

だれか中高年じゃなくて若者に登山ブームを巻き起こさせるような、
そんな山漫画を書いてはくれないものだろうか?



2001年10月19日(金)
ララの観察 その

夜、居間でうたた寝していると、なんかおなかの辺りが暖かい。
気が付けばララがいる。

あー、お前も眠いんだな、しかも寒いのか?
よしよし、可愛いやつめ。

軽く撫でてやり、また寝る。

数時間後、なんかゴソゴソウルサイ。。。
ララが起きて俺の周りをうろちょろしてる。
俺の服を噛んだり、鼻を舐めたり、指を噛んだり・・・
って、さすがに噛まれれば痛い。

まだ歯がきちんと生えそろう途中らしいので痒くてしょうがないのか、
ララはやたらなんでも噛みたがる。
そのくせ、犬用のガムみたいな奴には目もくれない。
(まだ、早いのかな?)

ともかく家族にはそろそろ慣れてきたようだ。

あ、後母親は「お手」「お座り」を仕込むのに飽きてきたらしい。
当然の如く、まだそれらの芸は身についていないらしいが。




2001年10月18日(木)
邂逅

ついに、サークルの1年生たちと百田君を会わせることができた。
1年生は二人ともそれぞれに個性的な奴らである。

・・・・。
よく考えたら俺の周りに個性的でないやつなんていないような気もする。

が、そんなことはどうでもいい。

ともかく、百田君と後輩たちとの会見が実現したのだ。
新規入会した1年生たちにとって、今後主に一緒に活動することになるのは、
この百田君と俺、後はコーチぐらいのものだろう。

他にもたくさんのメンバーはいるが、いずれもいそがしかったり、積極的でなかったり、
ましてや残念なことに関西にいなかったりという状況なのだ。


とりあえず百田君には二人のキャラクターは気に入ってもらえたようだ。

これでやっと俺を通さずに連絡を取り合うことが出来るだろう。
肩の荷が下りたなぁ〜、とか思っていると。

百田「歓迎会やらなあかんなぁ。」

・・・・。
一番暇な俺に幹事をやれというのですね・・・・?

はいはい。
わかったよー、やりゃぁ、いいんでしょー。

でもなー。
ええかげんなことしてた俺とは違ってまともに授業に出てる1年生は忙しい。
ましてやその他のメンバーはほとんどが働いている。
果たして全員のスケジュールを一致させることが出来るのだろうか?
俺の苦悩は続く。



2001年10月17日(水)
ララの観察 その

昨夜から我が家の1員になってしまったララ。
大人になるとでかい犬になるらしいので、将来的には庭で買うことになるだろう。
が、今はまだ小さいのでとりあえず家の中で飼っている。

生後約1ヶ月。
母下から引き離してつれてきたので随分と淋しそうである。

母親、知り合いから「犬のしつけは3ヵ月後ぐらいから」と聞いてきたといいつつ、
「お手」「お座り」を仕込もうと必死である。
どうやら彼女にとっての犬の価値とはその程度のものらしい。

当然お手もお座りもまだできず、「ララ」という自分の名前にすら反応しない、
そんな仔犬を誰が責めることが出来ようか?
いや、責めかねないからたちわるいんだけど・・・・

ともかく、まずは大小便を家の床でしないように躾けてやる必要があるな。


それと、きっと日記のネタに困ったらこいつのことが多く書かれるのだろう。
われながら安易だ。



2001年10月16日(火)
その名は・・・

さすがに今日は途中で雨が降ったため、
昨夜の様に夜9時までボルダリングやってるなんてことはなかった。
ていうか昨夜はがんばったねー。

で、家に帰ったら、なんか様子がいつもと違う。
なんか妙なにおいがするぞ。
これはもしや・・・。

犬?
なんか一月ほど前親戚の家で犬が子供を生んだという話を聞いた。
母親がもらってくるとかこないとか言ってたけど・・・
どうやらそれが今日だったらしい。

黒いラブラドルレトリバーのメス犬。

言っとくけど・・・可愛い。(←既に親バカ)

なんて名前をつけるかでかなり悩んだ。

母親なんぞは
「この犬の母親がゴンコ云う名前やから・・・」

・・・。
このままではポンコとかドンコとかつけられかねない!
やばいぞ!!

父親
「そういえばお前の大学にこの犬を盲導犬として連れて通学してる人おるらしいな。
 あの犬は確か・・・アトム?」

アトムと来れば・・・ウラン。
いや、どっかにそんな名前の猫がいるのを聞いたことがあるからそれも却下だ。

なんとかまともで、かつ呼びやすくて、それなりに可愛らしい名前が良い。
友達のうちでそういうのにすばやく反応してくれそうな奴をピックアップしてメールを送ってみた。

色々な案が帰って来た。

クロ、ブラック、(この辺りがやはりもっとも多かった)
こげぱん、くろにん(こげぱんからうみにんを連想してしかもむりやり黒にしたな)、ウィッキー、クロエ(やっぱし黒いから?)
アンドリュー、フランソワ、ドビュッシー(おしゃれすぎて呼びにくい。)
すみれ、あずき、クリ、もみじ、かえで、(秋ですからねぇ)
瑠璃、琴糸、(母親がついてこれまい。)
ヒカル、リンダ、はなこ(ここらへんが結構いいかも。)
秀、DANIEL、アツヒロ、(メスやゆーとるやろー!!)
タマ、ジジ、モモ(猫ですか?)
あじぽん(あじぽん!?)

皆様ご協力ありがとうございました。
協力していただいた皆様にはメールでお伝えしましたように。

ラブラドルだから・・・「ララ」と決まりました。

あ〜、名前が決まるとますます可愛い。(バカ)

よし、犬よ、今日からお前はララだ!!



2001年10月15日(月)
魂から魂へ

ここ最近大学に期間限定で設置されたボルダリングウォールにはまっている。
ボルダリングウォールとは、なんか何回も日記で説明している気はするが、
ボルダリングをするための人工壁である。
ボルダリングとは、クライミングの一形式で、
ロープを使わずに小さめの壁で、テクニカルなムーブを必要とするスポーツである。

大学に置かれているのは、約110〜120度くらいの前傾壁。
学生課が年々廃れていく体育祭の活性化を狙って設置したものだった。

大学に設置されているため、俺はいつでも無料で使用できる。
ただ、大学内の山岳系団体は、
そのかわり一般の学生の補助やサクラ的役割も果たして欲しいと頼まれているのだ。

正直ちょっと面倒くさいと思ったがやってみるとなかなか面白かった。


場所が屋外ステージの真横なので、軽音部などがデモ演奏をやっていると、
ギャラリーが集まりすぎてかなりやりにくいものはあるが、
それはそれでいいんじゃないか、人が集まって、と思っていた。

が、今日のはさすがに無理があった。

応援団が演舞を始めたのだ。
その人の集まり具合と、太鼓のうるささといったら軽音の日ではない。
たまらず、我々も見学者へと早変わりしてしまった。

昼休みが終わって人が引き始めた頃には、
後輩たちも授業に行ってしまい、しばらく俺は暇だった。

そしたら今度は軽音のコンサートが多目的ホールとかいうところであるとかないとか。
当然暇そうだった俺は、(暇だったのだが)連れ込まれても抵抗できない。

まぁ時間は調度余っていたし、
別に聞いてて苦になる音楽じゃなかったのでしばらく大学生のふりを続けていたものだ。


今日のウォールは日が暮れてからが盛り上がった。
工学部の研究室の人々が、研究の合間に遊びに来たのだ。
結構な人数で壁にとりつき、仲間内でそれぞれ登り方を検討する。

そういうところに自然と入り込んでいき、さり気なく(さりげなくはないかな。)助言する。
そういうことがだんだんできるようになってきた。
それ程うまい助言ではないのだが、それでも彼らの動きは少しずつよくなっていく。
そしたら登れるようになった人が別の人に教えてやり・・・・

そんな好循環が続き、しばらく楽しんだ後で彼らは研究へと戻っていった。


そろそろお開きかな、帰ろうかな?
と思っていたら今度は食堂前でダンスをやっていた兄ちゃんたちが集まり始めてた。
さすがにダンサーってのは身軽なのか、バランス感覚が優れているのか。
一般の人々よりずっとスムーズに登っていきやがる。

なかでも、今まで俺が考えてきたのとは違う方法で登る奴もいた。
あれにはかなり熱くなった。

「ぉぉぅ、そういう解釈もありなのか!」
妙に燃えてしまい、その後また帰るタイミングをなくしてしまったのだった。



2001年10月14日(日)
絶叫マシーン。

昼頃目覚めたら、二日酔いはなかった。
もとより二日酔いするような飲み方はしていないが。

昼頃目覚めて朝昼兼用の食事をしてテレビを眺める。
「新婚さんいらっしゃい」「アタック25」を見る模範的な日曜日の過ごし方。

そして父親が俺に声をかける。

「ほな、車の練習行こうか。」

・・・・来たな。


10月5日に久々に乗った時に、「また頼む」と父親に言ったのを彼はすっかり覚えていた。
2,3日前に突然

「日曜日暇か?」
「ん?暇やけど?」

こんななにげない会話はここにつながっていたわけである。


うちのガレージから車を出すと言う、
我が家周辺のドライブコース最大の難所を辛くも突破し、
ちょっと離れたところにあるパチンコ屋で車庫入れの練習。
次にちょっと離れたところにある靴屋で車庫入れの実践。
靴屋でちょっとした買い物をして実家へ帰宅。

帰りの車庫入れはまた一際難しい。

うちには2台の車があり、車庫は縦に長く微妙に上り坂になっている。
で、父親が休みで車が2台ともあったから、
当然、俺が今乗ってるこの車は既に止まっている車の後ろに止めなくてはいけない。
当然、車間を開け過ぎれば車の一部が歩道に飛び出してしまうし、
当然、車間が短すぎれば車同士がぶつかってしまう。

これ、登り坂でAT車でやるって大変ですよ?(MTでもむずいか)
それは、うちの父親がやっても難しいと言う。

「ちょっとやってみるか?」

やってみないことには成長はない。
やってやろうじゃねぇか。

いかにAT車といえども登り坂ではアクセルを踏まなければ進まない。
ここは思い切って・・・えい!

ぶぅぅん!

お、行った行った。もういっちょ!
そして。。。。ブレーキ!!

どうだ・・・!?
多少は近づいただろう!?


・・・・・。
父親が静かだ・・・・。
目を丸くしている。

「ちょっと外でて見てみ」

え?
で、見てみると・・・・。

げ!

車と車の間に・・・1〜2cm隙間があるかないか。
俺は絶対もっと離れていると思っていた。
これは完璧に偶然の産物だ。

それだけに・・・。
次から、いやもしかしたら一生ここまで完璧な車庫入れは出来ないだろう。
だって、マジ、一発で決まっちゃったもん。

今度からはかなりビビること間違いなし。

さ・・・次はいつ乗れんだろう・・・。
後、2,3回は親父を隣にのせんとよぉはしらんわ。




2001年10月13日(土)
自棄酒?

バイトが終わって、これから帰ろうかなーって時に名取さん(仮名)から電話があった。
「飲もうや。」

名取さんは大学のサークルの友達で、しかも実家がうちと同一市内にある。
大学2年ぐらいの時に名取さんの家族が引っ越してきたのだ。

俺が実家に帰った頃から、
「近いうちに一緒に飲みに行こう!」
との約束はしていたのだけれど、具体的な日付をいつにするかはまだ決めていなかった。
別に急いで帰る必要はなかったし、調度よかったので合流。

友達と二人で飲みに行くと言うのは非常に久々だ。
なかなか金のない学生を長くやっていた私たちにそういう機会はなかった。
まして、我々は学生の中でも特に金のない人種だったのでなおさらだ。

名取さんとは久々に色々な話をした。
主にお互いの近況だったが、名取さんのほうはあまりうまく行ってないことがあるらしい。

しかし、お互いこうして愚痴でもなんでも言える人間が近所にいるのは大事なことだ。

俺の廻りは飲めないやつと忙しいやつが多いので、
なかなか飲みながらそういう話をすることと言うのが少ない。

以前は京都で近所に住んでいた山名君などがそうだったが、随分遠く離れてしまった。
そんな今では名取さんってぇのは貴重な飲み友達だな。

こういう友達はずっとこのままの関係でいたいなぁ、と漠然と思う。



2001年10月12日(金)
報復攻撃

8月9日の日記をご覧になった方はご記憶でしょうか。
ええかげん2ヶ月以上前のことですが、足を捻挫してしまいました。
あの時、私は自分のことを「もはやアホの大将」と記述していましたが・・・。
そろそろ「アホの帝王」と呼んでもらわなければいけないかもしれない。

今日医者へ行ってきた。
整形外科医である。
実はまだ、捻挫した足が痛い。
ついでに捻挫してない方の足首も痛い。

レントゲンを取ってもらった結果、骨には異常はないらしい。

「しかし、2ヶ月も治らないものなんですか?」
「安静にしとったら2週間ぐらいで治る。
 その間あんまり歩いたりとかせんほうがええで。」

ここで私の夏の日記をもう一度読み返していただけると幸い。

その足で平気な顔して山に行ったり(しかも縦走だ)、
クライミングしたりしてますね。
こら、治らないのは当然だわ。(わかりきった話ではあったが。)

もちろんそんなことは口が裂けても医者にはいえない。

「ははは。気をつけます」

適当なことを言って病院を出たが、
今日の午前中、大学に期間限定で設置されたボルダリングウォール
(ロープナシで登れる小さい人工壁↑)を登っていたことを少々後悔してしまった。

因果応報。
やっぱり怪我したときは後のケアが大切。



2001年10月11日(木)
早起き

昨夜はちょっと夜更かしした。
でも、朝5時半にはきちんと起きて、朝飯、着替え、洗顔(順不同)をすましバイト先へ向かった。

バイト先には7時過ぎ集合予定で7時半出発予定だったのだが、
それよりもちょっと早めに着くと言う、非常に優秀な到着時刻だった。

今日の現場作業は主に、写真をとるだけ。
しかも、俺は写真を撮る時に、黒板とポールを持って立っていればいいという役目だった。

はっきり言って歩くのが苦でなければ楽な仕事だ。

今回は渓流調査ということだったのだが渓流の数も少なく、
楽勝だね♪

と思っていたらマジで楽勝に終わった。

午前中には全部の仕事が終わってしまったのだ。


現場での作業には現場手当てと言うものがつくのだが、
このままでは時間が少なすぎて、現場手当てをつけても内業の方が儲かっている計算になる。


が・・・・。
あまりの眠たさにそんなことはやがてどうでも良くなった。

帰って寝よう・・・・。

あっさりと諦めた。


ま、次のバイトは土曜日。
そん時はもうちょっとまともに働くさー。(怪)




2001年10月10日(水)
体育の日

嘘です。
今年から体育の日は10月10日にこだわらなくなったようですね。
でも目の日であることはさすがに変わらない。

今後、この日が誕生日だった人はそういうしかないようですね。

もっとも、体育の日と、目の日では知名度に大きな差がありますが。


そんなことはどうでもよく。

今日は久々にバイト先に復帰してきました。

本当にしばらくほったらかしにしてても、こうしてまた雇ってくれるから良い職場だ。

おまけに夕方には、

「急な現場が入った。明日行けるか?」

とまで言われる始末。
俺が二つ返事でOKしたのは言うまでもない。

ていうか返事する前に決定されてたな。
ま、いっか。



2001年10月09日(火)
ま、色々と。

今日はまぁ、山で使った荷物を片付ける。
その為に1日用意していたようなものだ。

が、結局は2時間もかからずに終了した。
大体昨夜帰って来て夜遅くにほとんどやってたんだな。
後は、テントを干したりする程度のことが残っていたが、
これはさすがに夜するわけにもいかずとっておいたのだ。

それと。
2ヶ月ほど前から実は足首が少し痛む。
普通に歩いている分にはどうもないのだが、時にいたむ時がある。

こいつをほったらかしてたら後々良くないかもしれない。
そう思い、整形外科へ行ってみた。

・・・・が。

「整形外科は月水金だけで今日は内科しか診察してないんですよ。」

明日の水曜日はバイトの予定が入ったから・・・・。
次は金曜日の夕方にでも来てみるか・・・。



2001年10月08日(月)
鈍行の旅、再び。

予定通り、随分ゆっくり起床。
余裕を持って朝食。
ゆるゆると撤収。
そして・・・出発。
目指すは10時10分発のバス。

木下君は確かに俺より帰宅に要する時間は少ない。
が、彼は今日帰ったらまた明日から働かなければならないまともな社会人だ。
俺と違って今日のうちに山で使った荷物を片付けなければならない。

だから、今回はできるだけギリギリにならないように帰ることにした。

昼過ぎには小淵沢駅前で食事を取り解散した。


そこから、俺のひとりの戦いが始まった。
まず、帰りは急行料金とか絶対払いたくなかったので、鈍行で帰ることは決定済み。
果たして鈍行で実家に帰りつけるのか?

何故か今年の夏ですっかり見慣れてしまった時刻表を開き調べてみると・・・
をを、なんとか終電より大分はやく帰ることが出来そうだ。

でも、それだと面白くないので、どっか友達の家にでも寄っていこうかな〜。

テレフォンリンリンリン♪攻撃で名古屋の「すぅ」に連絡をとってみたのだが・・・

・・・・ダメらしい。
ちぇ。
今度また奇襲かけてやる。


他に行くあてもなかったので諦めて帰ることにした。

ぼーっと、駅のホームで電車を待つが・・・・来ない。
いや・・・・来てる・・・・ていうか・・・・行った・・・・!?

だよな・・・・あの・・・隣のホームに来てた・・・あの電車・・・・・?


慌てて時刻表を見ると、その電車は別のホームから発車することになっていたらしい。

で、次に来る電車は・・・・1時間半後・・・・。

一応時刻表によるとそれでも実家まではなんとか終電ギリギリにたどりつけるらしい。
かなり昔古本で買った新井素子「ひとめあなたに・・・」を読み終えたりしながら、
眠い目をこすりつつ、きっかり終電で実家にたどり着いた俺だった・・・。




2001年10月07日(日)
真・木下君の誕生日

小川山、というか、クライマーにその様に呼ばれる廻り目平周辺は、
さりげに標高1570m程あったりもする。
だから10月と言えど、日が出ていない時間は結構寒いのだ。

起床、出発が遅れて岩場が混雑するのは嫌だ。
が、寒くて登る気がしないなんてのはもっといやだったので、ちょっとゆっくり目に起きて、
すいてそうな岩場を探して登ることになった。

という作戦は結構あたりだったらしく、何故って結局どこも混雑してたからである。
連休に来た時点でその程度のことは覚悟していたので、
それではと、あちこち動き回って人の少ないところ、少ないところを登ってきた。

今日も十分登ったのでテントに戻ろうとする時、
昨日からの木下君の提案で焚火用の枯れ枝を集めて帰ることになった。

最近は焚火禁止のキャンプ場も結構あるようだが、ここはOKだった。
木下君の誕生日パーティー(当日祭)も兼ねて久々にやってみることにした。

今日は夕食以外に、木下君持参のパスタ(ニンニク醤油ソース)や、
俺持参のコーンクリームスープでおやつにしたり、
夕食も焚火を囲んでカレーライス。
食後には木下君誕生祝いとして持ってきた日本酒も出て、
なんとなくキャンプの醍醐味を満喫した気分だった。

すっかり遅くまで様々のことを話し合ってしまった。

「明日朝10時10分のバスで帰るから・・・
 明日はもう登らない方がゆっくりできるね。」

珍しく無難な方向に話がまとまった。



2001年10月06日(土)
木下君の誕生日

小淵沢駅にて木下君と久々の再会。
木下君は現在東京に在住で働いている。
そのため今朝土曜日の始発特急で東京からやってきたのだ。

小川山は日本を代表するクライミングエリア。
日本のクライミングはここで成長してきたと言っても過言ではない。(らしい)
周囲にはたくさんの岩場があり、キャンプ場、駐車場、トイレ、シャワー、自販機完備。
なんかとてつもなく良いところなのである。
まぁ、駐車場があるぐらいだから車移動のほうが便利なのだが、
2人しか集まらなかったので結局電車&歩きというアプローチになってしまった。

だらだらと長く暑い道を二人近況交換しながら歩く。
到着したキャンプ場で早速テントを設営する。
木下君は1人用テントを、俺は1〜2人用テントをそれぞれ持参していた。(それしかないから)
俺のテントに2人とも入ればよいのではないかと提案すると、

「僕はテントには快適性を求める」

との言葉に一蹴されてしまい、二人で隣り合わせに2張のテントを仲良く並べた。


既に午後になろうとしていたが、天気も良かったので、午後は早速クライミングに向かった。

岩場の特定にしばらく時間を費やしたが、その後は無事に登れ、
初日、半日だけにしてはそこそこ充足した気分になれた。

木下君は途中まで自分の誕生日のことを忘れていた。
が、

「あ、明日僕の誕生日や。すっかり忘れてた」

ふとした拍子にこのようなことをのたまうのだから、
どうやら誕生日にあわせてこの日程を指定したわけではなかったようだ。

しかし、俺のほうでも彼の誕生日を1日誤認していたらしい。
じゃ、誕生日のお祝いのつもりで持ってきたヱビスは誕生前夜祭に使うことにするか。
(木下君は学生時代からビールはヱビスにこだわる男だった。)




2001年10月05日(金)
くろよんの悲劇

午後、百田君と、2ヶ月ぶりに帰国した大東君の3人で梅田で会った。
それぞれに大学を卒業したり、会社で正式配属が決まったり、海外で色々あったりだった。
今後のこと等を色々話しているとき、ふと年齢の話になった。

大東君「百田ってもう24歳やっけ?」
百田君「まだやって23やって。」
俺  「そうそう、百田の誕生日は12月の・・・・」

そこまで言って芋づる式に思い出した。

俺  「ねぇ、木下君の誕生日って・・・明日あたりじゃなかったっけ?」
二人 「!」

どうやら俺は木下君ととんでもない日に山に行くことになったらしい。


家に帰ったら出発する前に慌てて酒屋へと走っていった。
この際、久々に車に乗って大騒ぎするのだが、それはまた別の話。

こうして無事木下君の誕生日祝いも準備できたところで、小川山へ向けて出発することになる。

今回はいつも乗る急行「ちくま」が連休前で超満員であることを予想し、
指定席券を購入しようとしたが、案の定満席だった。
が、臨時急行「くろよん」がでているらしいのであらかじめそちらの指定席をとっておいた。

よし、これで夜行でゆっくりと眠っていけるぞ!

と、満を持して急行くろよんに乗り込んだ俺。

発車して数分後、車掌が検札に廻って来た。

「自由席の方ガラガラですから、あちらの方がゆっくりできると思いますよ。」

・・・・・。

ぞろぞろと指定席から自由席へ移動して行く他の客ども。
だが、俺は断腸の思いで買った指定席が無駄になるのがなんか悔しくてそのままその席にい続けた。

本日の臨時収入。
内定先の会社から届いた現金書留8400円。(以前立て替えた健康診断料。)

本日の臨時支出。
大阪→小淵沢間の乗車券+急行券(指定席)。8390円。




2001年10月04日(木)
だらだらだらだら。

うーん。。。。おはよー。

・・・・・あれ?

あ、もう11時・・・・。
そらそうだわなー、寝たの5時ごろだったもんなー。
何やってんだか、とりあえず起きよう。
起きた時には親はおらず。
朝飯を出せー。

あ、朝飯の時間じゃないか。
そういえば昨夜の夕食焼きそばだっけ。
俺食べなかったんだよな。
よし、焼くか。

(調理中)

出来た♪
んー、おいしー。

食べ終わって、だらだらしてから近所のスーパーへ行く。

んで、明日の夜出発で小川山へ行くための食糧を買い込む。
買ってきた食糧を袋に詰め込み、ザックに他の荷物とともにパッキングする。
準備完了♪

さ、やることやったしまただらだらするか。

テレビ見て、プレステやって、またテレビ見て、晩飯食って、テレビ見て。

今日の一日そんな生活。

山行準備のためだけに今日1日あけていたけど・・・これは夜でも出来たな。
やる気があったらバイトでもなんでも出来たぜ、おい?

だらだらしちまうのは結局いいわけなんだが、
いいわけしたくなるぐらいだらだらしてしまう日もたまにはある。

まー、それで息が抜けるんなら息抜きも必要なのさ。

しかし恐らく親にしてみればもう1月もだらだらしてる様に見えるのでしょうね。

来週ぐらいからバイトでも始めるかなー。



2001年10月03日(水)
夢と現実の狭間を走る列車

久々に大学へ行ってきた。
え?
最近卒業したばっかしやから、久々でもないやろうって?

1,2年生の頃通っていた方のキャンパスっすよ。
こちらは同じ京都府でもかなり郊外に存在している。

今日は大学にクライミングウォール(といっても小さな)ができると言う話を聞き、
主催者の人と詳しい打ち合わせをしに言ったのだ。
まぁ打ち合わせといったところで、俺らは特に何をするわけでもなく、
ただ段取りを聞くというだけだったが。


打ち合わせ(?)終了後に、サークルの1年生二人とも会ってみた。
(最近入部した奴らね。)

二人それぞれとは会ったこともあるが、同時にははじめて。
つまり1年生同士も初顔合わせとなるわけだ。

予想していたより二人、なかなか話が弾む。
どっちも面白ぇやつだ。

なんかこいつらみてると俺ももうちょっと学生やりたくなってきたけど、
それも後の祭り。

まぁ、大学内を歩いていても全然違和感なかったし、
またちょこちょこ遊びに行くかな?


今日はちょっと短めで終了。



2001年10月02日(火)
乱れゆく生活、戻り行くペース

目がさめたのは7時だった。
とことん夜更かしして、そいで朝寝坊して。
朝から風呂に入って、「さぁ〜今日は何しようかな」なんて言ってます。

かなりいい身分でしょう?
あ、すっかり無職だ、自由を満喫してる。
とか思うでしょ?

暇そうでいいなー。
とか思うでしょ?

はっきり言ってその通りです。

でも例によって俺はなかなか落ち着かないやつだ。


部屋が片付く前には既に友達と、
「今週末小川山へ行かないか?」
なんて話をしている。

小川山とは長野と山梨の県境あたりにある、
国内屈指のクライミングエリアである。
日本のクライマーの聖地といっても過言ではない。(多分)

ただ、登れる季節は10月が限度なので、少し急ぐ必要があった。

だから、「今日は何しようか」なんていいながらもすることは決まっていた。
その準備である。
が、まぁ、集まるかもしれない人間3人の予定を聞きながら調整しないとなんともいえないので、
とりあえず今できることだけしておこう。

それは、現地のゲレンデのルート図を入手することと、
時刻表を見て合流ポイントを割り出すことだ。

時刻表はともかく、ルート図はなかなか手に入らない。
そこら辺の本屋には売っていないので、これを買うためだけに梅田まで行った。
流石に大阪梅田の紀伊国屋書店には在庫されており、
他の本も気になったが涙を飲んで節約。

今日はこの本を買うためだけに街に出てきたようなものだ。


夜。
時刻表との格闘の末、無難な経路を3パターンほど組み立て終わったところに、
参加予定者のうち2人からそれぞれバラバラに電話があった。

やはりバイトがあって参加できない・・・と。

もう1人の参加者の木下君には俺から電話する。

木下「どうする?」
俺 「俺は1人でも行く。」

木下君はこのために会社の友達と連休に遊びに行く予定をキャンセルしたらしい。
別に責任を感じた訳ではないが、
せっかくそこまでして大学時代のみんなと岩登りに行くのを楽しみにしていた木下君。
俺は俺で彼に会うのを楽しみにしていたのだ。

たとえ人数が減っても中止にする理由はない。

まぁ・・・ただちょっと時刻表とにらみ合った時間が無駄になったけど。


でもまぁいいや、行くと決めたからには行くんだ。
っと、いうわけで今週もあわただしいことになりそうだ。
睡眠時間がばらばらになったりしても、一日だらだら過ごしたりって言うのはやっぱり出来そうにない。



2001年10月01日(月)
配置決定

本当は2〜3日かけてゆっくり片付ける予定だった。
どう考えたっておき場所のない家電たちや、PC,ステレオ。

この一戸建ては6畳一間よりも狭いんじゃないか?

頭はほとんど錯乱状態に陥りかけていたが、
片付けやすいものから順番にやっつけてい・・・・
しまいにはなんか片付いていた。

PCとステレオも、妥協して居間においてみた。

ま、いっか。

ちょっと見栄えが悪くなること、自分の部屋に置けないこと、
家族の共有スペースが狭くなること。

様々なマイナス要因はあったが、ともかく片付いた。


一応の不安は解消されたわけだ。
2〜3日間も、荷物の置き場所に悩むのなんて俺には耐えられない。

さっさと移動させて、さっさと決める。
そうすれば、また明日から色々なことが出来る。

暇になったようで、実はまだまだ暇にはなりきれない。

やっぱり俺って落ち着かねぇよなぁ。